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18 河原での別れ4

ナコねーちゃんにばかり気を向けていたために、足元の黒髪の少年の存在を忘れていた。俺の立ち位置がいつの間にか、少年の体と重なってしまっていたようだ。


慌てて少年の体から出ようとする。


だが、出られない。


それなら、またすぐに死ねばいい。


今死ねばたまたま生体反応があっただけで、すぐに元に戻ったと思われるかもしれない。


この少年は内臓破裂の重症に見える。


憑依したくらいで維持できる怪我ではない。


どのみちこのまま放置されればまたすぐに死ぬだろう。


意識を少年の怪我に意識を集中する。


後頭部に裂傷。その内部深くに深刻な脳の損傷。


背骨の骨折。


左右の肋骨の粉砕骨折。


右足の複雑骨折。


胃に骨が刺さり、その裂傷から胃液が体内に流れている。


重要な内臓のいくつかが破裂してはじけ飛んでいる。


黒髪の少年の体の重症具合を確認し、すぐにこの体は死ぬと確認した。


その予測に、ほっとした。


こんな最低なクズ人間の体にいつまでも憑依していたくない。


すると……


うおーん…


うおーん…


と、どこからか、あの黒衣の老人のうめき声のような声が聞こえてきた。


(えっ、どこだ!倒したはずなのに。拙い!今攻撃されたら何の反撃もできない……)


俺は焦って周りを見回した。


うおーん…


うおーん…


声はすぐ近くからする。


胸の奥がぐらぐらと揺れた。俺の心臓のあたりから、二本の細く黒い腕がゆっくりせりあがってきた。


声は俺の中から聞こえていた。


奴は、まだ俺の中に居る。


腕はひじのあたりから二つに折れ曲がり再度俺の体に突き入れられる。


そして、俺の体の中を自由にまさぐる。


俺は何の抵抗もできない。


なすがままだ。


(乗っ取られる…)


そう思って覚悟して、ふと我に返った。


(ちょっと待てよ…)


今までなぜ俺は生きていたかったのか…


その理由に思いを馳せる。


それは、ナコねーちゃんがエルの死を悲しまないように、ナコねーちゃんのために死にたくなかったのだ。自分の為ではない。


だとしたら今俺が黒衣の老人に乗っ取られて何の不都合があるか。


俺が他の霊を吸収して霊たちが違う世界に消えていったように、黒衣の老人にエネルギーを吸収されれば、俺もこの世界から消滅して、あの世に行けるのではないだろうか。


それはそれで悪くない話だ。


このまま、ナコねーちゃんの泣き顔を見ていても辛いだけだ。


そう思って、俺は体の力を抜いた。


そして、無抵抗で黒衣の老人の腕に身をゆだねる。


体の中をまさぐられるおぞましい感覚に身の毛がよだつ。


さっきまで全身にみなぎっていたエネルギーが急速に失われていくのが分かった。


(ああ、これでやっと消えられる。生きることは本当に大変だ。結局ナコねーちゃんのことを悲しませてしまった。俺は最後まで役立たずだったなぁ…)


ここ暫くの思い出を振り返りながら、俺は終わりの時を待った。


全身の倦怠感で眠くなる。


(もうすぐだ…)


薄れていく意識で、ナコねーちゃんを見上げ、そちらに手を伸ばす。


ねーちゃんは敵を見る目で、俺を睨んでいた。


(この体じゃ、もう、抱きしめてキスはしてもらえないな…)


と自嘲する。


俺の胸の中央から青白い人の頭がせり上がってきた。


黒衣の老人だ。


黒いまなこと、黒い下弦の円弧を描く口。


それが俺の顔を見つめる。


(最後に見るのがあんたの薄気味悪い顔とはね…)


老人は黒い手で俺の頭を優しくなでる。


そして、ゆっくりと胸の底に沈んでいった。


同時に体内をまさぐる感覚が消えていた。


更に全身の痛みもかなり楽になっている。


呼吸が楽だ。


(おかしい…)


俺は黒髪の少年の体内の状態を調べる。


(えっ…?)


怪我が治っている。


(どういうことだ?)


もっとよく調べる。


厳密にはすべて治ったわけではなかった。


右足の一部に単純な骨折。


数本の肋骨の骨折。


後頭部に若干の裂傷。


右の二の腕のやけど。


など、命にかかわらないような軽微な負傷はそのままだ。


だが、破裂した内臓も、破けた胃も、折れた背骨も後頭部深くの脳の損傷も、重要な部分はすべてきれいさっぱり治癒している。


(俺の力ではない…だとしたら…)


最後に黒衣の老人が俺の頭を優しくなでていたのを思い出した。


(あいつか!)


それしか考えられない。


(余計なことをしやがって!)


怒りがこみ上げる。


全身の倦怠感は、体の修復にエネルギーを消費したためだったのだ。


(早く自殺しないと…)


しかし、眠くて仕方ない。


「こいつ!もう一度死ね‼」


目の前のナコねーちゃんが右手を振り上げる。


その手に青い光が集まる。


(そうだ、早く殺してナコねーちゃん。あっ、でも駄目だ。そうしたらねーちゃんは殺人罪で捕まる。この体が生きていれば魔法を使った罪は軽くなるかも、だとしたら、今ねーちゃんに殺されるわけにはいかない…)


死にたいけど死ねないという複雑な心境に俺は懊悩した。


ねーちゃんの手に光が集まり始めると同時に左右の巡視隊の男たちがねーちゃんを河原に引き倒して抑えつけた。


「放せー‼クソ野郎‼」


と、暴れるねーちゃんの両腕に、二人の巡視隊員は手錠のような赤いブレスレットをはめる。同時にねーちゃんの手から青白い光が消えた。


あれは魔法を封じる魔道具のようだ。


「放せー‼こいつは、こいつだけは絶対に殺すんだ‼邪魔すんなぁー‼」


抑えつけられて暴れるねーちゃんの声を聴きながら、俺の意識は唐突にブラックアウトした。

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