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17 河原での別れ3

「やめろー‼」


空気を貫くかのような裂帛の大怒号が河原にこだまし、空から巨大な何かが降ってきた。


二人の護衛の男たちはとっさに後ろに飛びのく。


今まで男たちの立っていた場所に大きな岩のような塊が降ってきた。


その塊には二本の足が生えていた。


その肉の塊は勢いのまま真っすぐ河原の砂利に落下した。


塊から生えた二本の足は轟音を響かせ、その足首まで河原の砂利にめり込ませる。


丸く身を縮めた塊はその身をゆっくり起こし、立ち上がる。


そこに立っていたのは巨漢の串焼き屋のゼスだった。


怒りに身を震わせ、こめかみに太い血管が浮き出している。


「何をした…」


押し殺した太い声でゼスが男たちに問う。


「お前らはこの子たちに何をした…」


地獄の底のから現れた鬼神のような鋭いまなざしで、男たちをゼスは睨みつける。


「まだ何もしてねえ…」


「エル…後ろの子は死んでいるようにも見える。これで何もしていないというのか?」


「そいつは俺たちじゃねえ。だが、もともとそいつが俺たちの主を魔法で攻撃した。それで俺たちの主がそいつを殺した。それから、その赤毛のガキが俺たちの主を殺した」


「嘘だ…そんな話は信じない。何故ならエル、その男の子は魔法が使えない。何度も確認した。この子に魔法の才能はない」


「攻撃されたのは確かだ。大勢が見ている。大きな音がしてビカビカ光ったんだ」


ゼスはちらりと振り向いて泣きじゃくるねーちゃんと黒髪の少年の亡骸に目をやる。


「この黒髪の男の子は腕にやけどをしているな。これはナコ、赤毛の女の子の火の魔法だ。で、エルの使った魔法の怪我はどこにある。どんな怪我の仕返しでエルは殺されたんだ?」


「怪我?怪我は…しなかったみたいだが…、確かに攻撃されたんだ」


「怪我をさせずに攻撃する魔法など今まで聞いたことがないな。その話を巡視隊にして裁かれるのはどっちなるだろうな」


「幻術か何かだろう。だがそんなことは、どうでもいい。赤毛のガキが俺たちの主を殺したのは事実だ。だから俺たちはそのガキを殺さなきゃならない。そこをどけ、邪魔をするな。邪魔をするならお前も殺す」


と、リーダー格の厳つい男は警棒の先をゼスに向けて真っすぐ伸ばす。


それにゼスはバカにしたような顔であごをしゃくる。


「それはきけねーな。こいつらはもう俺の身内だ。身内は死んでも守るってのが、俺の決まりなんでな」


「ビビらねーか。…お前、戦場帰りだな。だが、二人を相手にして勝てるつもりか?戦場帰りは自分だけと思っているのか?俺たちは辺境の激戦地で5年戦い、無傷で生き抜いてきた。敵の大将首を取って、褒賞をもらったこともある。お前、死ぬぞ」


「へっ、たった5年か。俺は10年だ。もっともこっちは大将首とは無縁だったがな」


「仕方ねえな…」


リーダー格の男はもう一人に目線で合図する。二人は打ち合わせでもしていたかのように同時に左右に分かれ、ゼスを左右から挟み込むように、移動した。

ゼスはその場で垂直に飛び上がる。その時河原に沈んだ足を左右に蹴り上げた。


足に跳ね上げられた砂利が両サイドの男たちの顔面に飛ぶ。


リーダー格の男は前かがみになって前進しながら砂利をかわす。


もう一人の若い男は、左手の手のひらで砂利を払う。


それ見たゼスは身を低くして、砂利を手で払った男のほうに突進する。


右手の警棒を男がゼスの頭に斜めに振り下ろす。


ゼスはそれを迎えるように相手に斜めに進み、警棒を持つ手首めがけて左手の手刀を突き出す。


カウンターで手首に手刀をもらって、男の手から警棒が落ちる。


男はすぐさま左足で牽制の蹴りを放ちながら、後ろに下がる。


「真っすぐ下がる、あほう!」


ゼスは相手の牽制のけり足を自分の右膝で受け、弾き飛ばした。


そのまま追い足で地を踏みしめ、右の掌底で、男のあごをフック気味に振り抜いた。


糸の切れた人形のように男はその場に崩れ落ちる。


すぐさまゼスは後ろを振り向くがその左の肩口、筋肉と筋肉の継ぎ目の骨の部分に警棒が横からたたきつけられた。


枯れ枝の折れるような鈍い音がする。


思わずゼスは顔をゆがめ、間合いを取りつつ、相手の右側に回り込むように斜めに後退する。


リーダー格は追ってこない。


二人は2メルス(3メートル)の間合いで向かい合った。


「もう、お前の左は使えねえな。まだやるか?」


「ああ、決まってんだろ。今更俺にビビってんのか?お仲間はそこで先にねんねしてるぜ。お前も一緒に寝かしつけてやらねえとな」


「引き際の分からない馬鹿だったか」


「それはお前のことだがな」


にらみ合う二人。


軽口を叩いていたが、ゼスに余裕はない。


彼の額には玉の汗が浮かんでいる。


ゼスの体制が定まらなくなり左右に揺らめく。


その体がふらついて前に倒れていく。


倒れながら足を一歩前に出す。


「馬鹿が!」


とリーダー格が前に出る。


揺らめくゼスの頭に、手首のスナップで警棒を振り抜く。


その時、カッと見開いたゼスの目が警棒を注視する。


倒れ気味に踏み出した右足で力強く大地を踏みしめる。


倒れつつあったゼスの体がその一瞬、空中でぴたりと停止する。


空中で動きを止めたゼスの頬骨の先を警棒がかすめていく。


耳元で風がうなり、頬の肉が千切れ飛ぶ。


警棒が通り過ぎた後に、そのままゼスの頭が地面に向けて下がる。


そこで彼の体が不思議な動きをする。


前に出した右足を軸にして半円を描くように頭を下げ、逆立ちするように両手の平で地面をつかむ。


すると残った左足が毒蛇のように、又はサソリのしっぽのように鎌首をもたげた。


そのまま、畳まれた左足が上体を追いかけて半円を描く。


気が付くとリーダー格の男の体のすぐ前で、逆立ちしながら腹を見せるような体勢でゼスは男に向き合う格好になっていた。


リーダー格の背筋に悪寒が走る。


下から中途半端に体をコの字に曲げた態勢でゼスが自分を見上げているのが分かった。


相手が何かをやろうとしているのは分かった。


だが、何をしようとしているのかが分からない。


そして、分かったところでもうどうしようも無いところまで、既に技を仕掛けられてしまっていることも理解できた。


コの字に曲げられていたゼスの体と腕と軸足が同時にまっすぐ伸ばされる。


折りたたまれて鎌首をもたげていたゼスの左足がリーダー格の体に沿って下から恐ろしい速度と勢いで跳ねあがってくる。


自分の体の内側から這い上がってくる攻撃を防ぐ手段はない。


近すぎて腕では弾けない。


今からでは足も間に合わない。


手で抱き留めても勢いは殺せない。


だとしたら思い切りのけぞってかわすしかない。


瞬くような一瞬でそれだけの判断をして、とっさに男は自分のあごをのけぞらした。


するとみぞおちに重い衝撃が来た。


下から跳ね上がりつつあったゼスの左足が顎に伸びて来ず、畳まれた左ひざが短い軌道で腹にめり込んでいた。


「ぐはっ!」


と思わず前かがみになる。


逆さのゼスと目が合った。


勝利を確信している者の目だった。


リーダー格の男は自分がすでに敗北していることを知った。


地を踏んでいたゼスの右足が左足に次いで地面を離れ、円を描きつつ振り子のように跳ね上がってきた。その踵が、かがんだリーダー格の男の頭より高く振りあがり、ギロチンのように鋭利な角度で、男の首筋に落ちてくる。


男は次の瞬間意識を刈り取られていた。


そのまま、うつぶせに地に沈む。


技の勢いでゼスも仰向けにひっくり返る。


「へっ…見たか、これが俺の流派、『古式玄竜拳』の奥義、『地竜旋転脚』だ。いつつつ…。技が鈍ってやがる。体もうごかねえ。…歳はとりたくねえもんだぜ」


一部の骨の折れたらしい左腕を押さえ、ゼスはエルの亡骸に這いよる。


ナコねーちゃんはただ泣きじゃくっている。


エルの亡骸をその目で確かめてゼスは絶望的な表情で倒れこむ。


「この子は幸せになってもいいはずの子だったんだ。それがなんでこんなことに…、ひでえ話だ。なんでこんな小さな子供が罪もなく死ななきゃならない。畜生め…」


目頭を押さえてうずくまるゼス。


その時、擁壁の石垣の上から大勢の足音がした。


10数人の巡視隊の兵士が速足で河原に降りてきた。


中に白いトーガのような長い布を身にまとった若い神官が二人混ざっている。


「一体何があった?」


とうろたえた様子で若い小柄な神官が周りを見回す。


そして、エルの亡骸に目を止める。


「ああっ!これは!何てこと!何てことだ‼遅かった、私たちはまた遅かったのか⁉」


と河原に膝を着く。


もう一人の太った神官がエルの横にしゃがみ込む。


エルの首筋に手を当てる


「命が消えておられます」


と悄然としてうなだれる。


その手をゼスが振り払う。


「誰だ、お前たちは?」


涙に濡れた目で神官たちを睨む。


小柄な神官は周りを見回して、状況を把握しようとしていた。


そして、うつむいてしばらく考えてから、ゼスに向き直る。


「つまりは…あなたがエルネスタ様を助けていてくれたということなのですね」


と悲しそうな顔で言う。


「ああ?エルネスタ?そりゃあ、誰のことだ?」


目を赤く泣きはらしたゼスは怪訝そうに神官に問う。


「この方の本名ですよ。エルネスタ・ジン・ミスラン。庶子ではありますが、筆頭5公爵家の1家、ミスラン家の第4子というのがこの方の立場でした」


意表を突く言葉にゼスが呆然とする。


「確かに育ちの良さは感じていたが…。そんな高貴な坊ちゃんがなんでこんなところで生活してるんだ?ここに居なかったらこの子は死ななくて良かったんだ。今までお前らは何をしていた?」


と責めるように神官に問う。


その言葉に小柄な神官は顔色を曇らせる。


「返す言葉もありません。とある事情で、今まで我々はエルネスタ様を探すことが許されていませんでした。最近、その事情が変わり、やっと動けるようになったのです」


「その事情ってのは、この子の命より大事なことなのか?」


「ええ…エルネスタ様を死なせないために探せなかったとも言えます」


「そりゃ、どういうことだ」


返事をしようとして、小柄な神官は言葉を飲み込んだ。


太めの神官が代わりに口を開く。


「あるいはエルネスタ様は、探されないでここに居たから、今まで生きられたのかもしれません」


「な…それはどういう…」


「待て、ケルス。しゃべりすぎだ」


と小柄な神官が太めの神官に言う。


「ああ、すまない。ネール。エルネスタ様のこの姿を目にして、私は少し正気を失っていたようだ。どうか今の話は聞かなかったことにしていただきたい」


とケルスと呼ばれた小太りの神官はゼスに頭を下げる。


「聞いたことを聞かなかったことにはできねえな」


「それがあなたの身の安全のためです」


「脅す気か?」


「脅すのは私ではありません」


「どういうことだ?」


「これ以上は何も言えません。今は皆でエルネスタ様を弔うべき時です。この方の魂が安らかに天に帰れるように皆で祈りましょう」


「お前らはいつでもそれだな。祈りましょう、祈りましょう、…で、いつだって何もしやがらねえ」


それ以上会話をする気が失せてゼスはエルの亡骸に視線を戻す。


俺は黒衣の老人と似た黒い姿で彼らの傍らに佇む。


水路の小さな河原は混沌とした状況だ。


巡視隊の人間が河原に倒れている二人の若い護衛に縄をかけている。


小太りの神官のケルスが癒しの魔法でゼスの肩を治療する。


小柄な神官、ネールはエルの顔の汚れと血を水で濡らしたハンカチで清めている。


情報量が多すぎて俺は混乱していた。


エルは貴族だった。


俺の都合のいい願望の想像でなく、本当に貴族だったのだ。


俺が適当に考えたと思っていた『エルネスタ』と言う名前も彼の実名だった。


彼の記憶が俺の意識に現れたのだろう。


(エルの魂はもうとっくに天国にいる。いまここで迷っているのは誰にも顧みられない、俺の薄汚い魂だけだ)


と、誰に言うでもなく、俺は心の中でつぶやいた。


黒衣の老人を吸収してから、俺の霊体は黒い醜い姿に変わってしまった。


両手の爪が猛禽類のように尖っていて気持ちが悪い。


この手で誰かの魂に突き刺すことができるのだろうか。


今の俺は悪霊として、より邪悪なものにアップグレードしまったのかもしれない。


今後、呪いたい奴がいたら、力を試してみよう。さっきまで一番呪いたかった奴は、今、目の前で死体になっている。


泣きじゃくるねーちゃんはまだ黒髪の少年に乗っかったままだ。


黒髪の少年からは白い霊魂が浮かび上がってきて、ふわふわとその辺を漂っている。


こいつの霊魂だけは吸収する気にならない。


(ずっとそうやって、この河原でふらふらと迷い続けてろ。ざまあみろ)


と憎しみを持ってその魂を見送る。


巡視隊の兵士が二人してねーちゃんの腕を左右からつかみ、そこから立ちあがらせる。


ねーちゃんは泣きながら嫌々をするようにその手を拒否する。


「おい、娘。その死体を検める。死体から離れろ。あと、お前には市中で大きな術を行使した容疑がある。一緒に詰所まで来てもらうぞ」


(おい、ねーちゃんに乱暴なことをするな…)


俺はねーちゃんの方に近づく。


そして黒くなってしまった腕で、そっとねーちゃんの体を抱きしめる。


「ん、エル…、エルなの…」


と何かに気付いたように顔を上げるねーちゃん。


俺の霊力が強くなったせいで、何かの気配が伝わったのだろうか。俺はさらに前に出てねーちゃんを抱きしめる。


と、その時……


ザリッ!


あの、マジックテープを張り付けるような、いつもの感覚があった。


(えっ!?)


何が起きたのか分からなかった。


ザリッ!


ザリッ!


次々に俺の魂が何かに張り付く。


その感覚は俺の足元から来た。


見下ろすと俺の足元は、黒髪の少年の亡骸に重なっていた。


視界がぐるりと回転する。


そして……


胸の激痛と共に俺は目覚めた。


「ぐはっ!!」


とむせて、俺の口から大量の血が噴き出す。


俺は河原に横たわっていた。


腕をつかまれて立ち上がったナコねーちゃんが信じられないといった表情で上から俺を見おろしていた。


そして、憎々し気に顔をゆがめて俺を見下ろして言った。


「こいつ…、こいつ‼まだ生きてる‼」

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