14 串焼き屋の半生
屋台のゼスに現状を相談した結果、助けてもらえることになった。
子供だけで部屋を借りて暮らすのは危ないということで、ゼスの家に間借りできることになった。ゼスの家は街の西、モースの森の始まる少し手前の開拓地にある。
庭に家畜小屋と物置があり、物置の屋根部分が広いロフトになっている。
そのロフトを片付けて、ナコねーちゃんと俺で住んでいいことになった。いくらか家賃は払うことになるが、ゼスの仕事を手伝えば、そこから家賃分を差し引いてくれるという。
今の俺とナコねーちゃんにこれ以上のいい話はない。
今日の昼前に俺たちを迎えにゼスが来てくれる約束だ。
ゼスの家は自分で森を開き、自力で建築したものらしい。
十年ほど前にラグナ王都の人口が増えて、住居不足になったという。家賃が高騰し、低賃金の平民労働者が王都近郊に住めなくなり、人手不足で人件費も高騰した。
この住宅難と人手不足問題を解決するために、王都からある新法が布告された。
王都近郊のモースの森を開拓した者には、民家と小さな畑が作れる程度の広さの土地を無料で与えられることになった。自分が得られる以上の広さの土地を開墾した者には、その余分な土地の面積に応じて、自分の伐採した木材を建築資材として無料でもらえた。
また、この制度で得た土地は十年間の転売禁止のとされた。十年以内に持ち主が亡なったり、所在不明になった場合は、土地も家も都市の所有物として強制的に没収される。
森を開拓する権利は、自分の家と土地を持たない既婚者の王都市民だけに限定された。商人や貴族が利益を得るために人を雇って参入するのを防ぐのと、得体のしれない流人が住み着くのを防ぐ為だ。
当時、結婚したばかりのゼス夫婦は、この制度を利用して自分の家を得たという。
ゼスの家は建ててから今年の頭で十年が経過したとのことで、売る気になればいつでも売れるようになったという。
「今の家にも飽きたし、屋台の場所まで遠いからな。高く売れるなら売ってもいいな。お前らが稼いだら売ってやろうか?おっと、こりゃおふざけが過ぎたな。お前らみたいなクソガキどもが、うまいこと稼げるようになるのは何年後だろうな」
と俺とナコねーちゃんをからかうように言う。
市民が余分に開墾した土地には道路や水道など生活インフラが作られる。そうしたインフラの土木工事も開拓者自身が作業を担った。
ただ、このインフラ整備には王都から賃金が出たので、開拓者は自分の家を自分で建てながら、道路や水道、下水工事などで日銭を稼いで、生活することができたという。
森の地中から掘り出された岩石は砕かれて、道路の敷石や家の土台作りなどに使われた。
ゼスが開拓地で野宿暮らしをしながら、自分の家を建てている間、奥さんは街の食堂に住み込みで働いていたそうだ。そうして二人である程度の貯金を貯め、露店組合に加入金と会費、場所代を払い串焼きの屋台を始めた。
屋台を始めて最初のうちは客もつかずあまり儲からなかったそうだ。店を開いた場所も悪く、人通りもまばらな道だった。人の多い通りは場所代も高いのでゼスの屋台では儲けが出そうにない。仕方なく日雇いの副業をしながら細々と露店を維持してきた。
それから、十年がたち、人通りのまばらな細道は、王都の主要道路として拡張され、にぎやかな大通りに変わった。通りの屋台の中ではゼスは古株になり、近隣に顔が利くようになった。
串焼きの味も改良され、人気が出て固定客がついた。
今では屋台だけで楽に生活できるくらい稼げるようになった。
「なんでも我慢して続けなきゃ駄目ってことだよ。俺は飽きっぽいから、『こんな儲かんねーことやってられるか!』って言ってやめようとしたんだが、かかあが死ぬほど怒って別れるっていうんでな。しょーがなしに嫌々やってたら、そのうち何とかなっちまった。運も良かったな」
と、店の成り立ちや自分の半生を、上機嫌でゼスは話してくれた。
「俺は若いころ、傭兵をやっていたんだが、剣はどうも苦手でな。素手の格闘技が好きで、さんざん鍛えたが戦場じゃ剣にはかなわない。傭兵を十年やって大した手柄も上げられなかった。魔法士は剣士よりさらに強いし、俺なんかはてんで役立たずで、傭兵の中じゃあ最底辺だった。戦場をただ右に左に十年間逃げ回ってただけだな。
長いこと傭兵をやって運よく何とか死なずに済んだが、体があちこち痛くなって無理がきかなくなってきた。そんで、十年やって切りのいいところで傭兵はすっぱりやめた。周りの若い連中も『おっさん、やっと辞めるか。今までよく生きてたな』ってあきれてやがった。引き留める奴は居なかったな。
そんで、田舎の飲み屋で今のかかあをひっかけて、だまくらかして夫婦になって、故郷の王都に戻ってきたんだ。『ラグナ王都に家がある』って言ったら、喜んでホイホイついてきやがった。実際は『家になる予定の森がある』だったんだけどな。
いや、ほんとのことを知って、かかあの怒ったこと怒ったこと。あっちも今さら田舎に帰れないし、王都に身寄りもないから、仕方なく諦めて夫婦を続けてたな。だがなぁ……、それまでは従順でかわいいらしいくて、俺も『なんていい女だ。理想の女だ』と思ってたのが、それ以来、別人かっていうくらい口うるさい鬼婆に豹変しやがった。俺も騙したけど、あっちも本性を隠してやがったな。まあ、どっちもどっちのお互い様ってやつだな。
…で、えー…、なんの話だったかな……、あ、そうそう、物置の屋根裏なら空いてるから住んでいいぞ。お前らには上等のねぐらだろ。今なら寝台も付けてやる。いやな、かかあの新しい寝床を作ったんだが寸法を間違えて作っちまって、足がちっとはみ出るんだと。で、今も古い寝台に寝てる。
うちのかかあは背が高いからな。俺と同じ大きさに作らないといけないのを間違っちまった。…っていうのは嘘で、実は材料がちっと足りなくてな。めんどくせーから節約して作ったらそうなった。これは奴には内緒だからな」
と、昨日の夕方、河原の掘っ立て小屋の場所を見に来たゼスは言っていた。
間違って小さな寝台を作ったと言っていたがそんなことがあるのだろうか?自分で家を建てるほどの人間がベッド作りを失敗するとは思えない。本当は俺たちのためにわざわざ作ったのではないだろうか。そう思ったが本人に聞くわけにはいかない。ナコねーちゃんは少しも疑わずに『あほだね~!』と笑っていたが……。
ゼスはこわもてに見えるが、実は人当たりが良くて話好きだ。
放っておけばいくらでも一人で話している。
昨日も河原の掘っ立て小屋に来て延々と話すので、しまいにナコねーちゃんがうんざりして『眠いからもう帰れ!』と掘っ立て小屋から追い出していた。恩人にその態度はどうかと思うが、ゼスも気にした様子がない。二人の間ではこの関係性が成立しているようだった。
俺にはとても真似できない。俺は『かわいい係担当』なので小首をかしげてニコニコしているだけで皆が喜ぶ。ナコねーちゃんはいつも頭をなでてキスをしてくるし、最近はゼスも俺を『高い高いし』て振り回すようになった。
ただ、心臓はまだ具合が悪い。少し霊エネルギーの吸収をさぼるとすぐに心臓が止まりそうになる。俺もねーちゃんやゼスを手伝って仕事がしたいが、この体では無理だろう。二人の邪魔にならないようにおとなしくしているしかない。
神殿は俺が癒しの魔法が使えると勘違いしているかもしれないが、もしそんな魔法が使えたら真っ先に自分の体を治している。ナコねーちゃんには呪いを解けるかもしれないと、説明したが、実際は呪いなんか解けない。幽霊を浄化して吸収することができるだけだ。
幽霊は普通の人間には見えないから、いくら浄化しても、俺が何をやっているか誰も分からないだろう。パッチワークおばさんの時は例外だ。おばさんに憑いていたような強力な悪霊は、あの時以来見ていない。あんなひどい状態の悪霊がそんなにあちこちにいるものではない。
何か魔法が使えないかと、ねーちゃんに教えてもらって、いろいろ試してみたが、結果は全滅だった。
俺に魔法の才能は全く無いらしい。
『異世界チート無双イケメン俺ツエーハーレム』の線は消えた。
消えてしまった。
細い糸すらない。
まあね、俺の人生こんなもんだ。
宝くじ買っても当たらないしね。
分かってたよ。
へっ……。(涙)




