13 異世界に夢はある
今日も早朝から、ねーちゃんは出かけて行ったようで、目が覚めると小屋の中に姿がなかった。
ワマウサギの朝食を食べてから、河原に出てぼんやりしていると、じきにバタバタと足音がして、ねーちゃんが高さ4メルス(6メートル)の擁壁横の階段を飛ぶように駆け下りてきた。
石垣の擁壁にも階段にも、柵のような物が何も設置されていない。途中で足を滑らせて落ちるのではないかと、見ていてハラハラする。
そんな俺の心配をよそに、最後10段くらいの階段を一気に河原まで飛び降りる。
なんだか興奮した様子で、ずだ袋を胸に抱えている。
「ひっひひひひ、やった、やったよ。見つけたよ」
顔が真っ赤で息が荒い。よほど急いで戻ってきたのだろう。
ねーちゃんに手を引かれて、掘っ立て小屋に入る。
「ほら、これ!」
とずだ袋を開いて見せてくれる。
中には泥まみれの塊が十数個くらい入っていた。いったい何を見せられているのか分からない。泥貝にしては小さい。塊からはヒゲ状の根っこようなものが生えている。何かの球根だろうか、百合根のような形にも見える。食べられるのだろうか?あまりうまそうには見えないが。
「これで、金持ちになれるよ!」
と、ねーちゃんが叫ぶ。
金持ち?売れるの?ということは……。
ここで、俺にも想像がついた。
「あっ!あれっ!あれなの?」
「そうっ!あれよ!前に話したあれ!」
「あったの?」
「あったわよ!同じ場所に埋まっていたからこれに間違いないよ!」
と歓喜したねーちゃんに強く抱きしめられ、顔中にキスの嵐が降ってくる。
「うわー、落ち着いてねーちゃん……」
とそれから逃げようとする。
ねーちゃんが花を売った時に研究者の貴族が言っていた。
『この花の球根に価値がある』と。
その球根をねーちゃんが自分で掘ってきたのだ。
花を売った時に嘘の採取場所を教えたのは、花の生えていた場所がばれたら、自分は用済みになると考えたからだ。
その後、球根の存在を教えられて、金儲けのチャンスが生まれた。
花の場所だけ教えたのでは、何ももらえない可能性もあった。相手の善意は期待できない。だから自分で見つけて、現物を売りに行く必要がある。
「いくつか見つかればいいかと思ったけど、まさかこんなに沢山あるなんてね。役に立たない花だけで王国金貨だよ!貴重な薬になる球根がこれだけあったら、金貨10枚、いや、20枚にはなるよ!
運が向いてきたね。これでこの生活から抜け出せるよ。部屋を借りて、きれいな服も靴も買おうね。それで仕事も見つかれば普通の暮らしができる。エルの病気も治せるかもしれないよ。意外とこの球根で薬が作れるかもね。それならいくつかエルのために隠しておいてもいいね。あっ、それか、エルの治療をすることを条件にして、球根を売ってもいいかも。球根だけ持っててもあたしたちじゃどうしようもないしね」
ねーちゃんは思いつくままにとめどなく話し続ける。
ナコねーちゃんの高揚した様子に俺も心が温かくなった。
本当にこれから普通の生活ができるのかもしれない。
希望が出てきた。
この体に憑依したばかりのときは、本当に嫌になったらまた死んでしまえばいいと安易に考えていた。自分は浮遊霊に戻るだけだし、一度休んで街中で情報収集してから、また誰かに憑依すればいい。それだけのことと割り切っていた。
しかし、今はもう絶対に死にたくなくなっている。自分が生きたいというよりねーちゃんを悲しませたくない。元気なナコねーちゃんには、笑顔が一番似合う。その笑顔のために、できるだけ長く生きていたいと考えるようになった。
誰かのために生きるという発想は、今までの自分にはなかったものだ。
自分のためと思うと何もやる気にならないのに、誰かのためと思うだけでこんなに気力がみなぎるなんて、実に不思議だ。
俺以外の世間の人たちは、皆こういう思いを持って、日々生きているのだろうか?
だとすれば今までの自分は何も分かっていなかったのだろう。
それが分かっただけで、この世界に転生?転霊?して良かったのかなと思う。
「それじゃ、あたしはこれからこいつを金に換えてくるよ。『目の前の肉は焼いてすぐ食べろ』って言うしね」
(ん?『善は急げ』的なことわざかな?)
「いつもなら顔に煤を塗って出かけるけど、王立魔導研究所に行くならあんまり汚い顔は駄目だね。それであの貴族、何て言ったっけ、『ルイ・スゲー…』何だっけな?に会えるはずだけど、こんな格好で本当に大丈夫かな?」
淡い紫に金の縁取りのあるカードを手に、いつになく不安そうな様子だ。
「カード…その札にはなんか書いてないの」
「うん、なんも……、あっ、ちょっと待って…」
というとねーちゃんはカードを握って、何事か集中し始めた。
すると、カードの表面に文字が浮かび上がる。
そこには、『この赤毛の若い少女は、薬学研究所副主任ルイス・ゲーン・ハルマの協力者であると証明する。この者が来訪した際は身なりにかかわらず、私が直接面会する旨をここに通知する。くれぐれも丁重に対応するように』と書かれていた。
「うえっ、これ魔力を通すと、字が浮かび上がる奴だ。『言札ことふだ』って言ってたかな。聞いたことはあるけど、見るのは初めてだ。あたしが魔法を使えなかったら、この内容は分からなかったね。でも、いつの間にこんな字を書いていたのかな、そんな暇無かったのに。ひょとして、心で考えるだけで書ける?」
とねーちゃんは首をひねっている。
「でも、これで大丈夫だね。この貴族の人はいい人だね」
「ふん、どうだかね。貴族はいつ気分が変わるか分からないから、信用しちゃ駄目よ。向こうの気まぐれであたしたちなんかいつでも消せるんだから。でも、まあいいや、行ってくるよ」
と言い、ねーちゃんは掘っ立て小屋を風のように飛び出していった。
と、その十分後……
「やばい!やばい!」
ねーちゃんがまた、風のように掘っ立て小屋に飛び込んできた。
「なんか、追っかけられた!あれは神殿の連中だよ。長いだらだらした白い布を体に巻き付けた青白い若い男が二人で来てた。一人はデブで足が遅かったけどもう一人のちびが素早くて、危なく捕まるところだった。裏道に飛び込んでなんとか撒いたけど、今日はもう出かけないほうがいいね。くっそ、あいつらなんなんだよ。神殿に用事はないっつーんだよ。クソ共が!」
金策の出鼻をくじかれ、ねーちゃんは激怒して、クソが!クソが!と何度もまくしたてた。
「やっぱり、僕のせいかな…」
「エルは何も悪くないって」
「でも、神殿の人間に追いかけられるなんて、あれしか思いつかないよ…」
神殿では、癒しの魔法使える人間が集められ、神官として組織されているという。
スラムで力を使ったのが、まずかったのかも知れない。
「スラム…貧民街のおばさんに僕が力を使ったのが、癒しの魔法と勘違いされてるのかも…」
「まあ、確かにあれだけ派手なことをやったら、噂になってるだろうね。孤児のやることなんてじきに忘れられると、たかをくくってたけど、甘かったね。でも、神殿の連中も勘違いってわけじゃあないよ。癒しの魔法以外に、『死鬼』を浄化したり、呪いを解呪する専門の神官もいるから。どっちにしてもエルの力は欲しいだろうね。
こりゃ、早いとこ引っ越して、生活を変えないと駄目ね。向こうは、あたしたちを貧民街の孤児と思っているだろうから、きれいな格好をして街で生活していれば、見つからないほずよ。」
「引っ越すっていっても、僕たちみたいな孤児に部屋を貸してくれるの?」
前世の日本で、お金があってもなかなか高齢者が部屋を借りられなかったことを思い出した。
「難しいね。服さえ買えば、場末の宿屋に住めるけど、日払いで高くつくし、子供はなめられるから、金回りが良くて親がいないってばれたら、何されるか分からないよ。場末の安宿はクズ人間の吹き溜まりだからね」
「貧乏そうにしても駄目?」
「毎日、宿代を払ってぶらぶらして飯を食べてるだけで、金を持ってるのは分かるでしょ。大金でなくても、何日か暮らせる金があるだけで狙われるよ」
「どうすれば…」
「ここは、ゼスに頼るしかないね。安い部屋を紹介してもらうの。一度あたしたちにかかわったのが運の尽きね。こうなったら、あいつの人の良さを利用して、とことんしゃぶってやるわよ」
「でも、神殿にばれたら、ゼスさんに迷惑が…」
「それは大丈夫よ。ゼスはエルの能力を知らないじゃない」
「あっ、そうか」
「ゼスにばれてるのは、あたしの魔法だけよ。そっちが神殿にばれるのも、まずいはまずいけど、火の魔法は奴らの領分じゃないから、大丈夫。いざとなったら知らなかったって言えばいいでしょ。ただね……、それを神殿の連中が信じるかどうかは別だけど…」
ねーちゃんの言葉は終わりのほうで、ぼそりと小声の独り言のようになって、よく聞き取れなかった。
「神殿の奴らは、多分昼間しかあたしたちを探さないから、日暮れちょっと前に、ゼスの屋台に行ってくる」
「なんで昼間しか探さないって分かるの?」
「あいつらが、そんな一生懸命働くわけないって。午前中は起きて身支度してから神殿参拝者とお話しして治療して、午後はちょこっと勉強とかほかの仕事をして、日暮れ前には神殿の扉を閉めて、晩御飯の準備をする程度でしょ。知らないけど…」
知らないのかい。
「ここが、ばれたらどうしよう…」
不安になってきた。
「今度あいつらが来たら、あたしの火でやっつけてやるよ。奴ら癒しの魔法しか使えないんだからあたしの敵じゃないよ」
「そんなことしたら、ねーちゃん捕まらない?人に魔法を使って大丈夫なの?」
「あー、街中で人に向けて魔法を使ったら犯罪ね。相手が死ななくても殺すつもりがあったと判断されたら、下手したら死刑になる。だから相手を狙わずに威嚇で空に向けてぶっ放すよ。それでビビるでしょ」
「食堂とかで料理に火の魔法を使う人もいるよね」
「あれも本当は駄目。ああいう生活に使う小さな魔法は、黙認されているだけで、法律ではだめなの。魔法を使う時は街の外に出るか、訓練所みたいな、許可された場所に行く必要があるの。あと、仕事で土魔法を使って、土木作業をする人なんかは、事前に登録して使用許可証を持ってるのよ。大体、街中の喧嘩でもナイフや剣なんかの武器を使ったら捕まるよ。街中で剣の使用が許されているのは、近衛兵か、治安維持の巡視隊だけね。だから、金持ちの商人の護衛なんかも、剣は持ってないよ。腕っぷしの強いやつが、硬い木の警棒や太くて短い棍棒を持ってるだけ。木の棒は、たまたまその辺にあった棒で自衛することが大丈夫っていう解釈みたい。短いナイフくらいはみんな懐に持ってるけど、人に使うのは駄目よ」
最初にギャンブルおじさんに憑依した時、木の棍棒で殴り殺されたことを思い出した。
あの棍棒はそういうことだったのか。あのスキンヘッドがゴブリン大好きと言う訳ではなかったようだ。
「ところで、ねーちゃん。この世界に『ゴブリン』はいるの?」
「ゴブ?何?何をするもの?」
「ああ、もういいよ。それじゃどうせ『エルフ』なんかもいないんだよね」
「エルフはいるよ」
「えっ!いるの!」
期待をしていなかった予想外の答えに身を乗り出す。
「でも、エルフなんて街で見たことないよ」
そりゃあね、その辺にエルフが歩いてたら、あたしもびっくりよ。というかあたしもエルフは見たことないよ」
「でも、居るんだよね」
「うん、どこにいるか知らないけど。時々どこかの森から王城に来るらしい。人目に触れないように隠れて来るから、庶民がエルフを見られることはないかな」
「やっぱり、耳は長いの?」
「そういう話ね。絵だと横にすごく長―い耳が描かれてるけど、実際は分からないよ。あんなに耳が長いなんて、嘘くさいよね。絵で大げさに描いてるのかも」
「エルフと言ったら、精霊が見えて魔法も使えるんだよね。それで弓矢が得意で」
「弓矢は知らないけど、すごい魔法が使えるって話はよく聞く。ああ、噂では魔導研究所にエルフがいるって話もあるよ」
「よしっ!よしっ!異世界っぽくなってきたどー!」
「よかったね。エルは変なことに興味があるんだね。男の子だからかな?」
いえいえいえ、異世界転生ファンタジー好きの、陰キャおやじだからです。とも言えずに俺は喜びを嚙みしめた。
「もう一つ訊いていい?まさか、獣人なんかは居ないよね?」
「いるよ」
「おしっ!」
と俺は両の拳を握りしめた。
「あー、でも居るというのは少し違うかな。獣人の物語とか伝説はあるけど実在するかはよく分からない。何百年も前の戦争で獣人部隊が戦ったとかいう話があるけど、お話だから嘘かもしれないよ」
「そっか、お話か…でもそういう伝説があるんだね。いや、獣人と言う概念があるだけで、僕は満足だよ。実物まで期待するのは贅沢すぎるね」
「ちなみに竜人の伝説もあるよ」
竜人?リザードマンみたいなものかな。
「それは、トカゲみたいな顔の人のこと?」
「うん、普段は二本足で歩くトカゲみたいで、戦うときは体が一回り大きくなって竜みたいに全身が硬く強くなるっていう昔話。あとは、魚人の伝説もあるし、長さが何百メルスもある海の水龍の話とか、お話だけならいくらでもあるよ。神殿にはそういう伝説が集められていて、神様が水竜や地竜を討伐したり、神様と人間が恋愛したり、もうなんでもありよ。今の王家も神様と人間の混血って話だし。前の王様も死んでから神様になったことにされて、神殿で彫像になって祭られているよ」
王家の神格化は権威付けに良く行われることだ。
「へー、そのお話はどこかで読めないかな?」
「神官になれば読めるよ」
「ハイ、却下で…」
「だよね」
「で、メ、メルス?って?長さの単位?」
「あ、メルス知らなかった?エルはいろんなことを知ってるのに、時々当たり前のことを知らなかったりするよね。変なの。メルスは大人が両手を広げた幅が大体1メルスね」
と、ねーちゃんは自分の手を両側にうんと広げて見せる。
大人が両手を広げた幅と言うと釣りでよく使う『1ヒロひとひろ』、1.5メートルのことか。
とすると100メルスで150メートルか。3百メルスで450メートル。そんな大きな生き物がいるなんて、ちょっと考えられない。神話や伝説はなんでも大げさになる。
「あと、大人が親指と人差し指を軽く広げた幅が10エルスね。100エルスで1メルスよ」
10エルスは15cmか。科学が発展していない世界では人体の部位で簡単に測れる長さの単位を使うのが便利なのだろう。
「遠くの街への距離はなんていうの?」
「それは『リーガ』よ」
「ん?『リーガ』?まさか『里ーが』?」
「ん。『リーガ』ね。1リーガが4000メルスよ」
ちょっと待て。こんがらかってきた。日本の『1里』は約4キロ。昔の日本人が半時(1時間)に歩ける距離から来ているらしい。
100メルスが150メートル。1000メルスは、1500メートルで1.5キロ。と言うことは、4000メルスは6キロか。この世界の1リーガは6キロになるということ。昔の日本人は身長が150センチ以下の人が多かったから、歩くスピードも遅かったはず。この世界の大人は皆180センチ以上の巨漢が普通だからこの世界では1時間で6キロ歩くということかな?
「一日は何時間あるの」
「24時間に決まってるじゃない。ちょっと大丈夫?」
やっぱりそうか。1時間に6キロ歩行がこの世界の旅のスピードらしい。
とすると夜明けから夕方まで陽のあるうちに12時間歩いたとして、途中休憩や食事で2時間休むとして、10時間で60キロ進めるという事だ。重い荷物を背負ってスピードが落ちたとしても1日50キロは進めるだろう。軍隊の行軍速度もそのくらいになるか。
10日あれば500キロを走破できるということだ。
うん、これは覚えておこう。
将来、旅をすることもあるかもしれない。その時の旅のスピードの目安になる。
俺が頭の中で計算しているとねーちゃんは寝床に寝転んで大きく伸びをした。
「今日はもう出られないから。一日、ワマウサギを食べるしかないね。でも、昨日からこれしか食べてないから、飽きちゃった。黒パンや煮豆も食べたい。あーでも、こんなこと言えるなんてあたしも偉くなっちゃったよね。ぜーたくだね。何日か前は食べ物があっただけで嬉しかったのにね」
と寝床の中で横にごろごろとローリングして俺のほうに転がってくる。
「川の中には魚がいるけど捕まえられないかな」
と言ってみる。
「無理よ。道具も無いし火の魔法じゃ水の中には効かないし」
「この前拾ってきた太い紐をほぐして作った細紐があるでしょ。あれで枝を結んで魚獲りのかごを作ればいいんじゃないかな。小枝はその辺にたくさんあるし」
「そんな都合よく魚が入るかなぁ。入ってもすぐ逃げちゃうでしょ」
「逃げないように、かごの中に向かってすぼまる様な返しを作ればいいんだ。それで一度入ったら逃げられないよ。ワマウサギの骨柄があるから、中に入れておけば、匂いにつられて魚が入ると思う」
「へーそうなんだ。そんなの作れるの?やっぱりエルは物知りね。1日が何時間か知らないのにね」
と俺の脇腹をつついてからかってくる。
「ちょ、やめてよ、くすぐったいよ、じゃあ、小枝を拾いに行くからね」
と立ち上がる。
「小屋のすぐそばから離れちゃ駄目よ。いつ神殿の奴らがくるか分からないから」
「うん、分かってるよ」
罠の籠つくりは三十分もかからなかった。かごの上の部分に紐でくくる蓋をつけるのがうまくいったのが今回の満足ポイントだ。蓋からワマウサギの骨柄を入れて、しっかり蓋を結んで水中に放る。流れないように陸に結ぶ残りの紐が短いのであまり深く沈めることはできなかった。かごの上の部分がかろうじて水没するくらい浅いところにしか落とせなかった。
あとは寝て待つ。夕方になってかごを引き上げてみる。
何か動くものが入っている。
魚ではない。がやがちゃと硬質なものが動く音がする。
「なんか入ってるね!魚じゃないね」
とねーちゃんが興奮している。
よく見ると、カニやザリガニに似た生き物が何匹も入って、わちゃわちゃとうごめいている。見いていて気持ち悪くなってくる。
「どうしようか?ふたを開けたら飛び出してきそうで、開けられないよ」
かごの甲殻類の迫力に心細くなってねーちゃんに助けを求める。
「ふっふっふっ、まだまだねエル。あたしが真の野営技術を教えてあげるわ」
と自信満々だ。そして、水路の浅瀬の一角を小石で円形に囲み始めた。
そして、囲みの中の小石を深く掘って取り除き始める。
直径50センチくらいの小さなプールができあがる。
ねーちゃんはその前にしゃがんで、水面のそばに手をかざす。
手の平の10センチほど前の空間から炎がほとばしり始めた。
最初赤かった炎は細く絞られて、青っぽく色が変化する。火力が上がっているようだ。
そのうち水がぐつぐつと煮え始めた。
「今よエル!籠ごと放り込んで!」
とねーちゃんが後ろに飛びのく。
俺は言われるままに、かごをそこに放り込む。
熱湯のしぶきが周りに飛び散る。
「うわっちち!」
とねーちゃんがしぶきの少しとんだ自分の足をこする。
「あっ、ごめん」
「だいじょぶよ。気にしないで。今のでみんな死んだでしょ。あとはかごから出して、もう少し煮れば食べられるよ」
いう通りにして、かごを引き上げる。火をやめると、お湯はすぐぬるくなった。石の隙間から水が入ってくるので、長くは熱が持たない。かごのふたを開けて河原に中の甲殻類を出す。大人の手のひら大のエビやカニもどきが7匹入っていた。
あと、小魚の骨と思しき残骸も出てきた。どうやら魚も入っていたようだが、エビカニもどきに食べられてしまったらしい。
エビカニもどきを天然鍋に放り込み、上からねーちゃんが火であぶる
体感で3分くらい煮て、大きめのカニもどきを取り出し、ねーちゃんが殻を開けてみる。
「良さそうね」
中の身を少しかじってみる。
「う、うまい、いけるよエル。これはお手柄よ。凄い凄い」
と絶賛する。
「こんなうまいもの貴族でもなかなか食べられないよきっと。さあ、中で食べよ」
ねーちゃんに喜んでもらえて良かった。
俺も嬉しくなる。
エビカニもどきをもう一度罠のかごに入れて掘っ立て小屋の中に入る。
塩を振って食べるとそれらは死ぬほどうまかった。
「こ、これは!すごいね」
「でしょ!そのままでもうまいけど、塩をつけると信じられないほどの高級料理になるね」
二人して夢中で食べた。
途中から会話が止まり、細い足の隙間の身を念入りにほじくって取り出す作業に没頭する。やはり日本でもここでも、甲殻類を食べるときは皆無言になるのだなと改めて分かった。