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133 世捨て人

岩山のふもとにたどり着き見上げる。


遠くから見た時は絶壁に見えていたが、近くに来ると、亀裂や凹凸が沢山あり、何とか歩いて上まで登れそうだった。


『省霊力』の為に、黒衣の老人の力を解除する。


黒衣の老人の力が無くても、俺の鋼の肉体の力で、難なくすいすい斜面を登る。


汗はかくが、そう疲れるというほどでもない。


思えば俺も強くなったものだ。


そうなのだ。普通の人間に比べたら、段違いに屈強で強い肉体を、俺は手に入れているのだ。誤解が無いように言っておくが、俺は人間としては強い方なのだ。しかし、俺の周りの『人外』もどき共の強さが桁違いなので、俺の強さがまるで目立たない。モンスターの群れの中に、何故か普通の人間が紛れ込んでしまっている状態なのだ。


大体、さっきのオークはなんなのだろうか。あれは前世で言うなら、マウンテンゴリラみたいなものだ。前世の世界で、マウンテンゴリラに、素手で挑む人間が居ただろうか?そんな奴はどこにも居ないだろう。あれは、そもそも素手で挑む方がおかしい生き物なのだ。


あの荷物持ち達のドン引きの顔が、あいつらは見えていなかったのだろうか?


本当におかしい。何もかもがおかしい。


あいつらを基準に行動していると、いつも俺が酷い目に遭う。


もう嫌だ。本当に嫌だ。早くこの依頼を終わらせて、ヤマの領都に帰って、スローライフがしたい。


ぶつぶつ文句を言いながら、黙々と岩山の斜面を登った。


そうして集中しているといつの間にか、岩山の上にたどり着いていた。


そこにはなだらかな平坦地が広がっていた。


そこかしこに灌木の林がある。


先ほどまで立ち昇っていた煙は、もうどこにも見えなくなっていた。


灌木の隙間を縫って奥に進む。


暫く行くと、獣道の様な小道があった。


その道を辿る。


いい匂いがしてきた。


灌木の開けた広場の様な物があった。


雨水がたまったような池があり、小さな川がそこから流れている。


広場には焚火の跡があり、焚火の前には一人の男が胡坐をかいて座っていた。


男は鳥の腿の様な焼いた骨付き肉を食べていた。


顔を上げてこちらを見る。


濃い緑の髪の三十代半ばくらいの男だ。がっしりした体つきで、胸の大きく開いた色あせたベージュの短衣を着ている。


膝までの裾から、太いふくらはぎの足が長く伸びている。


男は俺を見て、不思議そうな顔をした。


「誰だ?」


「はあ……、ガイと言う者です」


「ここで、何をしているんだ?」


「煙が見えたので、登ってきました」


「そうかね。で、どうする?」


「ちょっと、ここで休憩させてもらえませんか?」


「ああ、いいぞ。私もここで休憩をしている。そこの水を飲むなら、一度沸かした方がいいな。火を使うなら、そこにまだ種火が残っているから、それを使うといい」


そう言って、男はまた肉を食いちぎる。


男は武器を何も持っていないようだった。


こんな危険な森の奥で丸腰なんて、考えられない。


俺はヒューリン棚を開いて、黒パンを二つ取り出した。


「一つどうですか?」


と男に差し出す。


「いいのかい?」


「ええ、まだたくさんありますから」


「それなら、これをあげよう」


鳥の骨付き腿肉の様な物を、放ってくれる。


「ありがとうございます」


金属製の器を取り出し、池の水を入れ、火にかける。


そこに、茶葉を入れて、沸くまで待つ。


一口飲んでから、男に渡す。


男も一口飲んで俺に返す。


「ふー、旨い。良い茶葉だ」


「ええ、お茶には少しうるさいんです」


黒パンと腿肉を食べて、人心地つく。


「旅行者かね?」


と男が訊ねる。


「ええ、狩猟でこの森に入りました」


「ふむ。迷ったのかね?」


「いえ、ちょっとした気まぐれです」


「自力で帰れるのかい?」


「ええ、なんとか」


「そうか。それならいい」


「あなたは猟で?」


「いや、この森に住んでいる」


「見たところ、武器をお持ちでないようですが、危険は無いのですか?」


と問うと男はふっと笑った。


「そういう君も武器は無いようだが?」


そう言えば、セシルから丸腰のまま逃げてきたのだった。


「ああ、そう言えば、いつもは武器を持っているのですが、今回はうっかり忘れて来てしまいました」


「ふっ、はははははは、この森の深部で、うっかり武器を忘れたのかい?不思議な事を言う少年だ」


「えへへへへへへ、お恥ずかしい」


と頭をかく。


「実は人を探しています」


「そうかい」


「今、マードの街に、ハルマ・レイス・シトラと言う名の子供が滞在しています。私は彼の護衛として雇われています」


俺の言葉で、男の表情が固まった。


「……シトラ……か……」


「彼の母親はセレス・レイス・シトラと言う名の人でした」


「……でした?……だと……?」


彼の眉間に深くしわが刻まれる。


目を細めて、じっと俺を見る。


俺の中に虚偽の色が無いかを探る、真贋を見抜く意思を持った強い視線が俺の上に注がれる。


俺はその目を見つめ返す。


「ええ、お気の毒です。ハルマ君が最後を看取ったそうです」


揺るがない心で静かにそう答える。


「…………」


男は何も言えなくなって、自分の口を手の平で押さえた」


そのまま、下を向く。


「それは、本当なのか?」


と絞り出すような、か細い声で言う。


「ハルマ君は、母親の生前の言葉で、この領に伯父さんを探しに来ています」


「そうか……」


「会いますか?」


「ああ、会わないとな」


彼は悲壮な様子で立ち上がる。


背が高い。首が太く、肩の肉も胸の筋肉も大きく張り出している。


鍛え上げた戦士の体だ。


「案内してくれるかね?」


「ええ、もちろん」


「ああ、申し遅れたね。私は、カディス・レイス・シトラと言う。セレスの兄だった者だ」


少しして、俺と岩山の上の男、カディスさんは岩山を下山していた。


俺達は、岩山の斜面を、飛ぶように駆け下りてゆく。


カディスさんは、小さな肩掛けを一つ持っているだけの軽装だ。


皮の編み込みサンダルで軽快に、岩から岩へ飛び移る。


飛んだ先の岩が崩れても、次の瞬間には別の岩に飛び移っている。


俺も、その後について、駆け下りる。


「森の深部に、手ぶらで来るだけの事は有るな」


と俺を振り返って、カディスさんが言う。


岩山のふもとで、先頭を入れ替わる。


「方向は分かるかね?」


「ええ、大体」


「森の中では方向感覚が狂う。気が付いたら、全く逆方向に行っている事もよくあるんだ」


「俺の、仲間の方がこっちを見つけてくれますから、大丈夫です」


「魔力感知かね?」


「ええ、凄いのが仲間に居るんです」


そのまま、二人で森を進む。


途中、巨大なドグラに遭遇するが、構わず、素通りする。


暫く、後ろからドグラの追いかけて来る音がしているが、そのうち諦めたようで、音が聞こえなくなる。

遠くで、人の呼ぶ声が聞こえてきた。


「………さーん!」


若い女性が、誰かの名を呼んでいる。


「ガイさーん!」


セシルの声だ。


「おーい!セーシール―‼」


こちらからも答える。


茂みの切れた先に、青地に赤刺繍の魔法士服の少女が見えた。


「ガイさーん!」


セシルが泣きべそをかいている。


大分心配をかけてしまったようだ。


「おーい!」


立ち止まって、そちらに手を振る。


「うえーん!どこに行ってたんですかー!心配したんですよー!」


とセシルが走って来る。


「悪い、悪い!」


と彼女を待ち構える。


気のせいか、セシルの全身が白く発光しているように見える。


(気のせいか?気のせいだよな……)


と見つめるが、セシルの全身の周りに光のクリオネたちが渦を巻いて群がっているのが見えた。見えてしまった。感情の制御が出来なくなって、『ジン』が暴走しているようだった。


(あー、まずい。これはまずいですねー……)


どうしたものかと考えているうちに、セシルがどんどん接近してくる。


「あー、カディスさん。少しまずい事になりました」


と後ろを振り向く。


「うむ。あれは凄いな。『ジン』が渦を巻いている。あれを食らったら、即死だな」


と落ち着いた様子で自分の顎をこするカディスさん。


「えっ!あれが見えるんですか⁉」


「ああ、見える。ガイ君、危ないから少し下がっていなさい」


カディスさんが数歩前に出る。


そうする間にも、セシルがズンズン迫って来る。


カディスさんがセシルの方に両手をかざす。


すると、セシルの正面に地中から緑の蔦が伸びだしてきて、全身に絡みつく。


それを引きちぎりながら前進するセシル。


しかし、その速度は徐々に遅くなってくる。


そして、カディスさんの目の前で、セシルの歩みは停止する。


そのまま、次々と、緑の蔦が、彼女の手足を拘束する。


「ほら、君の出番だ。落ち着かせてやりたまえ」


カディスさんが俺にウインクする。


俺は身動きが出来ないセシルの前に行き、頭を撫でてやった。


「ごめんな逃げて。ちょっと遠出をして、その辺を散歩していただけなんだ」


「いなくなっちゃったと思って、怖かったんです!」


とセシルが泣く。


「そんなわけないだろ。ほら、もう泣くな。かわいい顔が台無しだぞ」


「えっ!?私、不細工になっていますか⁉兄さんは私が泣くと、『不細工だ』って言ってからかうんです」


「そんなわけないだろ。セシルはいつでもかわいいぞ」


(うっはー、歯が浮くな。どの口が言うんだよ)


自分の気障さに気分が悪くなるが、今はこの子をなだめるのが先だ。


「ほんとに、かわいいですか?」


「ああ、可愛いぞ」


「えへへへへへへー、そうですか~?」


と満面の笑顔でセシルが喜ぶ。


機嫌が直ったようだ。


光のクリオネたちが消えてゆく。


(ふー、助かった……。なんにしてもこの子は、取り扱い注意だな)


俺はカディスさんに頷く。


セシルの手足を拘束していた蔦が、地面に潜って消えてゆく。


(この人は植物を操る魔法使いなんだな。それなら、この森で武器を持っていないのも納得だ。言わば、周りにある全ての植物が、彼の武器になるんだからな)


「おーい!」


後から、アスルと英子、ハルマや、四人の荷物持ちがやって来る。


「セシルが一人で走って行くから、追いかけるのが大変だったぞ」


と言いながらアスルが歩いて来る。


その後にハルマが続き、息を切らした英子が杖にすがりながら、少し遅れて来る。


「セシルちゃん早いってば……はーはー……」


荷物持ちの四人は、魔獣のウヴァーを背負子に背負っていても、遅れないでついてきていた。


「ん?その人は?」


アスルがカディスさんの事を俺に訊く。


「ああ。探し人だよ」


「えっ!?って言うと?」


カディスさんの目がハルマに釘付けになっていた。


彼がハルマの前でしゃがんで片膝をつく。


そして、じっとハルマの顔を見る。


「確かに、面影がある。セレスの子供の頃に、よく似ている」


「あんたは……、あんたがそうなのか?俺の伯父さんなのか?」


とハルマ。


「ああ、私が君の母の兄、君の伯父だ。カディスと言う名だ。君はハルマだな」


「ああ、そうだ。母ちゃんはあんたに会えと言った。伝言があるんだ」


「セレスはなんて言っていたんだ?」


「母ちゃんは言ってた。『兄さんごめんなさい。兄さんの言う事が正しかった』って……」


その言葉を聞いて、カディスさんが自分の口を押える。


「ぐっ!」


顔を伏せ、肩が震える


嗚咽をこらえるが、その目から、涙がいくつも零れ落ちる。


「ぐっ、ううっ!」


皆、何も言えなくなって、ただカディスさんとハルマを見詰める。


少しして、カディスさんが手の平で涙を拭って、顔を上げた。


「よくここまで来たな。お前はどうやら強い子のようだな」


「ああ、俺は強い。これからもっともっと強くなる」


と胸を張るハルマ。


「はははは、頼もしいな」


カディスさんがそっとハルマの体を抱きしめる。


ハルマは素直に抱きしめられていたが、困った様子で、目をきょろきょろさせていた。


何にしてもこれでミッションクリアだ。


責任の一つを果たせて、俺はほっとしていた。


しかし、俺の横から『ふんふん』と荒い鼻息が聞こえてきた。


チラ見すると、カディスさんの横顔を、食い入る様に見つめる英子がいた。


「ちょっと、このおじ様、かなりいい感じなんですけど?哀愁漂うイケオジマッチョって、これ、ドストライクじゃないかしら…」


と前のめりになっている。


その脛を強めに蹴っておく。


しかし、一時的に痛覚を忘れているようで、英子の反応が無い。


俺はアスルを見る。


アスルは英子の状況が分かっていなくて、ただ、ハルマと伯父さんお出会いにほっとした顔をしていた。


修羅場の予感がする。


(あーあ、しーらね……)


明日の事は明日考えよう。

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