132 VS変な奴ら
久しぶりに俺達は暗黒の森に狩に来ていた。
魔獣狩りを何度か経験して、最近は危なげなく獲物を仕留められるようになっていた。
ハランさんは店が忙しくて、荷物持ちが出来ないので、向かいの食堂のおやじに、元気な若手の荷物持ちを四人程紹介してもらった。皆、ソエリ族の人間で、『街ソエリ』だが、森に詳しく、自分達が猟をする合間に、他の観光狩人の案内兼荷物持ちもしている。
「じゃあ、俺は周囲の警戒と、何かあった時の、手助け遊撃要因ね」
と言って俺は後ろに下がる。
まあ、そういう事にしてさぼっているだけだが。
「来ます!」
セシルが声を上げる。
三頭のウヴァ―が茂みから踊り出して来た。
ウヴァ―は狼型の素早い魔獣だ。
頭の左右から、鋭利な角が前を向いて突き出している。
角が白く発光し、魔力をまとっている。
あの魔力をまとった角は、太い木の幹でも抵抗なく切り裂く。
人間の胴体も簡単に両断する。
「兄さん!ハルマ君!」
セシルが両手を広げて、二人にバフを飛ばす」
「サンキュー、セシル!」
俺が英子にしょっちゅう『サンキュー』と言っていたら、アスルもそれを覚えて使うようになった。『古代エルフ語はかっこいいな』と得意になっている。
アスルが剣を鞘から払って、ウヴァ―に走り出す。
ハルマも魔鋼の短剣を抜いて、低く地を這うようにその後に続く。
アスルの剣のひと振りをかわして、先頭のウヴァ―が後ずさる。
残りの二頭が左右から同時にアスルに迫る。
「ひゅっ!」
残像も見えないくらいの速さで、右のウヴァーに剣を振るアスル。
そのウヴァ―は何事も無かったように、そのまま走り続けるが、途中でポロリと首が地面に落ち、後から体が倒れ込む。
左からアスルに迫るウヴァ―の足元に、横からハルマが短剣を振る。
それを避けて、ウヴァーが高く跳び上がる。
「クソ!」
外して悔しがるハルマ。
「はい、いい的ね」
上空に飛んだウヴァーに、英子の電撃が飛ぶ。
その個体は痙攣しながら地面に落ちる。
「はい、とどめー」
駄目押しの電撃を、落ちたウヴァ―の頭目掛けて飛ばす。
最後に残ったウヴァーが、ジグザグに走りながら、一番弱そうなセシルに迫る。
「おい、来るぞ。盾を出せ!」
セシルに声をかけるが、彼女は横目で俺を見て、にこりと笑った。
拳を高々と上に突き上げて、迫るウヴァーを真っすぐ見つめる。
その無防備なお腹にウヴァーの角が突き刺さったと思った瞬間、振りあげたセシルの拳が残像を残して真下に振り下ろされていた。
どちゃっ!
大きな野菜が空から落ちてきたような、鈍い音がする。
振り下ろしたセシルの拳の下で、熟れたサリアの実を叩き潰した様に、ウヴァーの頭が真っ赤に粉砕していた。
「すげー…」
思わず声が出た。
「あーあ、なんだかこのくらいの獲物じゃ、物足りないわねー」
と英子が詰まらなそうに言う。
「くっそー!切れなかった!」
とハルマが怒っている。
「いいのよハルマ君、おかげで、簡単に電撃をあてられたわ。あなたのおかげよ」
「俺が、切りたかったんだ」
「次は大丈夫よ」
「セシル、服に血が飛んでるぞ、なんで盾を出さなかった?」
アスルがセシルに駄目出しをする。
「盾なしでも行けると思ったの。でも少し力を入れすぎちゃった。次はもう少し手加減して、服が汚れないようにするから、大丈夫よ」
と、頬に血しぶきの飛び散った顔で、セシルが微笑む。
なぜかセシルには返り血が似合う。
「どうする?もう戻るか?獲物としては充分だろ?」
とみんなに訊く。
「でも、ウヴァーの肉はあまり旨くないから、小さくてもいいから、ドグラを一頭仕留めたいわね」
と英子が言う。
「うーん、ハランさんの仕込みに要るかぁー。じゃあ、もう少しやるか?まだ時間は有るしな」
「セシルちゃん、探知を御願いね」
「はい分かりました」
セシルが目をつむって、集中し始める。
彼女は他人の魔力を感じられるので、ある程度の距離の魔獣の位置がわかるのだ。
「んんー、あっちに五十メルスくらいの所に、反応があります。少し大きいです
「よし、行ってみるかぁー」
アスルが呑気な顔で言う。
皆でその方向に進んだ。
もう少しと言うところで、足音を忍ばせて慎重に様子を伺う。
「どうだ?」
「すぐそこです」
茂みの陰から覗く。
その先に居たのは、変な生きものだった。
ゴリラの様な巨体に、毛の無い緑色の体。
粘土を丸めてこねて、それをそのままくっつけたようなでこぼこの頭。
その、でこぼこに見えていた面が、実は顔の正面だったみたいで、子供のイタズラで作ったような、雑な目と鼻と口がついている。
「なんだ、ありゃぁ?」
始めて見る生き物で、俺達は戸惑っていた。
「あれはオークです」
荷物持ちの若者の一人が言う。
「オーク?あれが?なんか人間みたいだな」
「オークは亜人です。森の奥に住んでいて、人前に姿を現すのはまれです。普通は大勢の人を見ると逃げるんですが……」
「じゃあ、戦う意味は無いな。このまま引き返そう」
茂みの向うのオークが鼻を上に向けて、くんくんと匂いを嗅ぎ始めた。
「ですが、あれが人族に向かって来る事もあるんです」
「へえ、まあいい。気付かれないうちに下がるぞ」
茂みの向うのオークがじっとこちらを見ていた。
「あ、駄目です。気付かれました」
案内の荷物持ちが慌てた声を出す。
「でも、人を見ると逃げるんだろ?」
「逃げない時があります」
「どんな時?」
「人族の女を見つけた時です」
「は?」
「オークは人族の女をさらって、子を産ませるんです」
「何言ってんの?」
「ああ、駄目だ、来ます!ほら!」
茂みの向うから、どかどかと速足で真っすぐこちらに向かってオークが歩いて来る。
「このままここに居たら戦えない。出るぞ!」
アスルが茂みを飛び出して行った。
俺達も後に続く。
オークが俺達を見て立ち止まる。
でかい。
横幅が普通の人族の三倍はある。頭一つ背が高い。
「どうするんだ、アスル。殺すのか?」
「うーん、あれ、一応人型だからな。なんか殺すのには抵抗があるな」
五メルスほどの距離で俺達は睨み合う。
オークの目線は、俺達男を素通りして、英子に向いていた。
「ごあっ!ごあっ!ごあっ!ごあっ!」
オークが吠える。
そして、股間の一物がズンズン大きく立ち上がってきた。
「キャー!何あれ!?」
英子が叫ぶ。
「ごあっ!ごあっ!ごあっ!ごあっ!」
その声に反応して、股間の物が、はちきれんばかりに巨大化する。
「ねえ!あれ、早くやっつけてよ!やだ!気持ち悪い!」
英子だけが大騒ぎをしている。
セシルは意外と普通の顔をしていた。
「ワマのより、大分小さいですね」
と冷静に分析している。
さすがカントリーガールだ。
家畜の種付けなどで、もっと巨大な一物は見慣れているのだろう。
「しかし、殺すのはどうかな?ただ、チンコを立ててるだけだぞ」
とアスルが戸惑う。
「あの、ナニがどこに向かって来るのか、考えなさいよ!アスル!何とかしなさいよ!私の貞操の危機なのよ!」
とアスルの肩をバンバン英子が叩く。
「よし、分かった。俺がエイコさんの為にあいつを追い払う。これを持っててくれ」
と腰から剣を外して、ハルマに渡す。」
「素手で行けるのか?でかいぞ?」
人とオークがまともに戦えるのか心配になる。
「むっ!?俺だって、けっこうでかいぞ!太さはともかく、長さでは負けてないからな!」
とアスルが俺の言葉に不満そうな顔をする。
「いや、そっちじゃ無くて、体の方だ。こんな時にナニのでかさの話をするアホがどこに居る!」
「ああ、そうかガイ君は風呂で俺のを見ているから、そっちを比べられたかと思った。でも、普段見せているのは仮の姿だからな。いざとなったら俺のはもっと凄いんだぞ」
「だから、ナニの話はいいんだよ。勝てるのかって話だよ!」
「向こうが素手で来てるんだ。こっちも素手でいかないと卑怯だろ。まあ見てろ」
変なところで、正々堂々なんだよな、この男は。あんなの、電撃で追い払えばいいのに。
アスル上半身に着ている短衣を脱ぎ棄てて、オークの前に歩いていく。
真正面に立つと良く分かる。
体の大きさが二回りは違う。
「兄さん、バフをかけようか?」
「いや、いい。要らん」
マジか?あれ、勝負になるのか?
「ぶぶー!」
オークが息を大きく吐く。
「さあ、来い!このでか物!」
アスルが両手を大きく開いて挑発する。
「ごはー!」
オークのでかい拳骨が、横なぎにアスルに迫る。
それを簡単にかわして、アスルの拳骨がオークの脇腹に突き刺さる。
構わずオークの左右の拳が交互にアスルに振られる。
それを、すいすいと身軽にかわして、アスルの拳骨が次々とオークに当たる。
「まあ、矢を素手で掴む男だもんな。あんなテレフォンパンチが当たるわけは無いか」
しかし、アスルの打撃の方は効いているのだろうか?
相手にたくさん当たってはいるが、ダメージを与えられなければ、このままただ時間が過ぎるだけだ。そうしたら先に動けなくなった方の負けだ。オークのスタミナってどのくらいあるのだろうか?
しかし、だんだんアスルの打撃にオークが後ろに下がり始めた。
顔をゆがめて、アスルの拳を嫌がっている素振りを見せる。
「アスル!効いてるのか?」
「ああ、俺の攻撃は通っているぞ!もうすぐ倒れる!」
「そのでかい奴にも効くなんてすごい拳骨だな!」
「いや、普通だ。急所を殴っているからな。人間もオークも同じ人型だから、痛い場所は一緒みたいだな!おらー!」
下がり続けるオーク。
そして、急に背を向けて、そのまま茂みの向うに逃げていった。
「フー、やったな!」
「当然だ!」
上半身を汗で光らせたアスルが、清々しい顔で戻って来る。
「じゃあ、次はガイ君な!今度は君がセシルの為に男を見せるんだ!」
と俺にハイタッチする。
つい、それを受けてしまう。
「ん?次って?今終わったよね?」
今オークが逃げて行った茂みの向うで、ガサガサと生き物の動く音がした。
そして、別の緑顔のオーク一体が姿を現す。
「ごあっ!ごあっ!ごあっ!ごあっ!」
とこちらを向いて吠える。
股間の一物がみるみる大きく立ち上がる。
「えー⁉なんで俺⁉」
「一対一の喧嘩だ。さあ、あの緑のスケベ野郎をぶちのめしてやるんだ!ガイ君!セシルが見ているぞ!」
とニカっと笑ってサムズアップするアスル。
「えー、あれさぁ、アスルが戦ったのより大きくないか?なあ、大きいよな。なんかさっきのよりも強そうなんだけど?」
「ん?そうか?まあ、小さい事は気にするな」
「いや、そこは気にするから!俺、割と小さい事を気にする方の人間ですから!」
「ほら、行って来い!」
俺の二刀を鞘ごと取られる。
アスルに背中をどんと叩かれ、体が前に押し出された。
(ちくしょう!)
俺は仕方なく、真っすぐ突撃する。
「うおー!」
目の前の緑の奴が腕を振りかぶる。
テレフォンパンチだ。テレフォンパンチなんだけど、
(でかい!)
俺の顔程の大きさの拳が、うなりを上げて飛んでくる。
あんなのを食らったら、頭が無くなってしまう。
「ちくしょー!」
俺はスライディングして、奴の股の間をくぐって反対側に抜けた。
俺を見失って戸惑うオーク。
力は強いが、知能は高く無いようだ。
「よいしょー!」
後に立って、思いっきり股間を蹴り上げた。
壁を蹴りつけたような、鈍い弾力が帰って来た。
「ごは~?」
効いているとも思えない反応でオークが振り向く。
そう言えば、さっきアスルは急所を殴っているといったが、人間なら一撃で死に至るような攻撃を何十回も食らわせていた。それでも、倒れないで、ただ逃げ出す程度しかダメージが与えられていなかった。それほどタフな奴らなのだ。そもそもの土台が人族とは違う。
(俺、なんでこんなのとタイマン勝負してるんだ?意味が分からん)
人間と野生動物の戦いでは、人間が武器を使ってやっと同じ土俵に立てるくらい、レベル差があるのだ。俺の周りの人間は『人外レベル』の奴らがゴロゴロしているから、勘違いしそうになるが、普通の人間はこんなのと森で出会ったら、選択肢は『逃げ』一択しかないはずなのだ。
オークがまた拳を振り上げた。
テレフォンパンチには違いないが、リーチ差があり過ぎて、こちらが攻撃した後の回避が間に合わない。
だから、俺はひたすら距離を取って逃げ回る。
それでも、森の中の狭い空き地で、すぐに茂みの端に追い詰められてしまった。
飛んでくるパンチを横っ飛びでかわして、転がる。
「なんで攻撃しないんだ、ガイ君!」
アスルが無責任な事を言う。
(やれるならやっているんだよ!俺はお前ほど上背も無いし、体も細いんだ!)
剣が使えればこんな奴、すぐにやっつけられるが、何故かこの縛りプレイだ。
(どうする?こんな戦い、想定外だ)
逃げながら考える。
(駄目だ、何も思いつかん。仕方ない)
うおーん!
黒衣の爺さんの力を借りる。俺の背後に奴が立ち上がり、俺の腕と足が奴と一体化して、黒くなる。手の爪が鋭く尖って伸びる。
「おら!」
オークの拳骨を俺の拳骨で迎え撃つ。
バチンッ!
重量物が激突する鈍い音がして、お互いの体が後ろに弾かれる。
(よし!拮抗してる。これなら戦えるぞ。あとは霊エネルギーが尽きる前に力押しで倒すんだ!)
何とか行けそうな目途が対いて、ほっとした。
「出ましたね!」
セシルの声が背後から聞こえてきた。
「えっ?」
思わず横目で振り向く。
セシルが右の拳を『ジン』で光らせて、振りあげていた。
俺の背中に向かって走って来る。
「ええっ!?それ、今じゃないと駄目!?俺今、このでか物と戦ってるんだけど⁉」
俺の言葉がセシルに届いている様子はない。
純粋な正義感と使命感に満ち溢れた、澄んだまなこでセシルが迫って来る。
(だーから、信心深い奴らはめんどーなんだよ!もー!)
前門のオーク後門のセシルだ。
どちらの攻撃を食らっても致命傷だ。
(逃げないと!)
オークの拳が振り下ろされる。
それを思い切り屈んでかわして、奴の股の間に頭からダイブして、背後に逃げる。
俺の背後でセシルとオークが正面から向かい合う形になっていた。
(いざとなったら、光の盾を出すからセシルは問題ない)
地を転がって逃げながら、後ろの様子を横目で伺う。
拳をオークの腹の真ん中に叩きつける、セシルの姿が俺の目に映っていた。
ボゴンッ!
と鈍い音がして、オークの体が回転しながら、反対の茂みの中に吹っ飛んで行った。
(マジか⁉)
俺は地に伏せて、あっけに取られてそれを見ていた。
「ガイさん!逃げないで!それを浄化するんです!」
オークがそこに居たことも忘れたように、セシルが俺だけを見つめていた。
「馬鹿か!?馬鹿なのか⁉そんな拳骨を食らったら、浄化以前に、俺の命が吹っ飛ぶわい!」
「助けたいんです!」
目を血走らせて、セシルが迫って来る。
(駄目だ!話が通じない)
今、黒衣の老人の力を解除しても、彼女は止まらない。
強化されていない状態であんなのを食らったら、それこそ命がいくつあっても足りない。
俺は手近な木の枝に跳び上がって、またその枝を蹴りつけて、その場を離脱した。
「待てー!」
セシルが叫んで追いかけて来る。
俺は枝から枝へ飛び移って、ひたすら逃げる。
(この状況なに?)
本当に意味が分からん。
俺の周りの人間は、なんだっていつも俺の予想外の変な行動をするんだろうか?
みんな平気な顔で、いつも俺だけが振り回されて、頭を悩ませている。
(もーやだ……)
このまま、奴らから離れて、森の奥で隠れて暮らす誘惑にかられる。
人里を離れて隠遁生活をする、ハルマの伯父さんの気持ちが、少し分かった気がした。
かなりの距離を進んで、何とかセシルを振り切った。
一安心して、小高い木の上に立つ。
遠くまで一望出来た。
遥か向うに、マードの街が見える。
かなり森の奥まで来たみたいだ。
これほど森の奥に足を踏み入れたのは、初めてだ。
森のさらに奥に目を向けると、遠くに突き出た岩山が見える。
そのてっぺんから煙がかすかに上がっている。
(あんなところに火の手が?山火事?ではないな。岩山だもんな。誰かいるのか?)
側に行ってみる事にした。