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131 肉焼き串屋再び

実は俺にはやりたい事がある。


宿の居間でだらける皆の前で俺は宣言した。


「俺には、野望がある!」


と言って、ぐるりと見回す。


「あー、そー」


と椅子からずり落ちそうな姿で、つまらなそうに、おざなりの返事をする英子。


「『やぼー』ってどういう意味ですか?」


とセシル。


「ふんっ!ふんっ!ふんっ!ふんっ!」


ハルマを背中に乗せた上半身裸のアスルが、日課の腕立て伏せをしている。


「ハルマ、今、何回目だ?」


「五十回かな?」


アスルの背中で胡坐をかいて腕組した姿で、ハルマが言う。


「さっき、七十回って言ってなかったか?」


「五十でも七十でも大した違いは無いだろ?小さい事は気にするな」


「それもそうか。ふんっ!ふんっ!」


「いや、そこは気にしろよ!」


咄嗟に、俺の突っ込み属性が発動した。


「ガイさん、『やぼー』って何ですか?」


とセシルが寄って来る。


最近、セシルは、分からない言葉があると、しつこく意味を聞くようになってきた。


「野望と言うのは、願望の激しい奴だ」


と適当に答えておいた。あっているかどうかは知らん。


「じゃあ、『がんぼー』って何?」


うーん、これはきりが無いぞ。


知的好奇心に目覚めた子供状態だな。


これは困ったな。


「俺では上手く説明できない。あとでラシュー先生に訊くといい」


と、あのダークエルフになすって置いた。


ちなみに、『ダークエルフ』と言う種族は正式には無いそうで、俺が勝手に彼を『ダークエルフ』と決めつけて、心の中でそう呼んでいる。


エルフは全て『エルフ』でしか無いそうだ。ただ、住みついた場所の違いで、呼び方が変わり、それが種族名の様になっている。例えば、街エルフ、海エルフ、森エルフ、南エルフ、などだ。


「ラグナの王都で、俺の大好物の『肉焼き串』の屋台があったんだ。そこの串は香辛料とタレが効いていて、凄く旨いんだ。ある事情で俺はそこの串が食べられなくなってしまった。しかし、俺はあの味が今も忘れられない。なんとかまた、あの串を食べたいと思う。だから、自分であの味を再現して作る事にした。俺は屋台をやるぞ!」


俺の宣言で、英子がむくりと起き上がって、椅子に座りなおす。


「王都で有名な肉焼き串と言えば、『ゼスの店』の事?」


「おっ!お前、知ってるのか⁉」


「当然よ。と言うか王都の食通で、あの店を知らなかったらもぐりよ」


「マジか⁉そんなに有名な店だったんだ……」


「私もお忍びで何度もあの店には行ったわ。家にある一番小さなお金が銀貨だったから、それで払ったら、『釣りが出ねえ、銀貨なんか持ってくるな!』って怒られちゃった。私以外のお忍びの貴族も来ていて、みんな銀貨で払うから、ゼスさん、凄く怒ってたわね。悪い事をしたわ。それで、次からは、屋敷で私に唯一優しくしてくれた、洗濯女中で南国人のニャーに銀貨と銅貨と交換してもらって、それで払ったわ。もちろん、ニャーの方が得するように、大目に渡してあげたわよ」


「ああ、確かに。時々、頭巾とだぶだぶの外套の客が来て、必ず銀貨を出すのが、なんでだろうと思っていたけど、あれはお忍びの貴族だったのか……。そうと知らずに、ナコねーちゃんもゼスも銀貨払いの客に、文句を言って怒ってたなあ……」


「ちょっと、待って。今、何か聞捨て出来ない事を言ったわね。あなた、まさか、あの屋台に居たの?」


「ああ、居た」


「ちょっと、ちょっと、ちょっとぉ!ひょっとして、金髪のかわいらしい病弱の男の子、あれ、あなただったの?」


「ん?まさか、お前、当時の俺、エルに会った事があるのか?」


「えー!あるわよ!何?あの子がそうなの?『悲劇の子エルネスタ』?うわー!凄い偶然。びっくりよ!」


「こっちがびっくりだよ」


「あんた、あっちの方がずっと良かったわよ。かわいいし。なんで今、そんな風に残念な感じになっちゃってるのよ?あのまま、成長しときなさいよ。勿体ない」


「うるさいわい!俺だってあれが良かったわい!俺が自分の意思でこんなクソガキをやってると思うのか⁉誰が好き好んでこんな性格の悪いモブになるかよ!これになった当初は、絶望して、いつ死ぬか、毎日そればっかり考えていたわ!」


「ああ、そうかー。そう言えば、そうだったわね。『被害者だけど加害者』っていう、理不尽な話だったのよね。ごめんなさいね、無神経な事言っちゃって。悪かったわ」


珍しく英子が素直に詫びてきた。


何か拍子抜けだ。


「お前が素直だと、気持ちが悪いな。何を企んでる?」


「失礼なこと言わないで。私にも人の心は有るのよ」


「そうか……。悲しき自動酒飲みマシーンじゃ無かったんだな……」


「おい!ちょっとそれは言い過ぎじゃないの?優しい素直な心の私が、今、どこか遠くに立ち去ろうとしてるんだけど?悲しき電撃マシーンを、あなたは目覚めさせたいのかしら?」


「すんませんでしたー。先の発言を撤回させていただきます」


ここは素直に謝罪の一手だ。


皆が、動きを止めて、じっと俺と英子を見つめている。


(しまった、みんなが居るのに、つい、エルの時の話をしてもうた)


「なあ、ハルマ。ガイ君達が何の話をしているか分かるか?」


アスルが首をぐりんと回して、ハルマに言う。


「気にするな。こいつら、時々こうなるんだ。『もーそー』って言うらしい」


「『もーそー』だって?ハルマはずいぶん難しい言葉を知っているな」


「当然だ、最近、ラシューに教わって、勉強してるんだ」


「ハルマ君、『もーそー』って何?」


セシルが今度はハルマに寄って行く。


みんな、俺の話した内容には引っかかっていないようで助かった。


みんながアホで良かった。


「屋台ならうちにも有るわよ」


とラシューの奥さんのシスさんが話に入って来る。彼女は、部屋の隅の大きな背もたれ付きの椅子に深く腰掛け、糸繰坊をぶら下げて、器用に糸繰をしていた。


「なぜ屋台が?」


「うちでも、宿の前に屋台を出したことがあったの。すぐやめたけどね」


「上手くいかなかったんですか?」


「いいえ、割とお客さんはてくれたんだけど、うちは二人しか人が居ないから、手が回らなくなっちゃったのよ。ラシューも勉強の時間が無くなるって言って逃げるし、食べ物屋さんが、あんなに大変だなんて思わなかったわ。片手間で屋台なんかやるんじゃなかった」


「なんの、屋台をしたんですか?」


「野菜の煮込みよ。市場で買った安い野菜や芋や豆をなんでも、鍋に突っ込んで、とにかく煮るの。味付けは塩と、魚醤と森の香草だけよ。それと、毎朝、パン屋が籠で売りに来た黒パンを買って、山積みにして置くの」


「煮物なら売れ残っても、次の日に出せそうですね」


「煮物はいいけど黒パンが売れ残ったら、始末に困るのよ。うちは二人だから、余ったパンを食べきれないし、店じまいの時間に捨て値で出すと、今度はそれを目当ての、変な連中がうちに集まっちゃうから、それも出来ないし、やっぱり商売は難しいわね」


「ああ、仕入れのあるものは、売れ残りが出ると困りますね。それでは、その屋台はしばらくは使わないんですか?」


「ええ、ずっと使わないわ。今では、お祭りの時に出すだけで普段は使わないし、良かったら使う?」


「いいんですか?」


「いいわよ。うちも宿の前に屋台が出ると、賑やかになっていいわ」


「借り賃はしっかり払いますよ」


「いいのよ」


「いや、そこはきっちりしないと。実家が商売屋なので、その辺は子供の頃から教育されていますから」


「それなら、無理のない範囲で払ってね」


「ええ」


という事で、あれこれと試行錯誤をして、その一月後に、『肉焼き串、安心』がオープンした。


ベースのタレは、塩、魚醤に、煮切り酒、森の香草を何種類か擦り潰したものに、こちらのレモン『ラーミ』果汁を絞り、あと、五種類の香辛料を投入し、ウルスの腐乳ヨーグルトを混ぜた物だ。


そこに一口サイズに切ったドグラの腿肉を漬け込み、半日から一日マリネした物を取り出し、串を打つ。


その串を、炭火に掛け、焼き上げる。タレは割とすぐに出来たが、付け込む時間と、焼き加減を決めるのが難しかった。肉の状態によって、漬け時間も焼き時間も変わって来るので、この辺は、経験で学んで行くしかない。


多孔質の柔らかい軽石のような石板を石屋から買ってきて削り、横長の炭焼き台を作る。そこに、炭を横一杯に広げて着火し、上に串を並べる。


串は肉の厚さによって、焼き過ぎの部位と生焼けの部位がどうしても出来てしまうので、炭の火力の強い場所と、弱い場所に串を何度も移動しながら、焼け具合を調節する。


焼いて自分で何度も味見をしているうちに、だんだん旨いのか不味いのか、味が分からなくなってくる。


英子と皆の意見を聞きながら、細部を調整した。


最終的に英子の『合格』判定を得て、営業準備が整った。


串の値段は一串、大銅貨一枚にした。


強気の値段だ。


ラグナ王都並みの値段設定で、ゼスの店と同じ金額にした。


この領の相場なら、小銅貨五枚くらいが妥当なのだろう。


しかし、俺達は本気でこの商売をやる気が無い。あくまで趣味の店なのだ。この屋台が繁盛してあまり忙しくなると困るので、客が来過ぎない値段設定にしておいた。


店開きの初日に、串を焼いていると、向かいの食堂のおやじが、店の前の椅子から立ち上がり、屋台に来た。


このおやじは、この地の少数民族、ソエリ族の人間だ。


ソエリ族は元々、この地の森に住んで狩猟生活を続けていた森の住人だったが、この街が開かれて、街の人間との交流が増えるにつれて、森を出て街で定住生活をする『街ソエリ』と森に残った『森ソエリ』に分かれて生活するようになる。


この食堂店主のおやじは親の代に街で定住生活を始め、自分の代で食堂を始め、それが成功して今に至っている。


何度もこのおやじの店で食事をするうちに、俺達はこのおっさんと仲良くなっていた。


おやじの長男が二代目の修行中で、嫁さんと店を切り盛りしている。この若い二代目は人当たりが良くて、人柄は良さそうなのだが、結構なスケベ人間で、美人大好き人間なのが玉に瑕だ。セシルと英子が店に行くと、頼んでもいないのにニコニコしてサービスの皿を持ってくる。


今のところさほど大した害は無いので、とりあえずは黙認している。


ただ、この二代目、店の若い女中の一人に手を出したのが嫁にばれて、包丁を持った嫁に追い回されているのを、最近、皆に目撃されていた。


この世界では財力のある人間が、妾を数人持つなど、普通の事なので、そのくらいの『おいた』には知らぬ顔をしている嫁も多いという話だが、この二代目は『恋愛結婚』で、しかも嫌がる嫁を口説き落として、所帯を持ったという事で、美人の嫁に頭が上がらないらしい。


と、なんでこんなに、他人の家の身の下事情を知っているのかと言うと、店の前に座る店主のおやじが全部面白そうに話してくれたのだ。


「一本くれ」


と頭の毛の薄いおやじが、串焼きを注文する。


「はいよ」


と串を渡す。


「いくらだ」


「初回ご奉仕で、ただだよ」


「そうか」


おやじが串に食いつく。


もぐもぐとゆっくり咀嚼する。


俺と仲間たちは、それを見つめる。


最初の一口を飲み込んで、親父はにこりと笑った。


「うめえな」


その一言がとても嬉しかった。


「ホントに?」


英子が不安そうに、聞き返す。


「ああ、俺は食い物のことでお世辞は言わねえ。もしまずかったら、メタ糞に貶して、叩き潰してやろうと思ってたが、これじゃあ、文句は言えねえな。っつーか、この味は俺の専門と違うから、これをどうこう言える知識は無いな。俺が分かるのはこれが『旨い』って事だけだ」


この街の人気食堂の店主のお墨付きが貰えて心強い。


ただ、一つ困った事がある。


俺は自分が『ゼスの肉焼き串』を食べたくて味を再現したのに、開店までに味見をし過ぎて、串焼きを食べたい気持ちが、かけらも無くなってしまっていた。


暫くは『肉焼き串』を見たくも無い気分だ。


それから、毎日、交代で店を営業していたが、そのうち皆飽きてしまって、店をやらない日が、増えてしまう。


不審に思った常連が、宿『安心』の入り口の扉を開けて中を覗き、俺達が居間でだらけているのを目撃して、


「なんだ、居るじゃねえか!お前らなんで店をやらないんだ!」


とぷんぷん怒っていた。


隣の店のおやじにも


「お前ら、商売を舐めるなよ!」


とマジモードで怒られてしまった。


それで、いつも暇そうにして、日雇い人足で安く働いている、ハランさんに声をかけて、屋台を専属でやる気は無いかと訊いてみた。


「取りあえず、雇われ店長でやってみて、上手く行きそうなら、のれん分けと言うか、独立するというか、そのまま本当の店主になってもらう感じにしましょう」


と言ってみた。


「いいんですか?」


と二つ返事でハランさんが乗って来た。


こちらとしては厄介事を押し付けた感じなので、かえって申し訳ない感じだが、日雇い生活で、嫁ももらえないハランさんとしては、屋台でも自分で店をやるのは夢だったそうだ。


真面目なハランさんはしっかり店を切り盛りして、繁盛させていた。


「値段を下げてもいいですか?今の値段では、客の間口が広がらないんで」


と直訴して来たので、値段など経営に関しては、今後ハランさんに一任することにした。


そうして、二月ほどして、ハランさんの屋台に客が増え、店の人員も一人増えた。


若い女性の給仕が、忙しそう屋台を手伝っている。


見た顔だなと思って、思い返すと、向かいのおっさんの食堂で働いていた女性だった。


向かいの店から、こっちの屋台に転職したようだ。


「うちの、できる女中を取られちまった」


と向かいの食堂のおっさんが笑う。


「まあ、そろそろ嫁にださないかんと思っていたところだったから、旦那を探す手間が省けて良かった」


と嬉しそうだ。


(あー、そういう感じか……)


ハランさんは真面目そうな顔をして、意外に手がはやかったみたいだ。


「いや、そんなじゃ無いですよ」


と恥ずかしがって手をぶんぶん振るハランさん。


屋台の営業終わりに、ハランさんは向かいの食堂で遅い夕食を取ることが多くなっていた。


そこで、この女中の女性と話をしているうちに、仲良くなって一緒に働く話になったそうだ。


女性の方も積極的で、どうも、向かいの食堂のおやじに、けしかけられていた気配がある。


なんにしろ、店と所帯と一度に持てる事になったハランさんの生活は、いきなり激変して毎日忙しそうだ。


俺達の気まぐれが、思わぬ副産物を生んでしまった形だ。


こんな、風に他人の人生に影響を及ぼしてしまっていいのだろうかと、不安になるが、やってしまった物は仕方がない。時は戻せないのだ。あとは彼らの人生が、いい方向に転がる事を祈るしかない。


「串焼き十本追加よ!中に出前を御願いね!」


と水酒の瓶を片手に、英子が外の屋台に注文する。


「おい、英子」


その背後に立ち、声をかける。


「うわ!真後に立たないでよ、変態!」


「お前、昨日の分は払ったのか?」


と英子の顔を覗き込んだ。


「え?何よ……」


目を逸らす英子。


「ハランさんの立場につけ込んで踏み倒すんじゃないぞ。ちゃんと払えよ」


とさらに追いかけて目を覗き込む。


「分かってるわよ。ちょっと遅れただけじゃない。うるさいわねー。今こまかいのが無いから、あんた、出しといてよ」


「おい!」


「大きい銀貨は出せないでしょ⁉ほら、王都ではゼスさんを怒らせちゃったから、私も学習してるのよ」


「くっそー、後で取り立てるからな」


と俺は小銅貨と大銅貨の小銭を懐から出して英子に渡す。


「まあ、あんたの物は私の物なんだし。気にすること無いわよ」


と聞き捨てにならない事を英子が小声でつぶやいた。


「おい!」


それをとがめようとすると、横目でにやりと笑って、英子は身をかわす。


俺の小銭を握りしめて、そのまま、外の屋台に払いに出て行った。

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