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11 串焼きを買う。

と……


花が売れるまでの話を、今まさに水路の掘っ立て小屋の中で、ナコねーちゃんから俺は聞かされているところだった。


「いや、ついてるついてる、びっくりしたねえ。こんなことがあるんだね。神様はいるかもしれないね。神殿でお布施でもしてこようか?あー、でも神殿にお布施してもクソ神官が贅沢するだけだから。この小屋から神殿の方向に感謝のお祈りだけにしておこうね。神様はお金もらっても使い道無いだろうしね」


こんな上機嫌のねーちゃんは初めて見た。


「ねえ、金貨って、どのくらいの価値があるの?」


と尋ねる。この国の通貨や、物価など何も知らない。


「すごい価値がある」


とアバウトなねーちゃん。


「黒パンいくつ買える?」


「うー、黒パンね……」


と考えるねーちゃん。


「いつも食べてる黒パン一つが、王国小銅貨5枚で買える。

で、王国小銅貨10枚で王国大銅貨1枚。

王国大銅貨10枚で、王国半銀貨1枚。

半銀貨2枚で王国銀貨1枚。

王国銀貨10枚で王国金貨1枚。

王国金貨10枚で王国白金貨1枚。

白金貨10枚で王国魔鋼貨1枚ね。

まあ、白金貨と魔鋼貨は一般庶民じゃ一生見ることも無いだろうけどね」


「いちいち『王国~』って頭に付けるのはなんで?」


「そりゃあ、外国から入ってきた別の国の貨幣と区別するためよ。このラグナ王国で作られた貨幣は純度が高くて、よその通貨より価値があるの。」


(うん?待てよ、今初めて聞く単語が。重要な名詞をねーちゃんは口にした。この国の名前だ。『ラグナ』…この国の名前はラグナ王国というのか。初めて知った。心にメモメモ)


「とりあえず、肉食おう肉。ちゃんとして肉なんて、ずいぶん食べてない。こないだエルが拾ってきたのを食べたのが最後だよ」


そういえば、あの串焼きはうまかった。水路の水で洗ったものでなく、焼き立てを食べたら、一体どれ食らいうまいのだろう。考えていたら、胃が締め付けられるように腹がすいてきた。


「ねーちゃん、あの串焼きが食べたい」


肉串焼きのことを考えると、気持ちが高揚してうきうきしてきた。そして、腹が減って我慢できなくなる。どうも、精神が子供の肉体に引っ張られているようで、考え方がだんだん子供っぽくなり、感情の抑制が利かない。


「うんうん、いいよいいよ。今の私たちに買えないものなんてないよ。串焼きなんて10本でも20本でも好きなだけ食べな」


と調子に乗ったことを言うねーちゃん。


二人して、大通りの角にある、串焼き屋台に行くことにした。


串焼き屋には、例のやくざ顔の巨漢タンクトップおやじがいて、串を焼いていた。


タレの焦げるいい匂いがする。


その匂いだけで、口の中に唾液があふれてくる。


「おじさん!」と勢いよくねーちゃんが声を出す。


おやじはねーちゃんを横目でじろりと見る。


「なんだ」


と一言。


「この串焼き買うよ」


「金はあるか」


「あるよ、ほら」


と銀貨を一枚差し出して見せる。


それを数秒見つめるおやじ。


「この金どうした?」


と疑わしそうな様子。


「稼いだ。まっとうな金だよ」


と胸を張るねーちゃん。


その顔を無言で見つめるおやじ。


盗んだ金か何かと疑われているのだろうか。緊張する。この場から逃げ出したくなってきた。


「そうか…稼いだか………」


と少し考える様子をして、


「……じゃあ、客だな」


とタンクトップおやじは言った。


「前に、うちのエルがここの肉を拾ってきて、それがうまかったんだよ。だから今日はちゃんと買いにきた」


とおやじの前に俺を引っ張り出すねーちゃん。


おやじは俺を見て、


「ああ、あの時のガキか」


と言った。


「先に言っとくが、うちの肉は当たり外れがあるぞ。いい肉のときはうまい。ダメな肉のときは硬くて、かすかすで、まずい」


「なんでそんなに違うんだよ」


「それは、いつも俺が森で肉を獲ってくるからだ。上物を仕留めた時はうまい。クソ雑魚しか獲物がいないときはまずい」


「で、今日はどっちなんだい」


とねーちゃんは腕組して、あごをしゃくっておやじを見上げる。


「自分で確かめてみな。こっちも商売だ。そう簡単に秘密は喋らねーぞ」


とおやじは面白そうに口の端で笑った。


「もうずいぶん、こっちが聞きもしないことを、ぺらぺらと喋ってるみたいだけど…。匂いだけならうまそうだね。まあ、あたしたちは、肉なら何喰ってもうまいから、どんな肉でも大丈夫だよ。あっ!泥貝だけはやめてよね。あれはもう食いたくない」


「おい、あれは人間の食うもんじゃねーぞ。まさかあれを食ったことがあるのか。こりゃ、大したゲテモノ食いだな」


「うっさいよ、あんなもんもう、金もらっても食いたくないよ」


と、おやじに向かって右手をひらひらさせる。


「それで何本買うんだ?言っとくが、今日は釣銭がやたら出て足りねえ。串焼き一本くらいじゃ釣りがねーぞ。まったく、どいつもこいつも、銀貨ばかり持ってきやがって」


「ふん、五本よこしな、いや、やっぱり八本だよ。今日は肉を腹いっぱい食う日にしてやる」


「へっ、ずいぶん威勢がいいじゃねーか。まあ、それくらい買うなら釣りも出せるな」


「で、一本いくらで売ってんの?」


「10セルだ。それも王国銅貨でな」


と言い、顎の無精ひげを指でじょりじょりとこする。


「ってことは王国大銅貨1枚ね」


(…この国の通貨の単位は『セル』というのか…)


また一つ賢くなった。


「じゃあ王国銀貨1枚ね」


とおやじに銀貨を渡す。


「ほい、釣りの、大銅貨10枚と小銅貨20枚だ」


とおやじは自分の体で通りから死角を作り、手元を隠しつつ、陰でねーちゃんにお釣りを渡す。


なぜそんなことをするのかなと思っていると、おやじは大通りの反対側に視線を向けていた。


その視線を追うと、道の向かいの路肩に大人の浮浪者が一人座っていて、こっちをじっと見つめていた。


「全部、銅貨で釣りをくれて助かるよ」


「あほ、銅貨しか持ってきてねーわ。屋台で王国銀貨を出す馬鹿がどこにいる」


「ここにいるよ」


と胸を張るねーちゃん。


「あー、確かに目の前に馬鹿が一人いるな。もっとも今日は馬鹿がお前以外にも結構いたがな」


「馬鹿は、よく言われるよ。言われすぎてそのうち『馬鹿』が二つ名になるかもね」


「ちっとは悔しがれ」


「なんで?」


「かー!人間、誇りをなくしたらおしまいだぞ。なめられて一生底辺で生きることになる。それが嫌なら、いつも自分の王様でいろ」


「それができりゃぁ、とっくにやってるよ。河原で寝てる孤児に何説教してるんだよ。寝るとこもまともに無いのに、誇りもクソもあるかい」


「あーあ、ひねたガキは嫌だねぇ。あー言えばこー言う」


「へっ、もっと色々言ってやろーか」


「もーいいわい。かわいくねーガキだ」


とおやじは、乾燥した葉を縦横に編み込んだ袋に、串焼きを詰めて差し出す。


「でも、久しぶりに弟以外の人とちゃんと話して、ちょっとすっきりしたよ。ありがとね、じゃあ行くわ」


と串焼きの袋を受け取り俺の手を引くねーちゃん。


「待ちな」


とおやじが止める。


「何?」


と振り返るねーちゃん。


「今、何本かは、ここで食っていけ。その木箱の上に座っていい」


とおやじは屋台の裏に積んである小さな木箱にあごをしゃくる」


「お前らみたいな、みすぼらしいガキどもが、肉の匂いをぷんぷんさせて歩いてみろ、あっという間に、その辺のろくでなしどもに奪われるぞ」


「あー、そう言えばそうだね。浮かれてうっかりしてたよ。じゃあ、遠慮なく場所借りるよ」


と、ねーちゃんは俺を木箱の一つに座らせて、自分もそのすぐ横に腰を下ろす。


「ほらよ」


とおやじが木のカップを二つこちらに差し出す。中に澄んだ水が入っている。


カップを受け取り、ねーちゃんに渡された串焼きにむしゃぶりついた。


うまい。香辛料と塩気の利いた肉汁が口の中に広がる。衝撃だ。俺は夢中で食べた。こんなうまい食事は、前世も含めて生まれて初めてだ。この味は恐らくこれから一生忘れないだろう。


ねーちゃんは自分も水の入った容器を受け取り、串焼きを食べる。


「うん、悪くないね。旨い。あんた腕がいいよ。あと、飲み物までついて、浮浪児に、ずいぶんサービスがいいんだね」


「まあな、この街はきれいな水だけはタダだからな。北の山脈からの地下水がそこらじゅうで湧いてるから、水場に困らないのが、食い物屋にはありがたいな。これが地方に行くと、水を飲むと腹を壊すんで、薄い『水酒』を水代わりに飲まなきゃいかんところもあるくらいだ。それに、今日はお前らのおかげで売り上げが1日分に足りたから、店じまいだ。お前らが食い終わったら、店をたたんで森で獲物を狩ってくる」


「え、狩りに行くの!あたしも連れてってよ。手伝わせてよ!」


と、ねーちゃんが話に食いつく。


「あほ。お前みたいな足手まとい、連れていけるわけないだろ。獣からしたらお前のほうが獲物だ。俺の行く森じゃ、お前が食われる側なんだよ」


と呆れた顔をするおやじ。


「それなら、あたしをエサにして獣が出たら、あんたが狩ればいいじゃない。あんたの図体を見たら獣も怖がって逃げるでしょ。あたしが一人で森をうろうろしていたら、よだれをたらして獣が出で来るんじゃないの。あんたも手っ取り早くていいでしょ?」


ねーちゃんの提案に、おやじは信じられないものを見る目で、しばらく目の前の赤毛のみすぼらしい女の子を見つめる。


「お前はまず、俺を疑え。俺がクソ野郎なら、お前は森で死ぬだけだぞ」


と噛んで含めるように言う。


「いや、あんたはあたしを見捨てるようなことはしないね。これでもいろんなクソ野郎を見てきてひどい目に遭ってきたんだ。どうもあんたは、口は悪いけどいい人みたいだから、それに付け込ませてもらうよ。かわいそうな孤児が自活できるように手を貸しておくれよ」


とねーちゃんはどや顔で胸を張る。


「おいおい、かわいそうと言うなら、もう少しかわいそうな素振りをしやがれ。偉そうにふんぞり返ってどうすんだ?」


「それは、あたしのやり方じゃない」


と言い切り、更にふんぞり返って胸を張る。


おやじはその言葉に一瞬ぽかんとしてから、口を押えて噴き出した。


「くくくく…、あーあ、かなわねーな。そんなら、こうするか。1回だけ森に連れてってやる。それで、俺がお前を使えねーと思ったら、もう連れて行かねー。あと、途中、一言でも泣き言を言ったらその場で終わりだ」


「えっ、ほんと!やったー!助かったよ!それなら、弟のエルを小屋で留守番させてくるから、ちょっと待っててよ」


とそわそわ立ち上がるねーちゃん。


「待て待て、言っとくが連れて行くのは今日じゃない」


「えーなんで?あたしはいつでもいいよ」


「こっちが良くないんだよ。足手まとい一人連れていくなら、それなりの準備があるんだ。遊びに行くみたいに、ホイホイ行けるわけじゃねーんだ。死なないための、最低限の準備がいるんだよ」


「あたしは死なないよ」


「なんで分かる?」


「なんとなく」


「馬鹿につける薬はないってやつだな。俺は今とんでもない約束をしちまったのかもな…」


「薬なんかつけなくていいよ。元気だから」


「物の例えだ…」


とこめかみを押さえるおやじ。


「で、いつ行くの?」


「三日後、いや四日後晴れたら、夜明け前にここに来い。夜が明けて来なかったら、おいていく」


「分かったよ。雨のときはどうするの?」


「来なくていい。雨の日は屋台も休みだ」


「分かった」


「ところで話は違うんだがな……」


とおやじは俺とナコねーちゃんの顔を交互に見つめる。


「お前ら、神殿の連中に何かしたか?」


と尋ねる。


「神殿?」


とねーちゃんが首をかしげる。


「いやな…今、神殿の奴らが、子供を二人探しているみたいでな、それが赤毛の女の子と金髪の小さい子供だって話だ」


「えっ、し、知らないよ。神殿の人間と会ったことも無いよ」


と慌てるねーちゃん。


「まあ、罪人を追っているって感じじゃなくて、心配している風だったがな…。一度神殿に行ってみたらどうだ。森で死にかけるより、神殿で保護してもらったほうがいいんじゃねえのか?」


「いや、いや、勘弁してよ。神殿に押し込まれて、ただでこき使われるなんて地獄だって。あんなところに捕まりたくないよ」


と必死で否定するねーちゃん。


「一応言ってみただけだ。森に連れていく約束は守る。でも、森の狩りが駄目だったら、神殿行きも考えたほうがいいぞ」


「神殿が孤児を保護するなんて、聞いたことないよ。あいつら、金儲けしか考えてないから、神殿に行っても、どうせろくなことにならないって」


とねーちゃんは身震いする。


「あー、分かった分かった。それじゃ四日後に必ず来いよ。俺を失望させるなよ」


「了解よ。師匠!」


とねーちゃんが敬礼すると、


「やめやがれ!誰が師匠だ!」


とおやじが嫌そうにのけぞる。


その様子にねーちゃんはにやりと嬉しそうに笑う。


「つくづく、性格の悪いガキだな。こりゃ、本当に早まったかもな……」


と腕を組み、ため息をついて、やくざ顔のおやじは天を仰いだ。

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