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10 変な花が売れる。

掘っ立て小屋に帰ってから、当然ねーちゃんに問い詰められた。


俺の異能については、適当にそれらしい話をして何とか誤魔化した。そして、俺もねーちゃんもお互いの能力については、周りに秘密にするという話になった。


それから数日が経ち、パッチワーク服のおばちゃんのこともほぼ忘れ、いつもの日常を過ごしていた。


今日は、ナコねーちゃんがランス川の藪の奥で摘んだ花束が、高値で売れたおかげで懐が温かい。


いつものように『泥貝』の採取にランス川に向かったねーちゃんは、ランス川に生い茂る藪の奥にも、何か食べられるものでもないかと分け入った。


うっそうと茂る藪の奥で、見たことのない変わった花を見つけた。


淡い黄色で八重咲の牡丹のような大振りの花。


見た事の無い綺麗な花だったので、十数輪ほど生えているのを、あるだけ根こそぎ摘んで紐でくくって花束にした。珍しい花なので売れるかと思い、近くの大通りで試しに通行人に売ってみたそうだ。


その時俺は掘っ立て小屋で留守番していて、その花のことは知らなかった。


「お花―、珍しいお花いりませんかー。安いですよー」


と声を出すが、ほとんどの通行人が、無視して通り過ぎる。こんな拾った花では無理かとあきらめかけると、丸眼鏡をかけてぼさぼさ灰色髪で、よれよれの黒い長上着のような服を着た、30代半ばくらいのおっさんが、興奮気味にどかどか歩いて近づいてきた。


身の危険を感じたねーちゃんは、逃げようとするが、速足で追いつかれ、回り込まれて逃げそこなう。


「こっ、この花をどこで?」


と鼻息の荒いおっさん。


鼻筋が高く、頬がこけている。目の下には隈があり、抜けて見えるがどこか知的な雰囲気もある。


ねーちゃんは、この花にどうやら価値があるらしいことを瞬時に理解し、


「西の山の奥で見つけました」


と、とっさに噓をついた。


「西の山?モースの森のことかな?あそこは何度も採集に行ったが、シスルの花を見たことはなかった。あそこは植生が違うと思うのだが……」


と、おっさんが独り言で分析を始める。


「あ、あの、このお花買ってもらえるんですか?」


と、口をはさむ。


これ以上考えさせて、嘘がばれると困る。


「いくらで買ってもらえるんですか」


と畳みかける。


「うむ、実はこの花には球根があってね、その球根に価値があるのだ。球根を使って貴重な薬を作ることができるのだよ。君、この花の球根は持ってないかい?」


「いえ、花だけです。そんなこと知らなかったので…」


「この花の生えていた場所にもう一度行くことはできるかね?」


「いえ、花を摘んだ正確な場所は覚えていません」


「むー、それは残念だ」


「じゃあ、お花は買ってもらえないんですか?」


と悄然とするねーちゃん。


「いや、この花にも価値はある。標本としてだがね。この花の実物の標本は実に少ないのだよ。100年前はランス川の土手一面を埋め尽くすほど生えていたのだが、乱獲がたたって、今や幻の植物になってしまった」


「へー、ランス川の、へーそうなんですねー…」


と、『ランス川』という言葉に冷や汗をかくねーちゃん。


「じゃあ、これくらいで買ってもらえますか?」


と指を3本立てるねーちゃん。


相場が分からないので、金額をはっきり言わず、相手に判断させる作戦だ。


貴重な花なら、高く見積もってくれるかもしれない。王国大銅貨3枚と思ってもらえればみっけもんだ。仮に王国小銅貨3枚でも問題ない。


道の孤児が売っているのだ。相手がその気なら、蹴り飛ばして、無理やり奪うこともできる。それに逆らうすべはないし、周りにそれを咎める者もいない。


「むう、それは少々高いな、もう少し何とかならないか?」


眉間にしわを寄せて、おっさんがごねだした。


「あ、じゃあいくらでもいいです。くれる金額をもらいます」


とすぐにねーちゃんは引く。相手を怒らせるのは拙い。


「え、いいのか?」


とぽかんとするおっさん。


「はい、いくらでもいいです」


「いや、こういうことはもっと交渉をしないといかんぞ…」


「いえ、いいんです。私はこの花の価値が分からないし。持っていても枯らすだけですから」


とさっぱりした様子のねーちゃん。


「うむ、何か私が子供の弱みに付け込むようで、心苦しいが、値切ったのはコチラだし、価値に見合った金額で買ってやりたいのはやまやまだが、今月は手持ちが心細くてな。手持ちをすべて払うと、次の給料日まで生活がな…、これから予算を申請しても今月中には無理だし、借金した金は借りたばかりでほぼ使ってしまったので、追加で貸してはくれないだろうし、うーむ悩ましいな。

よし、そうだ。では今回は借りひとつとしよう。私はこの先の王立魔導研究所薬学室の主任研究員をしている、ルイス・ゲーン・ハルマという名の者だ」


(げっ、貴族だ…やばい…)


と内心で冷や汗をかくねーちゃん。


「今後、君に何か困ったことがあったら、一度手助けをしよう。そら、この『言札ことふだ』を君にあげよう。この『言札ことふだ』を持って研究所に来人間は誰でも、私に会えるように手配をしてある。君もいつでも訪ねて来たまえ」


と紫色に金縁の手のひらに収まるサイズの小さなカードを差し出すおっさん。


「はい、ありがとうございます」


と気落ちしつつねーちゃんは『言札』と呼ばれたカードを受け取る。


借りなんていいように言って、払いを踏み倒す気に違いないとねーちゃんは思った。


(ちっ、このおやじ、適当なこと言いやがって。あたしみたいな孤児がそんな国の研究所にのこのこ行って、相手にされるわけないだろ。水でもぶっかけられて追い払われるのが関の山さ。畜生、なめやがって。ふざけんな。あーあ、結局ただ働きか。まあ、殴られなくて良かったってくらいかな)


と、内心でぼやきつつ、


「はい、どうぞ」


と花束を渡し、もう用は済んだとばかりに、ねーちゃんはその場を後にしようとする。


「うむ、それで話はついたな。良かった良かった」


と能天気な様子のおっさんに、ねーちゃんはイラっとして横目で小さくにらむ。


その様子に気付きもせず、おっさんは懐に手を入れて、じゃらりと音をさせると、


ねーちゃんの手の平にいくつかの硬貨を掴ませた。


「今回はこれで勘弁してくれ。ではまたな」


と逃げるように足早に去っていく。


(あ、お金くれた…)


意表を突かれておっさんの後姿を見送る。


それから、視線を落として、自分の手の中の硬貨を確認する。


(げげっ!)


そこに硬貨は4枚あった。


うち3枚は銀色に輝いていた。真新しい王国銀貨だ。そして残りの1枚は金色に輝いていた。なんということか、その1枚はまばゆい王国金貨だった。


ねーちゃんは4枚の硬貨を、すぐに服の下に隠し、あたりを見回す。


(やばいやばい、金貨だ金貨だ、ひっひっひっ、金貨なんて久しぶりに見たよ。あーどうしよう。とりあえず帰ろう、それで、エルとうまいもの食べよう。やった、やった、ひひひひひ…)


と、変なテンションになってしまうねーちゃんだった。

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