99 死闘の続き
隊長が幅広の長剣を袈裟懸けに切り降ろす。
下がって避ける。
袈裟懸けの剣をその勢いのままにくるりと回転させて、逆袈裟の連撃で振り下ろす。
また下がる。
すると、その剣をまた回転させて、大上段に構えて、正面から真っすぐ切り込んできた。
剣先が予想以上に伸びてきて、下がっただけでは避けられないのが分かった。
右のファルカタを思い切り下から振り上げて、長刀の腹に叩きつける。
思ったより衝撃が無い。
隊長は俺の剣が当たる前に力を抜いて長刀の軌道を斜め下に逸らしていた。
ギャリ!と剣の刃先と腹のこすれる硬質な音がする。
その勢いのまま、また滑らかな円運動で逆袈裟に切り込んで来る。
それを左のファルカタで受ける。
相手の剣が俺に届くのに対して、俺の剣は隊長の体に届かない。
今俺に出来るのは、相手の剣を払う事だけだ。
左のファルカタを振り切った反動で体を回転させて、左後ろ蹴りを隊長の腹に見舞う。
その俺の脚を隊長の前蹴りが、下からすくい上げる様に真っすぐ蹴り上げる。
俺はバランスを崩して、横に転ぶ。
隊長が腰を落として低く構えて、すり足で俺に迫る。
剣を肩の上で構えて、真っすぐ突き下ろしてくる。
その突きを無視して、低く構えた隊長の脛に剣を振る。
とっさに隊長は後方に跳んだ。
その間に俺は立ち上がって態勢を整える。
「相打ち狙いで来られるとこっちには分が悪いな。俺は不死身じゃないんでな」
と隊長。
「脚一本もらったと思ったんだが、今のをなんで避けられたんだ?」
「お前の師匠も地面をごろごろと転がりながら、脚を刈りまくっていたぞ」
「あんたには何をやっても通じる気がしないな」
「一つ助言をしてやる。大きな蹴りは態勢をくずしやすいから、格上相手には、やめておけ」
「そりゃどうも。でも、当たり前の攻撃をしていたら、当たり前に負けるからな。取り合えず、やれることはなんでもやってみるよ」
言い終わらないうちに俺は左のファルカタを回転させながら、隊長に投げる。
「ぬっ!」
至近距離から迫る剣を、彼は身をかがめて避ける。
そこに、俺は真っすぐ矢のように飛び込んで右のファルカタを振り下ろす。
俺の腕に黒衣の老人の腕が重なっている。
試作魔剣ファルカタに霊力を込めて全力で叩きつけた。
隊長が横っ飛びに転がる。
俺の剣は隊長の居た廊下の床に当たり、轟音を上げる。
床に敷き詰められた石が砕けて、下の煉瓦が深くえぐれる。
(くそっ!仕留められなかった。今ので手の内を知られた)
横に跳んだ隊長は前回り受け身の様に一回転して、滑らかに立ち上がっていた。
俺はさっき投げたファルカタに向かって走り、拾い上げる。
「それはただの魔鋼剣じゃないな。魔剣か?」
「試作品だけどな」
「お前が死んだら、俺が使わせてもらう」
「これは俺専用だ。あんたには使えないよ」
「それも、お前が死んでから確かめてみることに…」
隊長が話している間に、身を低くして『瞬歩』を発動する。
視界が尾を引くようにぶれて目の前に、隊長がいた。
俺の距離だ。
正面に白刃が振り下ろされる。
連続で『瞬歩』を発動する。
両方のファルカタを頭上でクロスさせて、隊長の豪剣を刃元で受ける。
そのまま突き飛ばそうと押し込むが、頭上からそれ以上の凄い圧が掛かって来る。
隊長の大柄な上半身が、俺にのしかかるように覆いかぶさっている。
黒衣の老人の脚が俺の脚に重なり、力を倍化する。
隊長と俺の力が拮抗していた。
押し合う剣がギリギリと鳴る。
どちらもそのまま動けなくなって、力比べが続く。
「ぎ、ぎ、ぎ」
思わず変な声が漏れる。
だが、持久力なら俺に分があるはずだ。
霊エネルギーを全身に巡らせて、踏ん張る。
隊長の額に汗が浮かぶ。
頭上の圧が不意に軽くなる。
後方に跳び下がる隊長。
(逃がすか!)
そのまま、追いかける。
右の剣を真っすぐ隊長の顔目掛けて突き出し、同時に左の刃を右膝のあたりに斜めに振り下ろす。
俺の左の切り降ろしを紙一重で避けて、隊長の右足が下から跳ね上がって来る。
顎に衝撃を受ける。
気が付いたらその場に俺は崩れ落ちていた。
(蹴られたのか?)
考えている暇はない。やみくもに転がると、顔の横で廊下の床が砕ける音がする。
「ぐっ!」
床石の破片が目に入る。
身を起こしながら後方に跳び下がって、その場を逃れた。
隊長は追ってこない。
接近戦ならこちらに分があると思ったら、相手は接近戦も上手かった。
(そう言えば、この人、モンマルを瀕死に追い詰めた事があるんだよな)
普通にやったら、俺じゃ絶対に勝てない相手だろう。
それなら、普通じゃないことをするしかない。
モンマルも言っていた。
どんな手を使っても最後に立っていたほうが、勝者だ。
戦場で負けたら、次は無い。
俺はゆるゆると踊るように左右の剣を体の周囲で振る。
無茶苦茶隙が多い動きだ。
しかし、隊長は切り込んでこない。
得体が知れなくて恐ろしいのだろう。
(でも、ただのはったりの動きだけどな)
両腕を脱力して、肩を抜いて、腕を振る。
うおーん!
うおーん!
俺の動きに合わせて、黒衣の老人が声を上げる。
老人の手足が俺の手足に重なる。
その手足は、そのまま黒い染料の様に俺の皮膚を黒く染める。
「お前!なんだそれは?」
隊長が驚愕の声を上げる。
(ん?)
この魔人は俺にしか見えないはずだ。
「腕が黒くなっているぞ」
言われて自分の腕を見る。
よく見ると、黒衣の老人の影が肌に転写したように色を落としている。腕そのものが黒く染まっているように見えた。
剣を持つ自分の指の爪が、猛禽類の様に尖っている。
(あれ?これってリアルに変わってる?)
「何だろうな?俺もこの状態になるのは初めてなんだ」
と軽く答える。
本当の事を言っているのだが、隊長は信じないだろう。
「ここが勝負所か」
と言う隊長の全身に力がみなぎるのが分かった。
不意に隊長の姿が掻き消える。
(なんだ?認識疎外か⁉)
とっさに右剣を首の前で振る。
しかし、俺の左側で血しぶきが飛んだ。
俺の血だ。
左腕が肩のあたりから切り飛ばされていた。
黒い左腕はファルカタを持ったまま下に落ちて、ごとりと重い音を立てる。
俺の左に現れた隊長に右の剣を振る。
また、隊長の姿が掻き消える。返す刀で右剣を逆方向に水平に振り、広範囲に斬撃を巡らせる。
また、血が俺の体から飛ぶ。
下にしゃがんだ隊長が剣を真上に振りあげていた。
俺の右腕の肘から先が、切り飛ばされて飛んで行った。
黒衣の老人との同化の力を発揮する前に、やられてしまった。
俺は後ろに下がるが、それより早く、隊長が追いすがる。
幅広のロングソードが風を切って俺の胴を払う。
腹を横に切られた。
横一文字に裂けた腹から内臓が飛び出してくる。
「がはっ!」
(あ、負けた…)
右腕も左腕も無くし、胴も割られた。
そのまま動けなくなって、棒立ちになる。
隊長は一度下がって、剣を右肩の上に掲げ持った姿勢で、俺を見つめる。
ここから俺が挽回するのは、ほぼ不可能だが、隊長に油断は無い。
ただ、じっと俺を見つめる。
俺の命が尽きるのを、静かに待っている。
「ぐふっ、…認識疎外の魔術具か?」
と口から血を吐きながら尋ねる。
「そうだ、これが俺の奥の手だ。これでお前の師匠『死の二刀』も刻んだ」
「あんた、うちの師匠に認識疎外の魔術具を取られた事があるだろ?」
「ああ。あれは失敗だった」
「ちくしょう、あんたが本家だったか…」
俺はその場にしゃがみ込んで膝を着く。
しかし、まだ倒れない。
「なぜ、首を刈りに来ない」
「お前はまだ何か持っている。目が死んでいない。だから、待つ」
「いいのか?時間は俺の味方かもしれないぞ」
「挑発しても無駄だ」
冷めた目で俺を見下ろして距離を取る隊長。
「おいっ!済んだか!?こんなガキに何をもたもたしていたんだ⁉」
さっきの部屋から、代官のヨーデイが大きな革鞄を抱えて出て来た。
「ふん、死んだか?」
ヨーデイは無造作に俺の側に近づいてくる。
「代官!そいつに近づくな!」
隊長が警告をする。
「何を恐れる?こいつはもう死にかけじゃないか。今なら私でも簡単に勝てるだろ?」
にやけ面でヨーデイが俺の前に立ち、見下ろす。
「いいざまだな。何がヘーデン家だ。下等な邪教徒共が、人の振りをしおって。お前らは神の教えに従って、我らスーラ人に奉仕をしていればいいのだ。それがお前達下等な邪教徒が天の国に行ける唯一の方法なのだ。いいか、私たちは、地獄に行くしかないお前達に救済の道を示してやっているのだぞ。その私たちの慈悲の心も分からず、逆恨みとは、本当に理解に苦しむことだ。やはり、言葉の通じない畜生には鞭で言う事を利かせるしかないのだな」
とご満悦で説教を始める。
「ああ、良かった」
俺はニヤニヤ笑いながらヨーデイを見上げる。
「ふん、神の教えの一端を知って、少しは改心したか?」
「いや、てめえの国の、下痢便くせえ神なんかの、下らねえ教えに一かけらも興味は無いね。俺が言ったのは、お前が間抜けで良かったって事だ」
「きっ、きっさまー‼」
眼を釣り上げて、ヨーデイが俺に向けて足を振りあげる。
(瞬歩!)
ヨーデイの腹の真ん中目掛けて頭から突っ込んで行った。
ヨーデイの体を隊長の方に吹き飛ばす。
「うごっ!」
悶絶しながらはじけ飛んで、隊長とぶつかるヨーデイ。
「ぐはー!」
吐しゃ物をまき散らしながら、隊長にしがみついている。
「おい!どけ、代官!俺から離れろ!」
ヨーデイの顔を押しのける隊長。
その隙に俺は切り落とされた自分の右腕に、肘の切り口を合わせる。
うおーん!
とっさに黒衣の老人が腕をつなげる。
「邪魔だ!」
隊長がヨーデイを蹴り飛ばす。
カエルの様にあお向けに転げるヨーデイ。
「雇い主は殺せないよなー」
(跳躍!)
俺は隊長の頭上に跳び上がる。
空中の俺に向けて隊長が剣を振りかぶる。
その隊長の体が、がくりと腰砕けになる。
隊長の足元には肩から切り落とされた俺の左腕があった。
落ちている左腕が肘の振りだけで、隊長のアキレス腱を剣で切りつけていた。
足首の腱を切られて踏ん張れない隊長は、剣を自分の顔の前に掲げて、受けの姿勢になる。
防御姿勢の隊長の頭上を俺の体が飛び越えてゆく。
はみ出した臓物を引きずりながら。
長く引きずった臓物が隊長の体に絡みつく。
うおーん!
黒衣老人の力で、臓物が黒く染まっている。
俺の臓物がぐねぐね動いて、隊長の体を締め上げる。
「なっ、何だ!」
驚愕して身じろぎする隊長。
俺は今、自分の右腕の修復以外の治癒を止めていた。
黒衣の老人の力の大部分を攻撃に振る。
黒い臓物が隊長の首を締め上げる。
「こっこの…、ば、化け物め…」
横倒しになって喘ぎながら、俺を罵る。
「あばよ。あんた強かったぞ。人間にしてはな」
俺はファルカタを真っすぐ振り降ろし、俺の臓物ごと、隊長の首を飛ばす。
ヨーデイの目の前に隊長の首が落ちる。
「ひ、ひいいいい―…」
腰の抜けたヨーデイが這いずって逃げる。
頭が朦朧とする。
もう一歩も動けない。
俺はファルカタをヨーデイの背に向けて放る。
ファルカタの刃が衝撃波でヨーデイの体を突き抜ける。
手足を痙攣させてヨーデイは息絶えた。
俺の体から黒衣の老人の力が抜けて、黒色が元に戻る。
「はー、今回もギリギリだったな」
だが、少し血を流し過ぎた。
貧血で朦朧とする。
(あ、ちょっとヤバいかも)
俺は目をつむる。
鳥とのリンクが切れている。
(来い、ぺーちゃん)
鳥への指示を頭に浮かべて、念じる。
そして、待つ。
暫くすると、遠くで女の叫ぶ声が聞こえて来た。その声はだんだん大きくなる。
「ひー!あー!」
英子の声だ。
開いている横の窓から、侍女服の人影が廊下に飛び込んでくる。
人影の背中には魔鳥ぺーちゃんの羽ばたく姿があった。
「死ぬかと思った。いきなり何よ!」
着地した英子が俺に文句を言う。
しかし、直後俺の状況を見て、絶句する。
「あなた!大丈夫なの⁉」
「ははは、駄目かも。あとは任せた」
駆け寄って来る英子の姿が霞んで良く見えない。
その姿がコマ送りのように見える。
直後、俺は意識を手放した。




