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赤毛の転校生

 「おはよー!」


かずは勢いよく扉を開け、朝から有り余る元気な声で朝の挨拶をした。


 「おはよー」


「はよー」


「おはよーさん」


クラスメートから様々な朝の挨拶が返される。かずに挨拶を返さないクラスメートはほとんどいなかった。

 かずは意外とクラスでは頼れる人気者なのだ。困っている奴は放っておけない性格と誰とでもすぐに友達な思考ルーチンが人を引き寄せて、男女問わずに好かれるのかもしれない。


 挨拶の波を順次返しながらかずは一番後ろ窓側の自分の席へと向かった。


 「ZZz」


隣の席には既にそこの主が椅子に体を預けて小さな寝息を起てていた。


 かずはその主の鼻っ柱を指で弾いて朝の挨拶をした。


 「おはよークロ!」



 「お~」


クロは眠りの態勢のままかずに端的に挨拶を返した。鼻を弾かれた事は特に気にせず再び眠りに入ろうとする。


 「なん、今日はぶり眠そうじゃん? 昨日貸したアイアンマンを徹夜で観たんか?」


鞄を自分の机に起きながらかずは苦笑しながら聞き


「ん~、いや、アイアンマンは観とらん。帰ったら「ゴロ」に捕まって朝までモンハンに付き合わされた」


クロは正直に答えた。その答えにかずも納得した。ちなみにゴロというのはクロの五つ上の兄で名を杉田すぎた 五郎ごろうという。基本的に自分中心のマイペース俺様キャラで、現在絶賛求職中の少々困ったお兄さんである。

 「ゴロさん昨日は家おったんか。災難やったな」


「ああ、ええ迷惑」


クロはため息を軽く付いて手をヒラヒラとさせる。眠るということらしい。

 かずが想像するにクロは寝ずに登校してきたのだろう(おそらく原因を作った本人は布団の中で夢のなかであろう)と思い、そのまま寝かせてやろうと話を切り上げ席に座った。


 と、ちょうどその時。


 ガラリと教室のドアが開き、男子二人が机を持って入ってきた。 男子二人は少し面倒くさそうに机をかずの後ろへと運んだ。


 「んん? なんやそれ?」


男子二人に聞いてみると


「さっき先生にこれ運んどけって言われた。転校生がくるんだと」


一人が椅子を机をから下ろしてセッティングしながらそう答えた。


 「転校生?」


「え、マジ!」


「男か!女か!」


端から話を聞き付けた生徒達がドヤドヤと机の周りに集まってきた。

 転校生というと日々退屈を持て余している少年少女達にとって重要イベントのひとつ。興味が出るのは当然と言えるだろう。

 当然、かずも気になるところだ。なにせ机は自分の後ろにセッティングされている。もしかしたらこのままご近所になる可能性が高い。


「是非とも情報が知りたい!」


かずも他の生徒と同じようにちょっと興奮してこの祭りに参加した。


 「え、や、ようわからんよ。俺、これ運べ言われただけじゃし」


どうやら、男子はこれ以上の情報は持ってないようだ。


 「なんだ、残念」


「じゃ、くるまでのお楽しみってとこかね?」


「ま、こういうのも楽しみのひとつ言うし」


それぞれが好き勝手な事を言いながらそれぞれの席に戻っていく。セッティングを終えた男子二人も用を済ませると戻っていった。


「どんなやつがくるんかな」



かずも軽いワクワク感を心に感じながら窓の外を眺めた。




 タイミング良く、青空に一筋の飛行機雲が作られていた。







「来たぞ! 麻木あさぎだ!」


廊下で偵察をしていた男子が素早く教室に滑り込み。このクラス(2ーB)担任、麻木あさぎ 雄三ゆうぞう(32・独)が近づいている事をクラス全員に知らせた。


 「よし、きたか!」


「着席! ちゃくせーき!」


クラス全体がどよめき、素早く全員が自分の席へと戻る。


 担任がきた。つまりは噂の転校生も。

クラス全員の期待が高まる。


 「・・・・・・・・ん? 麻木きたの?」


「ああ、おはよーさんクロ」


約一名を除いて。


 「なに? なんかあった?」


「これからあるんだよ」





「よーし、お前ら席に・・・・・着いてんな」

担任・麻木が教室に入ると既に全員着席済みでなにやら期待する目をこちらに向けていた。中には後ろの方を覗き込もうとしている者もいる。

 それらを見て麻木も生徒達が期待するものを理解しニヤリと少し怪しげな笑みを(本人はそのつもりは無いだろうが他人から見ればあからさまに怪しいのだ)浮かべた。


 「なんだお前らめざとい奴らだなぁ。 すぐに会えるから落ち着きや」


麻木がそう言うと辺りで口笛がなる。


 「落ち着けゆうてもわからんか。まぁええ」


麻木がフゥとため息を吐いて早々に諦めた。生徒達が盛り上がる理由も解らなくもなかったからだ。早く紹介したほうが良さそうだと麻木は横を向いて転校生を呼んだ。


 「入ってきなさい」


「・・・・は、はい」


ドアの向こうから緊張の色が見えるか細い声が返ってきた。


 声が耳に届いた男子生徒は小さくガッツポーズを取る。



 この声は間違いなく、女の子だ!!


 「・・・・失礼、します」


戸が開き、転校生が緊張しながら恐る恐る教室へと入ってくる。


 その瞬間


「「え!?」」


と、教室がざわめいた。転校生の頭の色を見て、ざわめいた。


 「・・・・赤だ」


転校生の髪の色は赤かった。見事なまでに赤かった。


 「すげ、初めてみた」


「あれって、校則違反じゃないん・・・・」


「でも、麻木は何も言うとらんし?」


「じゃ、校則には触れてねえの」


「いや、あれはよく見ると」


みんな転校生の頭について好き勝手なことをざわざわと小声でささやきあった。

 赤毛の転校生はその雰囲気に居心地悪そうに下を俯いた。


そのとき


「ちょいお前ら静かにせいや!」


一人の生徒が張りのある声で立ち上がり、ざわめきを止めた。


 「俺ダメ。そういうの好かん!」


それは外見だけは爽やかな男子。

 かずだった。

かずは怒り口調で机をバン!と叩く。まるで自分のことの様に怒っていた。


 「人が本当に嫌がることはやっちゃいけん!」


「俺もかずに賛成」


 続いてクロが口を開いた。


 「みんな、悪気は無いとは思うけど、少し言われた奴のこと、考えて見ようや」


二人の言葉に、クラスメート達は転校生にとても失礼なことをしたことに気付いた。


 「そうよ・・・・失礼やんあたしら」


「いや、マジで悪気はなかったんだけど」


「俺、恥ずかしい」


「はい、悪いと思ったら謝る!」




「「「ごめんなさい!!」」」



かずの声と共にクラス全員が声を揃えて転校生に謝った。



 「い・・・・いえ、あの」


転校生はいきなりクラス全員に謝られて面食らって、言葉にならないようだった。


 「はい、先生が言いたいことを全部言いうてくれてサンキューな中村、杉田」


担任・麻木が手をパンパンと叩いて場の空気を強制的に戻す。


 「ようし、自己紹介の続きやるぞ」




麻木がチョークで黒板に転校生の名前を書いて生徒達のほうに向き直った。


 「え~、今日からみんなの仲間となる加賀 エレナ《かが エレナ》さんです。みんな仲良くな。はい、加賀さん自己紹介お願いします」

麻木に言われて赤毛の転校生 加賀 エレナは緊張の色を濃くしながら自身の自己紹介を始めた。


 「か、加賀、エレナです。よ、よろしくお願いします」


深々と頭を下げて簡単な自己紹介を終えた。


 「はい、ありがとう。え~、加賀さんはご両親の仕事の都合で父方のおばあさんの所で――」



麻木が赤毛の転校生。加賀 エレナの事情を詳しく説明している途中、かずはエレナに軽く頭を下げられた気がした。手をヒラヒラと軽く振ってみると少し首を動かして再びエレナはペコリとした。



「・・・・・・・・」


なんだかかずは照れくさくなってそっぽを向いてしまった。

 ああいう、反応にかずはなれていなかった。



 「えーと、席は・・・・あそこに置いたか。それじゃあ加賀さん。少し遠いけどあの空いてる席に」


「あ、はい」



赤毛の転校生・エレナは一番端にセッティングされたかずの後ろの席に歩いていき、すれ違う時にもう一度ペコリと頭を下げて小さく唇を動かし、席についた。

 横目で見ていたかずは慌ててそっぽを向いた。


 (なんだ、俺、もしかしてお礼でも言われたんか?)


お礼など言われなれていないかずは心の中で少しパニくりながら後ろの席に着く気配を背中で感じていた。




 あの、ありがとうございました。




 もう一度、そんなことを言われた気がした。





 休み時間。エレナは最初の第一印象とは関係無く。転校生に興味津々なクラスメート達に質問攻めを受けていた。


 「へー、それ、染めてるわけじゃないん?」


「は、はい、えっと、地毛です。一応、はい」


「あ、マジや、よう見ると赤茶色や」


「ほれ見ぃ、俺の言った通りじゃろ」


「あんた、そんなこと一言も言うとらんやん」


「あ、ハハハ!」



ドッとエレナの机の周りに笑いの華が咲く。エレナも質問攻めに面食らいながらも同じように笑みを作っていた。



 そんな渦中の転校生を囲う輪を、かずとクロは少し、離れたところで見ていた。


 「かずは行かんのか?」


いつもならこういうことには積極的なかずをクロは横目で見た。


 「・・・・ああ、ま、後でええよ」


人垣の輪をチラッと眺めてはかずはすぐに視線を外すことを繰り返している。

 何度か見るうちにクロはかずの変化に気づいて唇の端を少し上げた。


 「照れとるんか」


「な、照れとらんわボケ! いきなしわけ解らんこと言うな!」


クロの指摘にかずは赤くなってパンチを繰り出した。


「・・・・解りやすいわ」


クロは片手でパンチを受け止めながらひとつため息を吐いた。


 「じゃけ! わけ解らんこと言うなって!!」




かずはもう一度、輪の中を見た。間から少しだけ赤毛と少し硬い表情で笑っているエレナの姿が見えた。


 「俺はただ・・・・」


「??」


「女に、ありがとうなんて、言われ馴れてないだけやん」


「・・・・それを照れとる言うんじゃないんか?」


「グッ!・・・・そんなん、もう知らん!!」


言い返せなくなったかずはクロとは逆方向にそっぽを向いた。


 「可愛ええわ、お前」


「気色悪いこと言うなや!?」



かずは真顔でそんなことを言うクロから半歩後ずさった。


 「・・・・冗談やん」


「んな恐ろしい冗談言わんとってくれ、なんか背筋がさぶいわ!」


「ああ、それよりかず」


「あん?」


「ちょい横見てみ」


「なに?」



かずは言われるがまま横を向いた。


 「ど、どうも」


真横にいつの間にやら赤毛の転校生が


「ガッ!?」


凄い勢いで首をクロのほうに向けて唇だけ叫ぶ動きでかずは


(もっとはよ言えや!)


と、小声で叫んだ。


 クロはそれが聞こえたのかかずに習って口だけ動かして言った。


 (気づいたらいた)


ただ、言った後に口の端は微妙に上がっていた。


 「ッ、おまっ!?」


「お、お話しのところ申し訳ないのですが」


後ろから緊張の籠った声が聞こえる。かずはクロになにか言うのを中断してエレナのほうを向いた。


「な、なんでしょう?」


かずはエレナの敬語言葉に思わず自分も敬語になってしまっていた。


 「その・・・・・・・・」


エレナが俯いて口に息を溜め込み、少し間を置いて


「さっきはどうもありがとうございました!」


彼女なりの大きな声で(実際にはそんなに出てはいないが)かずに再びお礼を言った。


 「え? と? へ?」



突然お礼を言われてかずは間抜けな声を漏らしてしまった。

 「あ、ああ、うん」


とりあえず、返事はしておいた。今度は何に対してのお礼なのかがわからない。

 エレナはちょっと気恥ずかしそうに頬を掻くと


「も、もしかしたら、さっきのは聞こえなかったかなと思い、再度チャレンジしてみたり、しました」


グッと小さく拳を固め、二度目のお礼の理由をいってくれた。


 「あ、そういうことか?」


「は、はい、そういうことでして」


なんだろうかとかずは思った。明るい髪の色とは対象的に少しどもった喋りかた。最初は少し暗めの女子なのかと思ったが言い回しなどを聞いていると実は結構明るいのではとまた思ってしまう不思議な感覚に陥ってしまう。


 「そ、それでは、皆さんをまたせているので、え、ええと、お二人のお名前は?」


「おふたり?」


(ああ、そうだ、クロがいたわ。クロも転校生庇っとったわ)


横のクロを見てそういえば自分だけではなかったとかずは思い返した。


「杉田 六郎」


などと考えている間にクロはエレナに名前を教えていた。

 何か先を越された事がかずは妙に不満に思ってしまい、クロを押し抜くように前に出て名前を言った。


 「俺、中村 一樹! みんなはかずって呼ぶわ!」


なぜ自分はこんなに焦って名前を言うとるんやろうと本人もよく解らないものを感じつつ妙に気恥ずかしくなった。


 「杉田さんに中村さん・・・・はい、お、覚えた・・・・!」


エレナは今度は両手をパンと叩いて、少しだけ力強く言った。


 「そ、それでは、失礼しました」


「あ、ちょい待って!!」


ペコリと頭を下げて輪の中に戻ろうとするエレナをかずは思わず呼び止めてしまった。


 「は、はい!」


かずの声にエレナはビクッとなってしまった。


 「え、ええと」


思わず呼び止めてしまったが特に話すことが思いつかなかった。

 ただ、なぜそんな事を思うのか解らないがかずはエレナともっと話したいと思っていた。だが、なにも話す話題がない。


 「・・・・・・・・あの」


エレナは微動だにせず待っている。

なにか言わねばと咄嗟に思いついた言葉を口にした。


 「よ、よかったら、昼休みにでも学校案内するけど・・・・」


「え?」


(何を言っとんだ俺は!?)


かずは慌てて今の言葉を訂正しようと思ったら


「ほ、ほんとですか・・・・!」


エレナが両手を口元で押さえて感激したような声色を出して


「あ、あの、よろしくお願いします・・・・!」


ペコリと頭を下げてきた。


「お、おお、まかせて」


「は、はい!」


顔を上げるとエレナは自然な笑顔をかずに向けていた。


 それは赤い髪にとても栄える。とても素敵な笑顔だった。

 その笑顔にかずは見とれてしまった。


 「で、では、また後ほど・・・・!」


ペコリと頭を下げてエレナは今度こそ輪の中に帰っていった。


なにやら周りが騒がしいがかずの耳には届いていなかった。心はどこかに飛んでいったようだった。


隣のクロはそんなかずを見て一言呟いた。


 「かず・・・・お前、人前で凄いわな、ホンマ」



かずは考えてはいなかったが、エレナを学校案内に誘った時、それは、クラス全員が見ている前だった。



そして、邪推した誰かの噂話が昼休みまでに尾ひれを着けて瞬く間に広がっていった。



・・・・・・・・知らぬは当人達のみである。



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