ねじれの自分
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ああ、つぶらやくん、良かった。無事だったのだね。
いやあ、昨日の夢で君がちょっとやばい目に遭うものを見ちゃったんだ。なして、あんなもん見ちゃうのかなあ。思ったより、君のこと気にかけてるのかな、ふふふ。
――ん? どんな目に遭ったのかって?
いや、これは話していいものかな。
ほら、夢の内容を話すと不幸があるというだろう。もし、警戒の意味を込めていても、君に話すことによって、本当にやばいことを引き寄せたら申し訳ないと思ってね。
いかに好奇心あるつぶらやくんであっても、文章が書けなくなるような事態は、避けたいんじゃないかい? とはいえ、もし予知のたぐいであったら、君を救える機会をむざむざ失ってしまうことにもなるか……むむむ。
よし、じゃあところどころ脚色して、お伝えするとしようか。遠回しな、僕自身の視点からのたとえ話にさせてもらう。
実際、どれほど対策になるかは分からない。少しでも叩く石橋の数を増やしてもらえればいいよ。そもそも、僕の解釈が合っているかどうかも、判断できないんだから。
じゃあ、準備はいいかい?
僕がかねてより、プリンを好きなのは君も知っているだろう・
君に出会うより前、物心ついたときから、日に三度は、あのカスタードとカラメルソースを味わっていたんだ。家族全員がプリン好きで、常に冷蔵庫にストックがあることも、そのはまり具合を後押しした。
こうなると、家族間で「自分のプリンを食べた」「いや食べていない」といった、お約束のようないさかいも起こる。僕たちが自分用のプリンの容器に、名前を書くようになるのに、さほど時間はかからなかった。
その日の晩。母が買ってきた三個で一セットのプリン。そのうちに一つに名前を書いた僕は、早めにお風呂をもらって床に入った。
寝起きのプリンは一日の活力だ。次の日も、起きたらいの一番に食べようと、想像を膨らませながら、僕は早く夢を見始めることを願っていた。
そして、自分でもすぐには気づかないほど、意識をやってしまってから、ふっと目が覚める。
もぞもぞと、布団から出した腕を枕もとへ伸ばし、ぱんぱんと床を叩く。
時計を手に取るためだ。いつも枕もとへ目覚ましを置いているから、手探りで触れようとしたんだ。
それがない。両手も動員し、いくらずらして叩いても、目覚ましらしい手ごたえなし。
ついに僕は潜っていた布団から、頭を出して見てみるも、押し慣れた電波時計はそこにない。あったのは、布団のすぐ左手だ。
ひとまずは安心。寝ている間に、身体のどこかが当たって動いたのかもしれない。そっとつかんで、時刻を確かめる。まだ5時半に届かない。だが、二度寝を決め込めるほど余裕はない。
そのまま起きてしまえと、部屋の隅のクローゼットを見たが、また目を丸くしたよ。
何着かは見覚えがあるんだが、大半が用意した覚えのない服でね。しかしサイズはどれも僕のものにピッタリなんだ。
親が買って、ご丁寧に突っ込んでくれた可能性もゼロじゃない。子供の僕から見ても、両親はおせっかいに近いほど、世話を焼いてくれるものだから。服も僕にことわらず、用意してくれることも珍しくなかった。
それでも中身の半分以上も黙って取り換えるなんてこと、今までなかったけどね。
今日は母の起きるのが遅いのか、階下には何も気配はない。炊飯器にスイッチが入っているわけでもない。
妙だ。今日は平日で、学校があるはずだ。この様子は、まるで休日に母が家事をお休み擦るときのような静けさではないか。
僕は首を傾げつつ、台所の明かりをつけた。昨日、母が夕飯後にわざわざ掃除をした、テーブルにイス、食器棚やテレビの上にもほこりが積もっている。ティッシュで軽く拭い、そのホコリの厚さを見て、僕の不審は募るばかり。
そして極めつけが、プリンの不在だ。
冷蔵庫の一番上の引き出し。その奥の棚、下から二番目に置いておいた、プラスチック容器が消えているんだ。あとかたもなくさ。いつも捨てる、プラスチック用のゴミ袋に、空き容器さえ入っていない。
それでも、僕の頭に先立って湧くのは、怒りよりも疑い。
やはりこの冷蔵庫の中身も、クローゼットと同じように、様変わりしてしまっている。
野菜から調味料、父が毎日飲むために、ストックしてある缶のお酒まで、びっしり入っている冷蔵庫の中身が、いまやほとんど空っぽなのさ。
僕はもう、頭の中が「?」マークでいっぱい。ほっぺたをつねっても、確かに痛い。
それでも信じがたく、テーブルに突っ伏してうとうとまどろんでしまったんだ。
「あんた、起きなよ」
母親の声と共に揺さぶられ、目覚めた時には見慣れた台所。テーブルはじめとする家具たちからホコリが消え、炊飯器の声に加え、火にかかったヤカンの音もする。いつもの朝の風景だ。
冷蔵庫ものぞく。いつも通りの中身に加え、僕自身のプリンもちゃんと入っている。
あれは夢だったのかなあ、とぼんやり考えていると、母親から突っ込まれたよ。
「あんた、そんな服持っていたっけ?」と。
見ると僕の服は、あの夢で着た一着のまま。「こちら」にはなかった、「向こう」のクローゼットにしまってあったものだったんだ。
それと同じような体験を、今までちょくちょくやってきてね。実は今日も……て、ん? なんだい、ますます苦虫を潰したような顔しちゃって。
――いい加減、そのボクッ子と尊大ぶった口調をやめろ? 男装の練習でもしてんのか?
あはは、やっぱりおかしいよね?
ごめんよ、なんだか自然と口をついて出ちゃうんだ。今朝からずっとさ。
で、つぶらやくん、ちょっと失礼……ん、胸が出ているようなことはないか。
いや、参ったよ。今朝からどうにも調子がおかしいと思って、着替えてみたんだよ。そしたら体についているべきじゃないものが、くっついているじゃないか。
マスクしてると気づきづらいけど……ほら、ひげとか生えちゃっているだろ。
そう、あの体験から「向こう」と「こちら」を行き来しているうちに、なんだかいろいろな「向こう」との「合体」が進んじゃって……ついにここまでって感じ。
おのずと眠気が来るから、その時に治ると思うけど、誰に遭うかわからないじゃん? 念のため、ひげの剃り方とか指南してもらえると助かるんだけど。




