続・転生した田舎のばあちゃん
「あ〜、今日も茶がうんめぇ。」
私はウメ……、おおっと間違えた。
私はお貴族様のご令嬢に生まれ変わった、享年92歳の婆。
名前はカルディナさぁ。
「カルちゃん、こんにちは。」
胡瓜の漬物をお供に茶を飲む私に声かけて来たんは、茶飲み友達のまささんだぁ。
「まささん、今日もご苦労だねぇ。ささ、今茶ぁ淹れっから、そこにお座り。」
まささんは学校の用務員さんとして、毎日働いてる偉いお人なんだ。
「ほら、お漬物もうんめぇよ。食べるらぁ?」
「ありがとう。」
まささんもお貴族様だって言ってたけん。
お貴族様はお漬物もぬか床も知らんと、初めて見せた時はおっかなびっくりだったさぁ。
「カルディナ!!」
まささんに茶を淹れてると、私を呼ぶ声がした。
私を呼んだんは、幼馴染で許嫁のナザル坊だ。私と仲良しのセッちゃんと一緒に来たとは、ナザル坊とセッちゃんも仲が良
くて何よりだぁ。
「ナザル坊も、セッちゃんも、茶を淹れるけん、呼ばれてきな!」
私の自慢の水筒は大容量さぁ!
お湯はまだたっぷり入っとるで!
「よ、呼ばれる?」
「カルディナ様語です。私達をお茶に招待して下さっています。」
ウメ時代に92年も使った方言は生まれ変わってもそのまま使うさぁ。
セッちゃんはそんな私の言葉を正しく理解してくれるんだわ。
「干しいもさあるよ。ナザル坊は干しいも好きだらぁ?呼ばれなぁ。」
ナザル坊とセッちゃんには漬物は口に合わないかもしれないからねぇ。
「うん。」
平たく薄切りにして干したさつまいもは、持ち運びにも保存にも便利な私の常用食さぁ。
もしゃもしゃと干しいもを食べるナザル坊も、もっと小さい頃は「おいもちゃん、ちょうだい」って強請ってたねぇ。
「セッちゃんも好きなもんお食べ。」
「ありがとうございます。」
セッちゃんが食べてるのはお漬物さぁ。
セッちゃんは若いのになかなか渋い趣味しとるなぁ。
ぽかぽか陽気にうんめぇお茶とお漬物。
「あ〜、今日も茶がうんめぇ。」
幸せだねぇ。
「ナザル様!そうじゃないでしょう?」
ガサガサッと低木からひょっこり現れた……ア、ア、アーリーちゃんじゃなくてぇ。
「アリア嬢!」
そうそう、アリアちゃんさぁ!
カタカナの名前は苦手だ。パッと出ないさぁ。
今日もはしたない長さのスカートを履いとるけん、腰が冷えちまう。
「そうだった!王侯貴族は干しいもなど貧乏くさいもんは食べないと聞いた。だからオレは干しいもなど……く、食わん!!」
干しいもをハンカチにきちんと包み、懐にしまうナザル坊。
「後で干しいもを家さ届けてやるから、家でたんとお食べぇ。」
ナザル坊の好物だから山のように作ってあるさぁ。
「うん!」
目ぇキラキラさせて、ナザル坊は本当に可愛くてたまらんわ。
「だーかーらっ!!干しいもなんて貧乏くさいもんは食べちゃ駄目なの!!」
そうナザル坊に詰め寄るアリアちゃんは両の手に折れた木を持っている。
もしやと思ってまささんを見ると、悲しげな表情でアリアちゃんの手の木を見てた。
「アリアちゃん、その手にある木はどしただぁ?」
「この木?向こうの木から取ってきたのよ。木に隠れるなら、手に木を持つのは常識でしょ?」
アリアちゃんが指差した先にあるのは、枝を折られた低木が痛々しい姿で立っている。
「あんれ!なしてそんな酷い事するさぁ!この低木はまささんが毎日一生懸命手入れしてる、大事な低木だらぁ?!」
晴れの日だけでなく、雨の日も風の日も雪の日も。毎日丁寧にお世話してる低木を傷付けちゃ駄目だぁ。
「だって、だって!!あなたがちゃんと悪役令嬢令嬢してくれないんだもん!出会いのイベントすら発生しないから、困ってるの!」
「何に困ってるか知らんが、やって良い事と悪い事の区別位わかるらぁ?アリアちゃんがやっちまった事は、やっちゃ駄目な事さぁ。木だって生きてる。傷付けちゃ駄目だらぁ?」
イベントが何だかわからんが、やっちゃ駄目な事はやっちゃ駄目さぁ。
「あなたがちゃんと悪役令嬢の役目を果たしてくれてたら良かったのよ。そしたらこんな所に隠れなかったんだから!」
ぷぅっとほっぺたを膨らませるアリアちゃんは、何故怒られてるのかわかってないねぇ。駄目な事は溜めなんだぁってしっか。教えてやらにゃならんが、血圧が上がっちまいそうだぁ。
「カルちゃん、怒ってくれてありがとう。」
うおぅ!いつも穏やかに茶を飲んでるまささんから、威圧感がっ!
こんな恐ろしさ威圧感は、そんじょそこらの若いのには出せん、酸いも甘いも噛み分けた人生の重みを感じる威圧だぁ。
まささんは只者じゃねぇ。
「マーシャル様は現役時代は戦場の赤獅子と呼ばれる軍人だと伺っています。」
セッちゃんの言葉にナザル坊が驚いた。
「戦場の赤獅子って、返り血で濡れた長い髪が獅子の鬣のように見える事から付けられた二つ名の元軍人だろ?何故うちの学校の用務員やってるんだ?」
ナザル坊の説明混じりの驚きに、まささんがニヒルにフッと笑う。
「色々あってね。」
気の良い用務員の姿のまささんから放たれる軍人の殺気混じりの威圧に、アリアちゃんは震えちまっている。
まるで任侠映画の俳優さんみたいで素敵だぁ。痺れるさぁ!
まささんがアリアちゃんの方へ一歩歩み寄ると、アリアちゃんの身体さ大きく揺れた。
まささんの威圧感はすげぇだぁ。アリアちゃんは怖くて、手も足も動かす事が出来ねぇはずだぁ。
「抵抗も出来ずに手折られる恐怖…少しはわかったかな?」
まささんの柔らかな声と共に消えた威圧感。
威圧感だけで折られた低木の気持ちをわからすたぁ、まささんは凄いお人さぁ。
「ご、ごめんなさい。」
アリアちゃんが震えながら謝ると、まささんはアリアちゃんの目線まで腰を屈めて干しいもを差し出しただぁ。
「干しいも食べて、一緒にお茶でも飲もう。カルちゃんの干しいもは美味しいよ?」
しっかり謝ったアリアちゃんを笑って許すまささんの器の大きさに感動さぁ。
ナザル坊もまささんのように器のでっけぇ男になって欲しいだ。
「だから、こんな貧乏くさいもんいらないわよ。」
ペシッ!
アリアちゃんの手がまささんの手にあった干しいもを、叩き落とした…だと?
「カーーーーーッ!!!」
私の干しいもを叩き落としたさぁ!!
「こんな小さな干しいもでもなぁ、芋さお百姓さんが一生懸命作っとるらぁ?」
干しいもが可哀想だぁ。
拾い上げてパンパンっと叩くと、汚れもなく綺麗な干しいもに戻ったさぁ。
「食べ物さ粗末に扱うのは!お天道様が許しても、この私が許さないさぁ!!」
ビシッと言い放つ私に、アリアちゃんもまささんもナザル坊もセッちゃんも、みんなぽかんとしとる。
「わかっただか?!返事ぃ!!」
「はいっ!ごめんなさい!!」
うん、わかれば良いだ。
泣いて反省するアリアちゃんの、珠のような涙をポケットに入れてあったハンケチで拭ってやる。
「カルちゃん。あの気迫……君は一体何者だ?」
まささんの額から汗が一粒流れた。
「私はまささんの茶飲み友達で、どこにでもいる只の女学生だぁ。ささっ、茶ぁ淹れ直すさぁ。皆も飲むらぁ?」
手にある干しいもを口に突っ込むと、芋の甘くて優しい味が口いっぱいに広がった。
うん、うんめぇ。
「それ、さっき落としたやつ。」
目をパチパチさせるアリアちゃんは、もう泣き止んだみてぇだ。
「3秒ルールさぁ。」
「いや、3秒以上経ってただろ。」
まぁナザル坊の言う通り5秒位は経ってたかもしれんが、3秒も5秒もさほど変わらん。
「男が細かい事を気にしちゃいけんよ。まささんみてぇな器のでっかい男になりなぁ。」
さぁ、茶ぁ淹れようかの。
私の自慢の水筒は大容量さぁ!
お湯はまだまだたっぷり入っとるで!
「あ〜、今日も茶がうんめぇ。」
茶柱が立ったさぁ!
今日も1日良い日になるだぁ。
たくさんある小説の中から、田舎のばあちゃんの話を読んで下さりありがとうございます。
前作の転生した田舎のばあちゃんがとてもたくさんの方に読んでいただけて、とても嬉しいです。