辺境の町と魔術師 その2
「おいしー。ごしゅじんさま、ありがとー」
シャルルから魔石をもらったシルフィは、レティと同じような感じでそれを口にあてちゅーちゅー吸う。
「役に立つ事をしてくれたらまたやろう」
「はーい、がんばりまーす」
上機嫌で元気良く返事をするシルフィ。そんな彼女を横目にステラは不機嫌そうにシャルルのローブを引っ張りつつ言う。
「しゃるー、じゅーすは? すてらのじゅーす」
「ん? ああ、じゃあ私たちもご飯にしようか」
そう言うとシャルルは適当に目についた飲食店に入る。
そしてそこで軽く食事をしたあとステラにジュースを買ってやり、彼女がそれを飲み終えると店を出た。
「さて、とりあえずは宿だな」
シャルルはステラの手を握ると、宿屋らしき建物はないかと探しながら商店街を歩く。すると今まで気にも留めていなかったが、一定の間隔で木の柱が立っている事に気づいた。
「この柱って――街灯か?」
それはマギナベルクでも見た事のある、ライトの魔法を付与するタイプの街灯に見える。
そういえば住宅街の方にもあった気がするな。ゾフにはこういうのが無かったから夜は本当に真っ暗だったし、さすがは『町』と言ったところか。
シャルルはそう思ったのだが一つ気になった事があった。それはなぜかいくつかの街灯のそばにかがり火を焚くための金属製と思われるカゴと燃料の薪が置いてある事。
街灯があればかがり火なんていらないと思うんだが……そんな事を考えていると不意に見知らぬ男が声をかけてきた。
「あの……もしかして魔術師の方ですか?」
「ん? ああ、そうだが」
声をかけてきた男。年の頃は30歳くらいで、特になんの変哲も無い町人といった感じの人物だ。
「いやぁ。来るのはもう少しあとかと思ってたんですが、もういらしてたんですね。あ、プリムちゃんが町を案内してるんですか? じゃあ、ネリーちゃんも一緒かな?」
そう言うと男はきょろきょろと誰かを探す。
それを聞き、シャルル、ステラ、シルフィは『またか……』という表情で顔を見合わせた。
プリムという名前を聞くのは初めてではない。シルフィを見てそう呼ぶ子供もいたし、雑貨屋でも飲食店でもシルフィをそう呼ぶ者がいた。
そのたびにシルフィが「わたしはシルフィよ!」と言ったり、ステラが頬を膨らませ「しるふぃはしるふぃなの!」と言ったりしていたのだ。
シャルルはゾフ村でスバルクにも風のエレメンタルがいると聞いている。なのでそのエレメンタルと間違えているのだろうと思い特に気にはしていない。とはいえ何度も言われると『またか……』とは思う。
そして今回もシルフィが名乗り、ステラが頬を膨らませた。
「え、別人?」
「そーよ。さっきからみんなわたしをプリムって言うけど、プリムって誰なの?」
「プリムちゃんは町長の家に住む風のエレメンタルで……」
そこまで言うと男は言葉を止めてシャルルに聞く。
「――って事はもしかしてまだ町長に会ってないんですか?」
「ん? ああ、会ってないな」
「いやー、そうでしたか。それなら町長の家までご案内します」
そう言うと男は歩き出す。
この町では魔術師は町長に会うという決まりがあるのだろうか?
確かに魔術師というのは強い力を持つ。マギナベルクでも正当な理由無く街中で攻撃魔法を使うと罰せられるという話は聞いた。もしかしたら、この町では町長がそういう説明をするというルールなのかもしれない。
だとしたら門で何か言われそうなものだが――あのときシャルルはゾフの村人と一緒だったし、シャルルが魔術師である事に門番が気づかなかっただけという可能性もある。
まあ、郷に入っては郷に従うのが正しい処世術というもの。そう思ったシャルルはとりあえずついて行ってみる事にした。
歩きながらステラは男に尋ねる。
「ねーねー、ちょーちょーのおうちにも、しるふぃいるの?」
「しるふぃ? ああ、風のエレメンタルの事かな? 行けば会えると思うよ」
「おおー! しるふぃ、しるふぃいるって!」
「ふーん」
行けば風のエレメンタルに会えると聞きステラは興奮するが、シルフィはあまり興味がないらしい。
そして男に連れられ商店街を抜け住宅街に到着する。
「ここが町長の家です」
「ほう……」
やはり、さすがは『町』といったところなのだろう。
低いが柵に囲まれたその家は、確かにマギナベルクの貴族居住区にある屋敷とは比ぶべくもないものではあるが、それなりの大きさがありそれなりに立派だった。