水源の獣 その4
ようやく給水が終わりシャルルが村長の家に戻ると、早速マルティンとクレールから労いの言葉をかけられる。
「お疲れ様ですじゃ。トーマスから聞きましたぞ。見事獣を退治してくれだそうで、なんとお礼を言って良いやら……」
「村のためにありがとうございました。でもほんと、怪我とかなくてよかったわ」
「どうも。まあ、なかなか現れず困ったが、獣自体はたいした事なかったからな。これで明日から給水しなくても良いのだから、肩の荷が下りた気分だ」
「ごしゅじんさまにかかれば、ケモノなんていっぱつよ」
深々と頭を下げる二人にシャルルは軽く笑みを浮かべ、シルフィは得意げに言う。ステラはシャルルがほめられているのが嬉しいのか興奮気味に話し始めた。
「しゃるーがねー、ばーんってやってどーんてたおして、うさぎさんがぴょんぴょんってしたんだよ」
「ウサギ?」
「まあ、すごいわねぇ」
マルティンはステラの言っている意味がわからず首をかしげたがクレールは適当にほめる。
もちろんクレールだって意味はわかってない。だが、シャルルがすごいと言いたいのだけはなんとなくわかったからだ。
「うんっ。うさぎさんもぴょんぴょんなの!」
その後夕食になり囲炉裏の前で食事を始める。
相変わらずの麦粥なのだが、昨日までと違い今日のには結構大きな肉の塊が入っていた。
結構噛み応えがあるな……ステラはちゃんと噛めるのか? そんな事を考えながらシャルルが肉をかみ締めていると、マルティンが緊張気味に話し始める。
「今回の件、本当にありがとうございますじゃ。改めて御礼を言わせてもらいますぞ」
「ん? ああ」
礼はさっき聞いたのに何でまた? それになんか緊張している感じなんだが。シャルルはそんな疑問を感じたが、その答えはマルティンの言葉の続きにあった。
「ところで獣の死骸についてなんじゃが……村に安価で譲ってもらえんじゃろうか?」
「安価?」
死骸なんか買ってどうするんだ? そんな疑問からそう口にしたのだが、意図を勘違いしたマルティンはあわてて言い繕う。
「あ、いや、適正な価格で買い取らせて欲しいんじゃ。ただ、解体はこちらでやらせてもらうとして……それを考慮した値段という事じゃが」
「なるほど……」
解体という単語からシャルルはなんとなく理解する。
ワニだし皮や骨は加工品の材料、肉は食用にできそうだ。使い道があったり買い取ってくれる相手がいるのなら、確かにそれなりの価値はあるのだろう。
「どうじゃろうか?」
「うーん」
シャルルは考える。
どれくらいの価値になるのかはわからないが、自分には使い道が無いし売るあても無い。金も特に入用と言うわけでもないしめんどうだ。元々回収する気もなかったものなのだからあげてしまって良いだろう。
「まあ、特に使い道も無いし、宿代として村に進呈しよう」
シャルルは笑いながらそう言ったが、それを聞いたマルティンは恐縮してしまう。
「そ、それは確かにありがたいんじゃが……水の供給やら獣退治やらしてもらった上にそれまでただでもらうとなると、さすがに泊めるだけでは釣り合いが……」
ならば何か請求するか? 何が良いだろうか……シャルルが考えていると、それまで黙って聞いているだけだったクレールが言った。
「そういえば、シャルルさんたちはスバルクへ行きたいのよね? 町まで馬車で送る代金っていうのはどうかしら?」
「なるほど。可能ならそれはありがたい」
シャルルは即、クレールの提案に乗る。
確かに初日には断られたが、あれからそれなりに村に貢献した。だからこの流れならいけるかもしれないと思って。
クレールの提案とそれをシャルルが望むという事を聞き、マルティンは頷きながら言う。
「シャルル殿は村に多大な貢献をしてくれた。その上、獣の死骸も無償で村に提供してくれるというのなら、乗せるのを嫌だと言う者もおらんじゃろう。いや、ワシが言わせん」
「決まりだな」
そう言ってシャルルが微笑むとマルティンも笑みを浮かべ頷く。
「元々、そろそろスバルクに売買に出かける時期じゃ。獣の解体が終わり次第、向かう事になるじゃろう。村では加工まではできんから痛まぬうちに売りに行かねばならんからな」
「なるほど」
「じゃから早ければ明後日、遅くとも明々後日には出発になると思うんじゃが、どうじゃろうか?」
「問題ない」
「ではそのように手配しますぞ」
元々この村に用事があるわけではないシャルルは即答しマルティンも頷く。
そして翌々日の朝。村人たちに見送られ、シャルルたちはスバルク町に向う馬車に乗り村を出た。
村の救世主――と言うのはいささか大げさだが、給水に獣退治と村に貢献したシャルルに村人たちから感謝の声が上がる。
「獣を退治してくれてありがとう」
「またいつでも来てくれ、歓迎するぞ」
「ばいばーい」
「じゃーねー」
小さくなって行く村人たちに、シャルルは軽く、ステラはシルフィと共に大きく笑顔で手を振った。
またいつでも来てくれ――か。社交辞令だとはわかっているが、それでもシャルルは思う。
さほど思い出深い事や出会いがあったわけでもないし、たぶんもうこの村に来る事は無いと思うぞ。
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