水源の獣 その3
このままでは数日かかるかもしれん……シャルルは少しあせりだす。
数日かかるとした場合、その間ずっと給水を止めるというわけにも行かない。
ならば一日おきに給水と監視を行うか?
だが、それだと何日かかるかわからない。この村に長期滞在するつもりはないが、放置して旅立てばやはり気になってしまうだろう。
何か良い方法はないものか……シャルルは必死に考える。しかし結局良い案は浮かばないまま更に時間が経った。
ステラも昼頃まではピクニック気分で楽しそうにシルフィと遊んでいたのだが、すっかり飽きて今はシャルルによりかかりうとうとしている。
そんなとき、それは突如現れた。
まず現れたのは一匹のウサギ。
ウサギは池に水を飲みに来たらしく、水面に顔を近づけ水を飲み始める。それを見たステラは眠気も飛んだのか目を輝かせた。
「うさぎさん!」
そして彼女がウサギに向って動き出した瞬間――異変に気づいたシルフィがシャルルに伝えようとする。
「ごしゅ――」
だが、それが言い終わる前にシャルルは動いた。
左手でステラのワンピースをつかみ抱き寄せると、突如現れたウサギを飲み込む大きな口めがけて魔術の氷柱を放つ。
次の瞬間その氷柱は口を閉じたそれ――水の獣の眉間を貫いた。
刹那の出来事にトーマスは呆然とし、ステラは驚き大声で泣きだす。
シャルルは優しくステラの頭をなでつつ、氷柱によって地面に縫い付けられた水の獣を見てつぶやいた。
「ワニじゃん……」
シャルルはそれが自分の知識にある動物だった事にがっかりする。なぜなら彼は水の獣などという表現に、もっとファンタジックな獣を想像していたからだ。
いや……まだわからん。もしかしたら特殊なワニなのかもしれん。そう思いシャルルはワニにアナライズを使う。だが既に絶命しているらしくアナライズは効果を発揮しなかった。
ステラが落ち着いてから彼女をシルフィに任せ、シャルルはトーマスと共にワニに近づく。
「こいつが言っていた水の獣か?」
「は、はい。間違いありません」
「しかし……でかい口だな」
つぶやきつつシャルルがその口を開いてみると、運よく助かったウサギが飛び出て逃げていった。
「ばいばーい」
笑顔でウサギに手を振るステラ。それを見てシャルルも微笑む。
さっきは驚き怯えていたが――もう大丈夫そうだな。
「さて、終わった事だし帰るか」
「はーい」
「おつかれさまでした、ごしゅじんさま」
「ええ……」
シャルルの呼びかけにステラとシルフィは元気良く返事をし、怒涛の展開にいまだついていけていないトーマスはぎこちなく返事をした。
村長の家まで戻ったシャルルはため息をつく。なぜならそこで彼を出迎えたのは水瓶を持った村人だったからだ。
彼らはシャルルを見ると我先にと彼のもとに集まり口々に水が足りなくて困っていると訴えた。
「もう家に水がなくて……少しで良いのでお願いできないでしょうか?」
「今日はもらえないなんて知らなかったんだ。池にも汲みにいっちゃいけないって言うし、飲む分だけでも頼むよ」
「んー……」
シャルルは少し考える。
獣は一匹だという話なので、もう池に行けば安全に水を汲めるはず。だがシャルルにこのあとの予定があるわけでもなく、給水をしても面倒だという事を除けば特に問題は無い。
必要な事だったとはいえ池に来るなと言ったのはシャルルだ。それを素直に聞いたから、終わるまで彼らはここで待っていたという現状がある。
もう大丈夫だから池にいけと言うのも少し気が引けるな……とシャルルは思う。
「トーマス。私はここで給水をするから村長へ報告を頼む」
「あ、はい。わかりました」
返事をするとトーマスは村長の家に入って行く。それを見送ったあとシャルルは村人たちに言った。
「今日の飲み水の分だけで良いなら給水しよう。水瓶半分ってところだな」
「ええ、それで十分です」
「ありがとうございます」
「私もお願いします」
シャルルの前に次々と水瓶が差し出される。
それを見てシャルルは思った。噂を聞いて増える可能性も考え一列に並ばせた方が良いな。
「シルフィ、一列に並ばせろ」
「はーい。みんな、順番にならんでね」
昨日の今日だからか、村人たちは特に混乱もなくシルフィの指示に従い一列に並ぶ。
そしてシャルルは給水を始めたのだが、やはり噂が立ったらしく列はだんだん長くなり、給水が終わったのは辺りが暗くなってからだった。