魔法で給水 その3
再開から数時間。列はまだまだ長くなかなか終わりそうもない。最初は横で見ていたステラも今は少し離れた場所でシルフィと遊んでいる。
給水しつつ横目で遊んでいるステラたちを見ていたシャルルの頭に、ふと、この村は普段水をどうしているのかという疑問がわく。
彼はその疑問を順番が来て水瓶を差し出した男性にぶつけてみる事にした。
「お願いします」
「はいはい。ところで……村では普段、水はどうしてるんだ?」
不意の質問に男性は一瞬驚いたような表情を見せるがすぐに答える。
「ああ、普段は村外れにある池から汲んでくるんですよ」
「なるほど。つまり今は池が干上がってるわけか……」
それで遠くから汲んでこなければならず、水不足といったところなんだろう。シャルルはそう思ったのだが――
「いえ、今でも池には水がいっぱいあります」
予想と違う答えにシャルルは、じゃあ、そこから汲めば良いんじゃん……と一瞬思う。だが、それができれば水不足にはならないはずだと考え直し、それができないなんらかの理由があるのだろうと考える。
理由はなんだろう? 池が汚染されたとか? それとも――シャルルは少しだけ考えたがすぐやめる。
考えたところで予想でしかないのだ。無駄に考えるより目の前にいる人に直接聞けば良い。そう考え聞いてみる事にした。
「なんで池から汲まないんだ?」
すると男性は困ったような表情をする。
「それが……獣が出るんですよ、恐ろしい水の獣が。常にいるってわけじゃないから汲めなくはないんですけど……命がけになってしまうので、あまり量を汲めないんです」
「なるほど……」
シャルルが頷いていると、男性は何かを思いついたという表情のあとシャルルに言った。
「あなた魔術師なんだし、魔法で獣を退治できませんか?」
「うーん」
シャルルは男性の後ろに続く長蛇の列を見ながら考える。
このままだと明日も明後日も、滞在し続ける限りこれをやる羽目になるだろう。世話になっている以上断りづらいし。
だが、水不足が解消されればその必要はなくなる。
水の獣とやらがどんな化け物かは知らないが、さすがにドラゴンより強いという事は無いはずだ。ならばそれを退治するというのも悪くないかもしれない。
しかし話を聞いていたマルティンが村人を叱る。
「こらこら、そんな危険な事を頼めるわけないじゃろ」
「あはは……そうですよね。あ、水ありがとうございます」
「いえいえ」
そのあとシャルルは何人かに水の獣について尋ねたが、目撃者は少ないらしく有用な情報を得る事はできなかった。
日が落ちすっかり暗くなるとさすがに新たに来る人はなく、列の後ろの方は諦めて帰る人もちらほら出てくる。
そんな中シャルルはシルフィにライトを付与した棒を持たせ、その明かりの下で最後の一人まで給水を続けた。
「ありがとうございました」
「ありがとー」
最後の一人、いや一組。母親と男の子が持ってきた水瓶を水で満たしてやると二人は礼を言う。
「どういたしまして。そうだ、これを持って行くと良い」
シャルルはシルフィに持たせていた棒を男の子に渡す。
「あ、すみません」
「すげー、光る棒だ! ありがとー」
「まあ長くは持たんだろうが、家までは余裕で持つだろう。暗いから気をつけて帰れよ」
「ばいばーい」
ステラとシルフィも手を振り男の子も手を振る。そして母親は何度も頭を下げると帰っていった。
「さて、私たちも帰るか」
「はーい」
まあ、帰ると言っても数歩先の村長の家になんだが。そんな事を思いつつ、シャルルはステラとシルフィを伴い村長の家に入る。
「おお、終わりましたか。ご苦労様ですじゃ」
「ああ」
「お疲れ様。ご飯の準備はできてますよ」
「はーい」
マルティンとクレールに労いの声をかけられ、シャルルたちは既に夕飯の準備がされている囲炉裏の前に座る。
そして昨日と同じような夕食を食べながら、シャルルはマルティンに聞いた。
「そういえば村長、池に出る獣っていうのはいつからいるんだ?」
シャルルの質問にマルティンは少し考える仕草をしてから答える。
「確か……一ヶ月ほど前じゃ。馬が獣に襲われ池に引きずり込まれたという騒ぎが最初じゃった」
「それからずっといるのか?」
「行けば必ずいるというわけではないんじゃが、目撃情報はずっと出ておる」
「なるほど」
という事は、一ヶ月程度前に獣が池に住み着いたという感じなのだろう。
「ところで村の水源は池だけなのか?」
「そうじゃ。今まではそれで事が足りていたからのう。最近、井戸を掘ろうという話も出てはおるんじゃが……」
うまく行っていないらしくマルティンは言葉を濁す。
まあ、適当に掘れば出てくるものでもないし、それなりの準備と時間、そして労力が必要だ。こういう事があったのだから掘っておくべきなのは間違いないが、やはり今は池をなんとかするしかない。
さすがにシャルルが勝てないような獣が出るとは考えづらいし、倒してしまうのが一番簡単だろう。
問題があるとすればそれは数だ。いっぱいいる場合、駆除しきれない可能性がある。シャルルはずっとここにいるわけにはいかないのだから。
「獣は何匹くらいいるんだ?」
「複数見たという証言は無いから、おそらく一匹じゃな」
それを聞いてシャルルは少し安心する。
「なるほど。それならなんとかなるかもしれん。退治を試みよう」
あっさりと言うシャルルにマルティンとクレールは驚く。
「いや、しかし。確かに退治してくれればこんな良い事はないんじゃが……危険すぎるじゃろ」
「そうですよ。子供もいるのに、あなたになにかあったら……」
マルティンとクレールは心配そうにそう言うが、シャルルは自分を見上げるステラの頭をなでながら少し笑う。
「なあに、害獣退治は何度もした事があるし、かなり強い獣を倒した事もあるぞ」
大陸最強と言われている獣もな。そう心の中でつぶやくとシャルルは続ける。
「確かに水の獣というのは初めてだから退治できると確約はできないが、明日行ってみよう」
「そう言ってくださるのなら……案内人をつけましょう。ですが、まずは安全第一でお願いしますぞ」
「ああ、わかってる」
不安そうな二人に対しシャルルは微笑みながら答えた。