辺境の村 その2
玄関を開け家の中に入って行くマルティン。クレールに促され、シャルルたちはそのあとに続く。
玄関をくぐるとそこは土間で広さは十六畳といったところ。左側には炊事場、中央付近には囲炉裏、右奥には一段上がったところがあり奥に続く廊下が見える。
二人はこれから夕食だったのだろう。囲炉裏にかけられた鍋がぐつぐつと音を立てていた。
「すぐにご飯の支度をしますからね」
そう言うとクレールは炊事場に立つ。
囲炉裏に鍋がかけられている事を考えると既に夕食の準備は終わっているようにも見えるが、それはシャルルたちが来る前の夫婦二人分の食事だ。シルフィは何も食べないから良いとしても、一人は子供とはいえ二人増えたのだからそれでは足りないのだろう。
「すみません、ご馳走になります」
「ふふふ、いいのよ」
シャルルが頭を下げるとクレールは微笑む。
ステラはクレールを見上げて言う。
「おばーちゃん。すてら、おてつだいする」
「あら、ありがとう。でもすぐ終わるからあっちで待っててね」
そう言うとクレールはちらりとシャルルを見た。
シャルルはそれを邪魔だから連れて行って欲しいという意味だと理解する。
「私と一緒にあっちで待とう」
「えー。でも、すてらおてつだいしたい」
不満そうな顔をするステラ。これは無理に連れて行こうとしても駄々をこねるな。そう思ったシャルルは一計を案じる事にした。
「そうか。じゃあ私はシルフィをひざの上に乗せてあっちで待ってるから、あとから来るステラは一人で座るんだぞ」
「わーい」
それを聞きシルフィは喜ぶが、ステラはすぐさま言う。
「だめっ! すてらがしゃるーとすわるのっ!」
「じゃあ、私とあっちで待とうか」
「……はーい」
ちょっと不満そうな顔をしつつもステラも素直に頷く。そして囲炉裏の前まで行くとあぐらをかいたシャルルの上に嬉しそうに座った。
程なくしてお盆を持ったクレールがやってくる。
彼女はシャルルたちの前に空の椀と水の入った木のコップ、燻製肉と生野菜が盛り付けられた皿などが載った盆を置く。そしてそれが全員分終わると囲炉裏にかけられた鍋のふたを取った。
鍋の中身は麦を煮た感じのもの。いわゆる麦粥という奴だ。
「じゃ、よそるわね」
そう言うとクレールはシャルルの方に手を伸ばす。
「あ、どうも」
シャルルが空の椀を渡すとクレールはそれに麦粥をたっぷりよそう。そして次はステラの椀を受け取り少なめによそうが、受け取ったステラは不満を口にした。
「しゃるーといっしょがいー」
「そんなに食べられるの?」
「うんっ」
いや、絶対残すでしょ……そう思ったクレールは『大丈夫?』という視線をシャルルに向け、意図を読み取ったシャルルは当然『無理です』という表情で首を振る。『ですよね……』といった感じの表情で頷くと、クレールはステラに言った。
「じゃあ、それを食べちゃったらまたよそってあげるわ」
「えー」
「それなら私のと交換するか?」
不満そうな顔をするステラにシャルルが提案する。
ステラが残せば残飯処理はシャルルの担当だ。そんなにたくさん食べたいわけでもないのでこの場合はそうした方が無駄がなくて良い。
だがステラは首を振る。
「すてらはすてらのでいー」
そもそもステラが不満を口にしたのはシャルルとおそろいじゃないからで、たくさん食べたいというわけではない。つまり交換してしまっては意味が無いのだ。
「そうか。足りなかったら私の分をわけてやるからな」
「うん」
そして全員分よそい終わると『いただきます』の挨拶のあと食事が始まった。
「しゃるー、あつい」
ステラは不器用にグーで持った木のスプーンをシャルルの顔近くまで持ち上げる。
囲炉裏にかけられぐつぐつ煮えていた粥だ。確かに子供には熱いのだろう。
シャルルはそろそろスプーンの持ち方くらい矯正した方が良いだろうか……などと思いつつ、冷まして欲しいという事だと理解してそれに息を吹きかける。
ステラは冷めたそれを口に運ぶと笑顔で言う。
「しゃるーのは、すてらがふーってしてあげるね」
「ん、ああ……」
熱い方が良いのだが……そもそも自分で冷ませば良いだけなんだがなぁ……とシャルルは思いつつも、ステラがそれができないからシャルルに頼んでいるのではなく単に甘えているだけなのも理解している。
そんなシャルルたちの様子をにこやかに見ていた村長夫妻だったが、ふと思い出したようにマルティンはシャルルに聞いた。
「シャルル殿は旅をしているとの事じゃが……なぜこんな辺境の地へ?」