辺境の村 その1
ニーナと別れて二日目の日中。シルフィを頭に乗せステラをおぶって歩くシャルルの目に、遥か彼方ではあるが村らしきものが見えてきた。
これなら早ければ日没前に着きそうだ。そう思ったシャルルだったが、歩けど歩けど村は小さいまま。
まさかあれは蜃気楼か何かなんじゃ……そんな不安を感じつつもそれに向ってひたすら歩き続け、そして茜色に染まった空が半分くらい闇色なった頃、シャルルはようやくそこにたどり着いた。
村は背の低い木の柵でざっくりと囲まれていたが、特にここが入り口だといった感じの場所は見当たらない。勝手に入っても特にとがめられる事もなく、村人たちはシャルルを見ても特に興味を示さずせわしなく動いていた。
さて、これからどうしたものか……シャルルは考える。
このまま日が完全に暮れてしまえば、今はわずかにいる村人たちも家に帰るだろう。いそがしそうに動いている人に声をかけるのは気が引けるが、今の内に宿を探さないと村に来た甲斐もなく野宿する羽目になる。
いや、野宿をするにしても誰にも断らずにやればトラブルの元。やはり誰かに話しかける必要はあるだろう。
シャルルは意を決し村人に声をかけた。
「あの……」
「はい?」
「ここはゾフ村ですか?」
「ええ、そうですが……」
どうやらここは目的地の村で間違いないらしい。
一瞬『ゾフ村へようこそ』とか言い出したりして……とか思ったりもしたのだが、さすがにゲームとは違うななどと思いつつ彼は質問を続ける。
「私たちは旅の者で宿を探しているのですが……」
「宿? 村に宿はありませんが……あ、もしかして行商人の方ですか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「そうですか。行商人の方でしたらいつも村長の家に泊まるんですが、そうでないとなると……」
そこまで言うと村人の男性は腕を組んで考える仕草をした。
この人の家に泊めてくれないかなぁ……などとシャルルは思うが、この雰囲気では無理そうだ。だが村長の家は村に来る行商人を泊めているようなので頼めば泊めてくれるかもしれない。
他にあてがあるわけでもないのだから駄目元でも試しておくべきだろう。
「あの……とりあえず村長さんに会わせてもらう事はできませんか?」
「え? ああ、わかりました。案内しましょう」
「助かります」
さて、どう交渉するか……村人について歩きながらシャルルは考える。
素性はまあ、魔術師が娘を連れての旅とかで、娘に色々な世界を見せるためとか適当な事を言えば良い。問題は泊めてもらうための対価だ。
金を払うのが一番簡単だが、王国金貨を渡すと変に勘ぐられる可能性がある。となると何か仕事をしてそれを対価とするべきだろうか。
思いつくのは魔術で水を出す事くらいだが、シルフィがいるから狩りをするという手もなくはない。他には――
しかしシャルルの考えがまとまる前に村人の足が止まる。
「着きましたよ。ここが村長の家です」
「ここが……」
そこにはあまり立派とは言えないものの、他の家よりは大きい家があった。
村人は村長にシャルルの事を簡単に伝えると、礼の挨拶もろくに聞かず足早に去って行く。
シャルルはちゃんと謝意を伝えたかったのだが、元々いそがしそうに動いていた人を止めたのだから、用が終わればとっとと帰りたいと思われても仕方がない。
家の前に出てきた村長は白髪の老人で、長くはないが白い髭を生やしている。共に出てきた夫人らしき老婆もまた白髪だった。
「ワシは村長のマルティン。こっちは妻のクレールじゃ」
紹介を受け老婆は頭を下げる。
「私は旅の魔術師シャルル。そして――ほら」
シャルルは軽くステラの背中に触れて挨拶を促す。
ステラは一瞬首をかしげシャルルを見たが、すぐに意図を理解し挨拶をした。
「あ、すてら。すてらはすてら!」
「あらあら。ちゃんと挨拶できて偉いわね」
「えへへ」
クレールに頭をなでられステラは嬉しそうに笑う。
そして自分以外の挨拶が終わった事を見届けたシルフィは、シャルルの頭から飛び立つと真打登場とばかりに胸を張って言った。
「わたしはシルフィ! ごしゅじんさまのいちのこぶんよ!」
それを聞くとステラも対抗して言う。
「すてらはしゃるーのいちのかぞく!」
「まあ、そうなの。二人ともすごいわね」
何がすごいのか良くわからないが、クレールはそう言って二人の頭をなでた。
この流れならいけそうだな……そう思ったシャルルは切り出す。
「行商人が村に来た場合、村長のお宅に泊まっていると聞きました。私たちは行商人ではありませんが、宿をお借りする事はできないでしょうか?」
「確かに行商人が来たときは泊めておるが……」
そこまで言うとマルティンは言葉を濁す。
まあ、行商人ならともかく、旅人をむやみに泊めるのは危険だと考えるのは当然だ。これはちょっと厳しいか……シャルルはそう思ったのだが――
「あなた、いいじゃない。泊めてあげましょうよ」
「じゃがのう……」
マルティンは腕を組み眉間にしわを寄せるがクレールは続けて言う。
「純真なエレメンタルが慕う人に悪い人は居ないわ。それに子供もいるのよ。追い返すわけには行かないでしょ」
「まあ、お前がそういうのなら……」
クレールの言葉にマルティンは、しぶしぶといった感じでそう答えた。