ユニコーンの馬車 その2
シャルルが馬車に近づくと、その数歩先に矢が突き刺さる。
「止まれ!」
声に視線を向けると、そこには馬車の陰から半身を出して弓を構える緑髪のエルフがいた。
それを見てシャルルは考える。
エルフか……格好からして狩人といった感じだが、恐らくこの女がさっきフォースの力を感じた者。相対して気づいたが、この女からはわずかに魔法の力も感じられる。
という事は魔術か秘術も使えるのだろうが、この程度なら気にするほどではない。それより気になるのはこの女の態度だ。
小説やゲームなどに出てくるエルフは人間が嫌いという事も良くあるが、マギナベルクで会ったエルフにそんな感じはなかった。
だからこの世界のエルフにそういう事は――ここまで考え、そういえば今の私は人間ではなく魔族だったな……と思い出し苦笑する。
それはそうと、たぶん彼女の態度はその手のものではなく、単に警戒しているだけだろう。そう考えなんとなく自分の中で納得したシャルルは、可能な限り友好的に接しようと言葉を選ぶ。
「見ての通り私は旅の魔術師。食料が尽きて困っている。金はある程度持っているので支払いは可能だ。少しで良いので食料を分けてもらえないだろうか?」
ニーナは警戒しつつ考える。
声からしてこの人物は恐らく男。旅の魔術師だと言うが、どう見ても旅の格好ではない。言うなれば着の身着のまま何かから逃げて来たといった感じだ。
まだ距離があるのではっきりとはわからないが、着ているローブには光沢があり金糸も使われているように見える。恐らくかなり上等なものだろう。
そんなローブを着ているのだから金があると言うのは本当なのかもしれないが――その金こそがこの男が抱えるトラブルだという可能性も否定できない。
もしそうだった場合、そんな金を受け取ればトラブルに巻き込まれる可能性だってある。こういう人物にはなるべく係わらない方が良いだろう。
「交渉に応じるつもりは無い。立ち去れ」
ニーナは地面に向けていた弓を少しだけ上げけん制した。
交渉は難しいか……そう思ったシャルルは考える。
交渉が無理だからといってここで引くわけにはいかない。ステラのために食料だけは絶対に確保しなければならないのだ。
こうなったら力ずくでも……そう覚悟を決めかけた瞬間、この場の緊張感にそぐわない子供の声が聞こえてきた。
「ニーナ、ニーナ。ちっちゃい子、ちっちゃい子供がいるよ」
「子供? あなた子供を連れているの?」
子供と聞いてニーナの雰囲気が明らかに変わる。
これは交渉の余地があるか? そう思ったシャルルはおぶっているステラが見えるように体をずらす。
「この子のために食料を少し分けてもらえないだろうか」
子供の存在を知りニーナは考える。
彼らの詳しい状況はわからないが――あの格好だ。恐らく食料が無いというのは本当だろう。
彼らは自然から自力で食料を調達できるようにも見えないし、それができるなら食料を求めてもいないはず。
ここから一番近い村でも徒歩で五日はかかるであろう事を考えると、食料を分けてやらねば男はともかく子供は死んでしまうかもしれない。
もちろん自分が困窮している状態なら手を差し伸べたりはしないだろう。だが今はそうではないのだ。見捨てれば寝覚めが悪い。
しょうがないなぁ……軽くため息をつくとニーナは言った。
「わかったわ。少しなら食料をわけてあげる」
「ありがとう。恩に着る」
ほっとしつつ、シャルルはステラ起こさないように優しく、しかし可能な限り深く頭を下げた。