ユニコーンの馬車 その1
秋晴れの空の下、辺境の道をユニコーンの引く幌馬車が進む。
御者台には狩人風の格好をした緑髪の女エルフが座り、そのすぐ隣には宙に浮く風のエレメンタルがいる。
御者の名はニーナ。彼女は魔導帝国に所属する辺境の小都市ベルドガルトを基点に、更に辺境の村や町を巡る行商人をやっていた。
この辺りは街道から外れているため道が悪い。だがユニコーンは普通の馬より遥かに強靭なので悪路をものともせず力強く進んで行く。
しかしいくら強靭とはいえ当然休憩は必要だ。
何気なく空を見上げたニーナは太陽の位置を見て考える。
そろそろ正午も越えたんじゃないかな。
「レティ、そろそろ休憩にしようか?」
ニーナに問いかけられ、風のエレメンタル、レティはユニコーンの近くまで飛んで行くと言った。
「ブラン、ブラン、休憩する?」
「ブルル」
「うん」
問いかけにブランと呼ばれたユニコーンはうなり、それを聞き頷くとレティはニーナのもとに戻ってくる。
「まだ大丈夫だって」
「うーん……でもたぶんお昼も過ぎてるし、この辺で休憩を入れておこうよ」
「だって。休憩にしていい?」
「ブルル」
「わかったって」
レティがそう言うとブランの足が止まった。
ブランは野生のユニコーン。通常ユニコーンは子馬から育てないと人には懐かない。だが、風のエレメンタルは自分と相性が良いユニコーンと心を通わす事ができる。
ブランはレティと仲良くなったので、今はレティと共にいるニーナの馬車を引いていた。
うーん……やっぱり私には最初の『ブルル』と次の『ブルル』の違いがわからないなぁ。
そんな事を考えつつ、ニーナはブランを荷車から外し休憩の準備を始める。
まずは荷車から桶を取り出す。そしてそこに秘術で水を貯め、十分貯まるとブランを呼んだ。
「はい、ブラン。お水」
「ブルル」
ブランはおいしそうにそれを飲み干すと、少し離れて草を食み始める。
「水、もっと欲しかったら言ってね」
そう言ってニーナが桶を軽くコンッと叩く。するとブランは軽くうなった。
「ブルル」
「はーい、だって」
あ、今のは私もわかった。そう思いニーナは少し微笑む。
さすがに獣と人とでは考え方と言うか、精神構造みたいなものが全然違うとは思う。だからレティの翻訳がそのまま正しいとは思えない。
だけど、なんとなくこうして欲しいと思ってるんじゃないかなぁとか、気持ちが良いとか嫌だとか、そういう感情みたいなものは少しだけわかる気がする。
そんな事を考えながらニーナも自分の昼食の準備をした。
ニーナの昼食は乾燥した少し硬いパンと魚の干物。どちらもいわゆる保存食。それらを箱の上に置いた木の皿に置き、その横に木のコップを置く。
そしてコップに水を――と秘術を使おうとした瞬間、急にレティが彼女を呼んだ。
「ニーナ! ニーナ!」
「ん? ちゃんとレティの魔石もあるわよ?」
エレメンタルはマナを吸収しそれを生きる糧としている。マナは空気中に無限とも言えるほどあり、エレメンタルはそれを吸収するだけで生きていけるので食事は必要ない。
だが魔石や魔油といった魔法燃料を好み、与えると喜ぶ。きっとそれらは人にとっての嗜好品みたいな物なのだろう。
「わーい! ってそうじゃなくって!」
「なによ?」
「だれかくる。だれか近づいてくるよ!」
「えっ!?」
ここは帝国の中でも辺境中の辺境。近くに村すら無いこんな場所で人が近づいてくるというのは普通の事ではない。
確かにこの辺で行商をしているのはニーナだけではないし、村や町などを移動する人だって多少はいる。だから絶対に人に会わないというわけでもないのだが――それでも道中で人に会う事は滅多にない。
ニーナが幌の隙間から外を覗くと、こっちに向ってゆっくり近づいてくる黒いローブを身に纏う人物が見えた。
フードを目深にかぶっているため種族年齢性別などはまったくわからないが、格好から考えると魔術師なのかもしれないとニーナは思う。
魔術師。それは魔術という不思議な力を使える希少な存在。都市の中ならハンターや街灯を魔術で灯す仕事をしている者などもいるのでそこまで珍しくは無いのだが、町や村だと魔術師が一人もいないという事もよくある。
そしてここは辺境中の辺境。この付近は魔術師が一人もいない町や村がほとんどだ。つまりその人物が魔術師だった場合、この付近の町や村の者でない可能性が高いと考えられる。
だが近くには馬車どころか馬や鳥も見当たらない。
途中で乗り物を失ったか、それとも徒歩でここまで来たか……一人のようなので野盗という可能性は低いと思われるが、怪しい人物である事は間違いない。
ニーナは人差し指を立てレティに静かにするようにというジェスチャーをすると、矢と弓を手にそっと馬車から降りた。