西の森 その3
再びステラをおぶったシャルルは森をひたすら西に向かって進む。
森の中は迷いやすい。木を避けたりその分を修正しようとしたりして、真っ直ぐ進んでいるつもりでも同じ場所をぐるぐる回るなどという話もよく聞く。
だがシャルルは迷わない。方位磁針があるからだ。
この森は磁場の関係で方向感覚が狂ったり、方位磁針がぐるぐる回る迷いの森というわけではない。したがってそういう問題は起きず、シャルルは時々方位磁針で確認しつつひたすら西に向かって歩いた。
途中で空腹を感じはしたが、彼は魔術で出した水を飲んでそれをごまかす。
魔術で出す水は安全だし、マナは勝手に回復するので水の心配は無い。食料はともかく水の確保はできているので数日程度ならなんとかなるだろう。
こうして黙々と歩いていたシャルルだったが、昨日から食事どころか休憩すらほとんど取っていないためさすがに疲労を感じ始めていた。
空を見上げてシャルルは考える。もうかなり距離は稼げたはずだ。追っ手がいたとしてもそうそう追いつかれはしないだろう。
日はまだ高いが周りに獣の気配も無いし、休憩を取るなら夜よりもむしろ昼間の方が安全かもしれない。それに仮眠を取るなら明るい方が寝すぎないだろうし、ちょうど良いのではないだろうか……。
シャルルは日当たりの良い場所でステラを下ろし寝転がる。
「少し休憩だ」
「おひるね?」
「ああ、少しだけな。私から離れるなよ」
「うん」
頷いたステラは添い寝するようにシャルルに寄り添う。
「しゃるー、すてらたちどこいくの?」
「西の方だ。しばらくの間は旅になる」
「おうち、いつごろかえるの?」
「そうだな……」
ステラの言う『おうち』とは、たぶんマギナベルクの宿の事だろう。だが、少なくとも今はマギナベルクに戻れない。
「昨日ステラに意地悪した奴ら……あいつらがいるからしばらくは無理だな。ステラもあいつらがいたら嫌だろ?」
ステラは体を硬くしシャルルにぎゅっと抱きつき頷く。
「すてらあのひとたちきらい。どっかいっちゃえばいーのに」
「そうだな……」
その後もステラは何か言っていたが、瞳を閉じたシャルルはそのまま浅く短い眠りについた。
うっすらと瞳を開いたシャルルの目に映るのは茜色に染まりつつある空。隣ではステラが寝息を立てている。
シャルルは彼女を起こさないように気をつけながらおぶうと再び西に向って歩き始めた。
黙々と歩くシャルル。時折方位磁針を確認しながら進む。
そして夜も更けた頃、割と近い場所から狼の遠吠えのようなものが聞こえてきた。
ワイルドウルフか? そういえばアルフレッドたちと良く狩ったな……そんな事を考え懐かしい気分になるシャルルだが、マギナベルクを出てまだ一日しか経っていない。
とはいえそれをやっていたのは彼がこの世界に来たばかりの頃で、もう数ヶ月は前の事。それにあの日々はもちろん、マギナベルクにさえ二度と戻れない可能性が高い事を考えると、そんな気分になってもおかしくはないだろう。
青い毛の大型狼であるワイルドウルフは基本的に単独で狩をしているが、遠吠えで仲間を呼び集団で狩をする事がある。そのため『遠吠えが聞こえたらなるべく遠くへ逃げろ』というのが鉄則だ。
しかしシャルルは集団でも余裕なので集まってくれた方が効率が良い。なので狩りをしていたときに遠吠えが聞こえたらむしろそっちに向っていた。
だが今は狩りではないしステラもいる。それに狩っても報酬がもらえるわけでもない。
シャルルは遠吠えからなるべく離れるよう歩く事にした。
歩きながら数度の遠吠えを聞きだいぶ離れたなと感じた頃、おぶっていたステラがもそもそと動く。
「ん? どうした?」
「わおーんってきこえる」
「ああ、聞こえるな」
「いぬさん?」
「そんなところだな」
会話のさなかステラのお腹がなる。最後の食事は昼頃に食べた干し肉の一欠片だけなのだから空腹なのは当然だろう。
「干し肉しかないけど、少しだから良く噛んで――」
道具袋から干し肉を取り出しつつシャルルが言うが重ねるようにステラが言う。
「それしゃるーのぶんでしょ?」
「私はお腹すいてないから」
「じゃー、すてらもすいてない」
「じゃーってなんだよ……いいから食べなさい」
「いーらーなーいー」
しばらく押し問答が続いたが、結局ステラは干し肉を食べようとはせずいつの間にか寝息を立てていた。
「お前は子供なんだから遠慮するなよな……」
シャルルはそうつぶやくと、ステラをおぶったまま器用に道具袋から干し肉の一欠片を取り出して寝ているステラの口に押し込む。
「良く噛んで食べろよ……」
シャルルの思いが通じたのかどうかはわからないが、ステラはちゃんと口をもぐもぐさせたあとに干し肉を飲み込んだ。