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西の森 その2

 シャルルはレベルが3倍になっている内にできるだけ距離を稼ごうと走る。その速度は凄まじく、ラーサーたちが追って来ていたとしてもすぐに追いつく事はできないだろう。


 そして3倍の時間が終わるとシャルルのレベルは50まで下がり、体に金属を背負っているような重量がのしかかってきた。


 アナザーワールド2の装備は『使用者のレベルが装備に必要なレベル以上あれば』オーラを張らなくても重さをほとんど感じない。


 しかし現在のシャルルはその条件を満たしていないため、洋服のように軽かったドラゴン装備は金属のよう(実際に金属製だが)に重くなる。


 もちろんオーラを張れば普通の装備と同様に重さをほとんど感じなくできるのだが、ドラゴン装備は今のシャルルがオーラを張れるような低レベル装備ではない。


 不意に体にかかった重みにシャルルは思わず足を止める。


「重っ!」


「しゃるー?」


 小脇に抱えたステラが不思議そうにシャルルを見上げた。


「大丈夫だ」


 そう言うとシャルルはステラを下ろし、ドラゴン装備から漆黒のローブに換装する。


 今のシャルルは漆黒のローブの必要レベルも満たしていない。だが、ここではゲームとは違いレベルが足りなくても装備の能力が十分に発揮されないというだけで物理的に可能なら装備はできる。


 そして漆黒のローブは布なので、レベルが足りてなくても大して重くはない。


 オーヴァードライヴを使ったせいもあり、疲労を感じたシャルルは近くにあった大木に背を預けその根元に腰掛ける。するとひざの上に座ったステラがシャルルの顔を見上げつつ言った。


「おなかすいた」


「ん? そうか」


 ステラがマリオンの部下に連れ去られたのは昼過ぎで、シャルルが迎えに行ったのは日没後。その間に食事を与えていたとは考えづらく、仮に与えられていたとしても喉を通る状態ではなかっただろう。


 そして今は深夜に指しかかろうという時間なのだから空腹なのは当然だ。


 そう考えたシャルルは道具袋から大人の手のひらくらいの大きさの干し肉を取り出しステラに渡す。


「良く噛んで食べろよ」


「うん」


 ステラは干し肉を受け取ると、木々の隙間を抜けるわずかな月明かりを頼りにそれを見る。そして二つに裂いてしばらく眺め、大きい方を持ち上げて言った。


「はい、しゃるーのぶん」


「ん? 全部食べて良いぞ?」


 だが、ステラは首を振るともう一度言う。


「しゃるーのぶん」


「そうか……ありがとう」


 シャルルが頭をなでるとステラは嬉しそうに目を細める。


 だが興奮冷めやらぬ状態であるからかシャルルに空腹感は無い。ステラが干し肉を夢中でもしゃもしゃ噛んでいる隙にシャルルはこっそり干し肉を道具袋に戻す。


 そして短い休憩を終えたシャルルはステラをおぶうと夜の森を西に向ってひたすら歩いた。




 夜が明け日が昇る。そして日の位置がだいぶ高くなった頃、ステラが目を覚ましたのをきっかけにシャルルは歩みを止めた。


「ふぁ、しゃるー?」


「ん?」


「おはよ」


「ああ、おはよう」


 そんな挨拶を交わした二人だが、夜通し歩いていたシャルルは寝てないし、おはようと言うには少し遅い時間だ。


「しゃるー、おなかすいた」


「ん? そうか。じゃあ、何か……」


 ――何か適当に取って食べるか。そう言おうとして辺りを見回したシャルルだったが、目に入った毒々しいきのこを見て考える。


 そういえば、どれが食べられてどれは食べられないものなんだ?


 季節は実りの秋。この森にも食べられそうな果実やきのこ類があり動物もいる。シャルルならそれらを採取したり狩るのは簡単だ。


 もちろん塩も香辛料も無い状態でまともな料理は難しいが、魔法で火は起こせるので焼く事くらいはできる。


 深く考えていたわけではないが、森なら食べ物くらい取れるはず……シャルルは心のどこかでそんなふうに楽観的に考えていた。


 しかし彼は気づいてしまったのだ。どれが安全でどれが危険かがわからないという事に。


 都市を拠点にしていたためシャルルはサバイバルの知識を特に必要とはしていなかった。そのためその手の勉強はまったくしていない。


 だが――彼にはこの世界に来る前に知った余計とも言える知識だけはある。


 例えば木の実などは他の動物が食べていれば安全だと考える事ができるし、それはおおよそ間違ってはいないだろう。


 しかしある動物が食べると毒だが、別の動物では毒素を中和したり排出できるので食べられるという場合もあったりする。


 彼にはそんな不確かで余計な知識があるために、どうしても気になってしまう。


 これが自分一人の命ならそこまで悩まないかもしれない。だがシャルルが倒れた場合、残されたステラはこの森を生きて抜けられないだろう。


 となると、この森の中で食料を調達するという命がけのギャンブルに挑戦するのはまだ早い。限界ギリギリまでは我慢するべきだ。


 幸いまだ食料は尽きてない。


 シャルルはおぶっていたステラを下ろし、道具袋から昨日しまった大人の手のひらの半分くらいの大きさの干し肉を取り出す。


 そして半分に裂き、片方をしまうともう片方をステラに渡した。


「ちょっとしかないから、良く噛んで食べろよ」


 ステラは干し肉を受け取るが、しばらく眺めたあと更に半分に裂いて言う。


「はい、しゃるーのぶん」


「いや、少ししかないんだから全部食べなさい」


 シャルルは受け取りを拒否するがステラは譲らない。


「だって、これってしゃるーのぶんでしょ?」


 この言葉でシャルルは気づく。ステラはこの干し肉が昨日シャルルに渡した分だとわかっている事に。


 これは受け取らないと食べないな……そう思ったシャルルは受け取る。


「ありがとう」


「うん」


 そしてステラが干し肉を食べようと下を向いた隙に、受け取った干し肉を道具袋にしまった。

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