西の森 その1
『第二章 魔導帝国編』開始です。
当然ですが『第一章』の続きなので、まだお読みでない方は『第一章』からお読みください。
前に読んでたけど内容を良く覚えてない……という方のために『第一章』のあらすじをご用意させていただいております。
上にある『前へ』で『第一章のあらすじ』へ行き、読んで思い出してください。
鉱山都市マギナベルク。現在はリベランドに属しているこの都市も、遥か昔には魔導帝国に属していた時期があった。
その名残で今でもマギナベルクの南に広がる草原には、うっすらとだが帝国方面に続く街道の跡が見える。
ぼんやりと月明かりが照らすその草原で対峙する二人の男。一人はマギナベルクの領主、英雄公ことラーサー。もう一人は紅蓮の竜騎士ことシャルル。
今この場では、マギナベルクの英雄二人による一騎打ちが始まろうとしていた。
ラーサーは既に剣を抜き装備にオーラを纏っている。一方シャルルは赤みがかった薄いオーラのようなものを纏ってはいるが剣を抜く気配もない。
そんな状況下で二人は互いを警戒しつつも言葉を交わしていた。
「私が倒したドラゴンは――ドラゴンロードではないぞ」
「なに!? では君が倒したドラゴンは……」
聞いている者がいたらまだしばらくは続きそうな感じの会話の最中、ラーサーが聞き返したタイミングでシャルルは右手を真っ直ぐ空に向かって上げる。
するとその先――上空に、小型の太陽が形成され、辺りは昼間のように明るくなった。
「ばかな……ダークナイトが魔法レベル10の魔法だと!?」
ラーサーが驚くのも無理はない。
小型の太陽を作り出しそれを放つ広範囲魔法『プロミネンス』。使うには魔法使い系最上位のクラスであるマジックマスター、それもレベル100である事が必須条件。ダークナイトであるシャルルには使えないはずの魔法だ。
「お前なら問題なく防げるはず。だが避ければ後ろの奴らは跡形もなく消し飛ぶぞ」
シャルルが右手を前方に傾けると小型の太陽はゆっくりと落ちて行く。
プロミネンスは範囲と威力こそ桁違いだが速度は遅い。したがってラーサーなら簡単に避けられる。だが、彼は後方に控えるヒイロ騎士団やマリオンたちをちらりと見て考える。
彼らがこれを食らった場合、消し飛ぶかどうかまではわからないが甚大な被害は免れないだろう。マギナベルク大公爵、そしてヒイロ騎士団団長として、それを許容する事はできない。
覚悟を決めたラーサーは、迫り来る小型の太陽に向って左腕のやや蒼みがかった銀に輝くの盾を向けて防御スキルを展開する。そんな彼を横目にシャルルはフォースを足に纏い駆け出す。
そして立会人であるブルーノたちのもとに行くと、預けていたステラを小脇に抱えながら言った。
「余波に気をつけろ。じゃあな」
返事を待たずに駆け出すシャルル。ステラは小さくなって行くブルーノたちに手を振る。
そして二人はそのまま森の中に消えていった。
ステラ(エトワール)の事がマリオンにばれている。それがわかった時点でシャルルは、マギナベルクはもちろんリベランドという国自体から出る事を決めた。
高位権力者であるマリオンに狙われてしまっては、この国に安住の地は無いからだ。
幸いマギナベルクはリベランドの端にあり、距離はあるが隣国の魔導帝国に行きやすい。遥か昔の事ではあるが、リベランドは魔導帝国から分離独立した国。そのため現在でも対立は続き、二国間の交流は限定的だ。
したがってリベランドの権力が魔導帝国まで及ぶ可能性は低いと考えられ、帝国でつかまってリベランドに引き渡されるというような事も考えづらい。帝国領に入ってしまえば追っ手が来る可能性も低いだろう。
ステラを迎えに行った時点では、奪還したその足でマギナベルクを出発して南方の旧街道(ほぼ草原だが)を進むつもりだった。
その辺りにはどこの国にも属してない無国籍の村や町がある。そこを転々としながら魔導帝国を目指せば良いだろうと考えていた。
だが、ラーサーとヒイロ騎士団が現れた事でその計画は大幅な修正を余儀なくされる。ステラを抱えたまま彼らを前に逃げ切る事は難しいからだ。
窮地に立たされたシャルルだったが、都市の中という状況を利用し被害を減らすためだとラーサーとの一騎打ちを提案。それは了承され一騎打ちで決着をつける事が決まった。
とはいえこの一騎打ち、負ければ問題なのは当然だが勝っても問題がある。
シャルルが勝ってラーサーが死んだ場合、ドラゴンを倒せる英雄がいる事で成り立っているマギナベルクは間違いなく滅ぶだろう。
そうなれば、アルフレッドやローザ、ソフィなど、世話になったマギナベルクの住人たちに多大な迷惑をかける事になる。
それはシャルルの望むところではないが、領主を殺したシャルルが残って都市を守るというのは無理な話だ。
それにラーサーはシャルルより強いため、勝つにはエクストラスキル『オーヴァードライヴ』を使う必要がある。
このスキルの効果はレベルを3分間3倍にする代わり、57分間レベルを半分にするというもの。正確には60分間レベルを半分にする代わり、最初の3分間だけ6倍になる。
つまり、シャルルの場合は最初の3分間がレベル300で、残り57分間はレベル50になってしまう。
装備や戦闘技術に大きな差があるため絶対とはいえないが、これを使えばラーサーには恐らく勝てる。だが、その後ヒイロ騎士団が黙って見逃してくれるだろうか? レベルが半分になった状態で彼ら全員を相手にするとなれば敗北は必至だ。
そんな理由もあってシャルルは一騎打ちで決着をつける事はせず、隙を突いて逃げるという選択をした。
西の森に向って逃げたのにも理由がある。南方の旧街道方面に逃げれば追いつかれる可能性が高いと思ったからだ。
マリオンやヒイロ騎士団はこの場に馬や馬車で来ている。
さすがに馬を振り切るのは難しいし、見晴らしも良いため隠れてやり過ごすのも難しい。つまり南に逃げた場合、追っ手との戦闘は避けられないという事になる。
だからシャルルは森を西に抜けて魔導帝国に行くという手段を選んだ。
夜の森を進むのは容易ではないが、それは追ってくる者とて同じ事。森なら隠れる場所も多いし、木が多く暗いので馬も早くは走れないはず。
道はまったくわからないが、とにかく西に向って進めば良いだけなのでなんとかなるだろう。
考える時間も選択肢もあまりなかったシャルルはそう考え実行した。