ハンターギルド その2
ギルドマスターの執務室。そこに窓から茜色に染まりつつある市街を見ている男がいた。
小柄ながら見事な体躯、そして顔には見事な髭を蓄えている。
そんな絵に描いたようなドワーフの男。彼こそがこの部屋の主、マギナベルクハンターギルドのギルドマスター、ブルーノだ。
ブルーノはここから見る景色が好きだ。
ここに来たばかりの4年前は窓から見る景色も今とは違い、長年放置された都市らしい廃墟同然の町並みだった。
しかし今では復興もだいぶ進み、歯抜け状態ではあるものの新しい建物もだいぶ見られるようになってきている。
当初と違い都市内に害獣が出現する事もまれになり、人口も増え、復興資材の運搬もだいぶやりやすくなってきたと聞く。
それには都市兵や騎士団は当然として、ハンターも大いに貢献している。
だから復興して行く町並みを見ると、ハンターギルドの都市への貢献が形として見える気がするのだ。
ブルーノは町並みを見ながら思う。
最初は大都市とはいえ廃墟同然の都市、マギナベルクのハンターギルドを任せたいと言われ左遷かとも思ったが――なかなかやりがいのある仕事ではないか。
ぼんやりとそんな事を考えていたブルーノをノックの音が現実に呼び戻す。
「なんだ?」
楽しみの時間を強制的に終わらされ、やや不機嫌気味に彼はノックに答えた。
「受付のパメラです。実は奇妙な新規登録希望者が……」
ブルーノはその男を見てパメラが言っていた事を理解する。確かに奇妙な新規登録希望者だ。
彼はハンター時代も含め派手なハンターなら何人も見てきた。
だが、これからハンターを始めようとする奴で、ここまで派手な奴は見た事がない。
しかもこの男の装備、派手なだけではなくかなりのもの。
これほど見事な装備を見た事はほとんどなく、このギルドで最強といわれている金獅子の装備にも匹敵――いやそれ以上かもしれないと思うほどだ。
だが、良い装備というものは実力が伴わなければむしろ足かせになる。
つまりこの男が本当にこの装備を使いこなせるのだとしたら、レベル7ハンターの金獅子と同等の実力があるという事だ。
レベル7ハンターに匹敵する者がこれからハンターを始めるだと? ばかばかしい。
ブルーノは軽く頭を振ってその考えを捨てた。
もし使いこなせない装備を着用しているとなると、盗品等のいわくつきのものである可能性も出てくる。まずはそこから確かめる必要があるだろう。
だがその前に――
「初めまして。俺はこのハンターギルドのギルドマスター、ブルーノだ。君の名を聞こう」
「ああ、初めまして。私は――」
シャルルが名乗るのを遮り不機嫌そうにブルーノは言う。
「兜を脱いでくれないか? ここはハンターギルドの中。危険な場所ではない。確かに俺は貴族でも君の上官でもないが――初めて会うのに顔も見せないというのはあまりにも礼に失している行為ではないか?」
それは確かに常識的な要求ではある。
だが本当の目的は礼儀とかそんなものではなく単に顔を見たいだけだ。
この男が犯罪者でないとも限らない。
ブルーノは手配書の顔をすべて覚えているというわけではないが、長年の経験から顔を見ればその人物の人となりがわかるのだ。
ブルーノはシャルルを見ながら考える。
さて、この男はどう出るだろうか? もし後ろ暗い事があるのなら素直に兜は外さないかもしれないし、いきなり暴れだすかもしれんな。
だが、そんな警戒は杞憂に終わる。
「――かもしれんな」
そう言うとシャルルは竜の頭のような兜を両手でつかみ、あっさりとそれを取った。
濡れたような漆黒の長い髪が肩口の少し先まで流れるように滑り落ちる。
そして現れた薄い褐色の顔は作り物のように整っていて、瞳は吸い込まれそうな闇の色をしていた。
漆黒の髪からわずかに見える耳の先端は人間のそれとは違い、エルフほどではないが少しだけ尖っている。
「シャルル。お前、魔族だったのか」
魔族。それはこの大陸に暮らす人類と呼ばれる四種族の一つ。
圧倒的に少数ではあるが圧倒的に長寿で、その容姿はエルフほどではないが見目麗しい者が多いと言われている。
「魔族?」
アルフレッドの言葉にシャルルは首をかしげた。
目の前に絵に描いたようなドワーフがいて、建物の中を見渡せばエルフっぽいのもいる。だから魔族なんていうのがいても不思議ではない。
だが、自分がそれだとなると話は別だ。
そもそも自分は人間だったし、ゲームでも種族なんて選べない。だからこのキャラは人間だと思っていたのだが……。
「なるほど」
ブルーノはなんとなく納得した。
魔族は上流階級の者が多い。
皇帝が魔族である魔導帝国はもちろんの事、魔導帝国から独立したリベランドでも爵位持ちの貴族がいるくらいだ。
魔族という事は見た目こそ若いが自分より年上かもしれない。格好から見るにそれなりに地位のある――もしくは地位のあった人物と考えれば納得できる。
「続けて良いか?」
「あ、ああ。すまなかったな。続けてくれ」
ブルーノは自分が彼の発言を止めた事を思い出し続きを促す。
「私の名はシャルルだ。で、ハンターの登録というのはこれで良いのか?」
そういえばハンター登録に来たんだったな……とブルーノは思い出し彼を見る。
魔族は魔術の能力に長けた者が多い。少数だがこのギルドに所属している魔族も皆、魔術師だ。
しかし格好から考えると、彼はどう見てもフォースを使ういわゆる戦士だろう。
「ハンターに必須の能力を見せてもらう必要がある。フォースを見せてくれないか?」
「フォース?」
シャルルは少し考え、そして気づく。
フォースというのはたぶん特殊な力の事。それは名称から考えて魔法じゃない方の力。つまり気のような力でスキルポイントの事だ。
「わかった」
彼はそれを見せるため剣を抜こうと柄を握る。
その瞬間ブルーノの顔に緊張が走り、野次馬的に見ていたハンターたちも武器に触れたが――
「ちょ、ちょーとまった」
あわててアルフレッドが剣を握ったシャルルの手に自分の両手をかぶせて言った。
「こんなところで剣を抜いたら斬りあいになるぞ」
「そうなのか?」
剣を抜くという事はつがえた弓や槍の切っ先を向けるのと同じ事。つまり戦いの意思表示だ。
そんな常識も知らないとしたら、この男は世間知らずの坊ちゃんで見た目どおりの年齢なのかもしれない。
ブルーノはシャルルが自分より年上かもしれないという考えを修正した。
「では、どうしようか」
「そうだな……」
裏にある鍛錬場へ行きそこで見せてもらうという方法もあるが――茜色に染まりつつあった外は更に暗くなり、建物の中はいつの間にかつけられたランプが黄色い光りを放っている。
今から外で見せてもらうというのもなんだが……かといってさっきの今だ、許可を出して剣を抜いてもらうのも少しためらわれる状況だろう。
「マスター。オーラでも良いんじゃないですか?」
「なるほど。その手があったか」
ブルーノはアルフレッドの提案に頷く。
オーラ。闘気とも呼ばれるそれは、その力が続く限り肉体へのダメージを大幅に軽減する効果がある。
特にフォースが使える者は能力に見合った装備なら、オーラを張る事でその重さを感じなくさせる事が可能。但しオーラを張っている間はずっと体力を消耗し続けるため、常時張るという事はできない。
「では、装備にオーラを張ってみてくれ」
だが、シャルルは首をかしげる。
「オーラを……張る?」
オーラって何だ?
スキルポイント、つまりフォースを装備に纏う事はできる。だがたぶんそれはオーラを張るというのとは違うだろう。
すでにいくつか常識外れの事をしてしまっているっぽい現状で、これ以上疑念を抱かせるような事は避けたいのだが……。
固まってしまったシャルルを見て、アルフレッドは森からの帰り道でした話を思い出す。
そういえば……『特殊な環境で修行をしていた』とか、『世間から隔離された環境にいたから常識に疎い』と言ってたな。もしかして『オーラ』が何かわからないのかも。
「ほら、こういうのだよ」
アルフレッドがオーラを張ると、彼の体と身に着けている少しさびた鉄の胸当てからうっすらと湯気のような薄いぼんやりとした光のようなものが立ち上る。
「なるほど」
シャルルはなんとなく理解した。たぶんあれはヒットポイントだ。
しかし……いちいち展開しないと効果がないのか。
「こうか?」
シャルルがオーラを張ると身に着けた鎧と盾からはっきりと、まさに『オーラ』と呼ぶにふさわしい闘気が立ち上る。
そして、それを見た者たちは――
「なっ――」
「えっ!」
「おいおい」
「ばかな……」
口々に驚愕と感嘆の声を上げた。
オーラは薄くぼんやりしたもの。そう思っている者が多い。
なぜならオーラは強くなるほどに濃く見えそれがはっきりするが、超一流と呼ばれるレベル5のハンターでもやはりそれは濃く見えるとは言いがたいものだからだ。
つまりあまり目にする機会がないからそういうものだと思い込んでしまっている。
だが一国に数人といわれるレベル7以上のハンターのオーラを見た事があれば、そうではないという事に気づくだろう。
そして今シャルルから立ち上るオーラは、そのレベル7以上のハンターに匹敵する濃さだ。
「こ、これは……」
ブルーノは目を見張る。
これからハンターになろうという者がまとうオーラは、このギルド最強の戦士、レベル7ハンター『金獅子』と同等――
ブルーノは思った。
自分は今、新たな伝説の始まりを見ているのかもしれない。
それがおおむね正しい事を彼が知るのは、もう少しだけあとの事である。