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異世界大陸英雄異譚 レベル3倍 紅蓮の竜騎士  作者: 汐加
第一章 エクストラエピソード
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特別じゃない日 その2

 しとしとと雨の降る中央通り。


 傘を差したシャルルは、少し先を行く赤いポンチョ型のレインコートにこれまた赤い長靴という格好のステラに声をかける。


「あまりはしゃぐと転ぶぞ」


 だが、興奮しきっているステラにシャルルの声は届かない。


「きゃー! おおー!」


 長靴で水溜りに入り、足が濡れないのを奇声を上げて喜んでいる。


 そしてしばらく歩くと立ち止まり、今度はカタツムリのゆっくりとした動きをじっと眺めたりしていた。


 それを見てシャルルは少し安心する。


 一時はどうなる事かと思ったが……子供は切り替えが早いな。


 広場に行くのを中止したため宿では朝食のときもそのあとも、ステラは泣いたり、怒ったり、すねたりしてかなり困った事になった。


 このまま宿に居たら機嫌は当分治りそうにないな。


 そう思ったシャルルはステラをどこかに連れ出そうと考える。


 だが雨に濡れればまだ幼いこの子は風邪をひいてしまうかもしれない。なので行くなら屋根がある場所、それも長時間滞在できるところが良いだろう。


 という事で、結局いつも通りギルドに行く事にした。


 この様子ならギルドの食堂で甘い物でも食べさせればすっかり機嫌も良くなるはずだ。


「ほら、行くぞ」


「はーい。ばいばーい」


 シャルルが手を引き歩き出すと、ステラはさっきまで見ていたカタツムリに手を振った。




 雨の日に好んで仕事をする者は少ないのだろう。


 それなりに早い時間帯にもかかわらず、いつもに比べればギルドに来ているハンターたちの数が少ない。


 そのため受付もすいていて、いつもなら軽く手を振る程度の挨拶しかする余裕のないパメラが挨拶してきた。


「おはようございます。シャルルさん、ステラちゃん」


「ああ、おはよう」


「おはよーぱめら」


「あ、ステラちゃんの合羽かわいいね」


「かっぱ? かっぱってなーに?」


 ステラが不思議そうに首をかしげる。


「頭に皿があって背中に甲羅が――」


「ステラちゃんが着てる雨を避けるためのそれよ」


 意図的か偶然かはわからないが、パメラはシャルルの言葉に重ねるようにそう言ってステラのレインコートを指差す。


 それで理解したステラは嬉しそうにそれをパタパタさせた。


「しゃるーとおそろい!」


「そうなんだ」


「色だけな」


「なかもいっしょなの!」


 そう言ってステラはレインコートを開いていつもの黒っぽい魔女風ワンピースを見せる。


 確かにシャルルも装備の下は黒の上下だから一緒といえば一緒なのだが――ステラのワンピースは黒ではなく、一見黒に見える濃い紫なので厳密に言えば違う。


「そっか。仲良しなのね」


「うんっ!」


 ステラは嬉しそうに笑いパメラもにこやかに笑う。


 こうしてシャルルの発言に突っ込みが入る事なく『かっぱ』の話題は終了した。


「しばらくいるつもりだからステラのレインコートを預かってもらっても良いか?」


「ええ、かまわないわ」


 シャルルはパメラに渡されたタオルでステラのレインコートから水分をふき取るとそれを脱がせ、適当に折りたたんでパメラに渡す。


 パメラはそれを受け取ると、ステラの背中に紐でくくりつけられたぬいぐるみを見て言った。


「あ、今日はおんぶしてるのね」


「しゃるーがしてくれたの」


「置いていけと言ったんだが、どうしてもと言うんでな」


 晴れの日でも時々落とすから雨の日に持ち歩かせたらどうなる事やら。


 だがこれなら大丈夫だろう……そう思った瞬間――


「んしょ。あ……」


 背負うのをやめて手に持とうと紐を肩から外した途端、早速ぬいぐるみが下に落ちる。


 建物の中なので外よりは遥かにましとはいえ雨の日だ。床には水分と泥があり、それがぬいぐるみの白っぽい服を汚した。


 ステラはただ呆然とぬいぐるみの服に泥水が吸い込まれて行くのを見て、拾う事も忘れ声を上げ泣き出す。


「うぁーん。しゃるー、しゃるー」


 呼ばれても拾う事くらいしかできんぞ……。


 そんな事を思いつつシャルルはぬいぐるみを拾うとステラの視線までしゃがんで頭をなでる。


「大丈夫。洗えばきれいになる」


「ぐすっ……ほんと?」


「たぶん……」


 まあ、こういうのは早い方が落ちやすいだろう。


 そう考え、シャルルはステラをパメラに任せ洗面に行った。


 そして洗って戻ってくる。


「しるふぃ、きれーになった?」


「ああ、大丈夫だ」


「よかったね」


「うんっ!」


 パメラに嬉しそうに答えると、ステラは『かえして』といった感じでシャルルに両手を向けるが――


「あ、悪いんだけど、これ適当なところに干しておいてもらえるか?」


 ぬいぐるみはステラの手に戻る事はなく、背負うために使っていた紐と一緒にパメラに渡された。


「あ、はい。じゃあ、合羽のそばに引っ掛けておきますね」


「すてらのー。すてらのしるふぃー」


 ステラは体を大きく揺さぶって、ぬいぐるみが手元に戻ってこない事に不満を爆発させる。


「いや、濡れてるから持ってるとお前も濡れるぞ」


 もちろんシャルルは魔法で乾かそうとした。


 しかし風を起こす魔法では、表面は多少乾くものの押すと中から水が出る。


 ほかに乾かすのに使えそうな魔法も無いし、ぎゅっと絞ると糸が切れたりほつれたりするかもしれない。


 となると、やはり自然乾燥が一番だろう。


 陰干しが良いだろうか……などと考えているとステラがしきりにマントを引っ張っていた。


「どうした?」


「いつー? いつぬれなくなるのー?」


「そうだな……すぐには乾かないだろうし、早くても明日以降かな」


「それまでだっこしちゃだめ?」


「乾くまで駄目」


「いっしょにねるのは?」


「乾くまで駄目」


 それを聞くとステラは一度下を向いてしゃくりあげ、上を向いて声を上げて泣き出す。


「うぁーん。ひとりやー。すてらひとりでねるのやー」


「あー……じゃあ、今日は私が一緒に寝よう」


 シャルルがそう言うとステラは瞬時に泣き止みシャルルに抱きつく。


「へへっ。やったー!」


「ふふ、本当にシャルルさんの事好きなのね」


「うんっ!」


 パメラが微笑み、ステラも嬉しそうに笑い、そしてシャルルは苦笑する。


「騒がしいと思ったらお前らか」


 声に振り向くと、そこには食堂スペースから出てきたアルフレッドとローザがいた。

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