最高貴族会議 その2
ラーサーは席に着く面々を見渡したあと、取っていたメモに目を向けつつ口を開く。
「私は対外的な事も考え暫定的に紅蓮の竜騎士ことシャルルを都市追放処分にはしたが……彼に罪を問う事は難しいと考えている」
その言葉にマリオンは顔をしかめ、他の者たちは困惑の表情を見せる。
そして、その困惑を代表するように王が言った。
「ほう。それはなぜだ?」
「罪に問うだけの決定的な証拠が無いからです。まずは無許可で遺跡に入ったという『遺跡調査法』違反ですが、これは目撃者が居ません。入った証拠が無いのです」
「証拠はある! 奴は遺跡の中にあったエトワールを所持していたのだ。それこそが動かぬ証拠」
ラーサーの言葉にすぐさまマリオンが反応する。
だが、ラーサーは落ち着いた様子でそれに返答した。
「マリオン卿の言うエトワールとはシャルルと共にいた魔族の娘の事。私はあの娘がエトワールではない可能性もあると考えてはいるが――ここではその娘がエトワールである事を前提に話を進めて行く」
「つまり、紅蓮の竜騎士がエトワールを所持していたとしても、罪に問う事ができないと貴公は考えているという事か?」
オブシマウン大公の質問にラーサーは頷く。
「エトワールは魔族の娘。幼いとはいえ自分で歩く事ができる。すなわち自力で遺跡から出る事も可能。エトワールが自分で外に出てシャルルに保護された可能性がある以上、共にいたからといって遺跡に入った証拠とはなり得ない」
「それは違う! エトワール自身が奴と共に遺跡を出たと証言している。それこそが決定的な証拠だ!」
「それは卿があの娘を屋敷に連れ去り恫喝して聞きだした言葉であろう? 幼い娘が脅され発した言葉など、裏が取れない限り証拠とはなりえん」
「マリオン卿、裏は取れているのか?」
「そ、それは……」
王の質問にマリオンは口ごもる。
状況証拠的なものはあるが、裏が取れているとまでは言えないからだ。
「だが、例えラー……マギナベルク公の言う通り『遺跡調査法』で罪に問えなかったとしても、遺跡の所有権は国にある。勝手に出てきたからといってそれを所持して良いはずがない。エトワールを所持していた以上『窃盗罪』は免れん」
「ふむ。確かにマリオン卿のいう事も一理ある。勝手に出たというのが通用するなら、一人が入って持ち出しもう一人が外で受け取るという事をした場合、外にいる者は罪に問えないという事になってしまうからな」
王がそう言うとマリオンはニヤリと笑いラーサーを見た。
だが、ラーサーは表情を変えず淡々と言う。
「陛下のおっしゃる通りの状況なら、当然二人とも罪に問われるでしょう。ですが遺跡の中にあったものが何らかの事情で外に出て、それとは知らずに手にした者を罪に問えるでしょうか? 私はできないと考えます。無論、遺跡の中にあったものだという確認が取れれば返還を要請しますが」
「なるほど。確かにマギナベルク公の言う通り。その状況である可能性があるなら証拠もなしに『窃盗罪』は認定できぬな」
王がラーサーの意見に頷くと、すかさずシーラン大公が発言した。
「で、ですが陛下。マリオンがエトワールを取り返したのはそれが遺跡にあったものであるかを確認するという意味もあったはず。そこを襲撃し強引に持ち去るのは、たとえそれが遺跡にあったものでなく間違いであったとしても許される事ではないのでは?」
「確かにシーラン公の言う通りかも知れん。正規ルートで訴えるのではなく、邸宅を襲撃し強引に持ち去るのは無罪とはなるまい」
そう言うと王はラーサーを見るが、彼はそれに笑みを返しながら言った。
「エトワールが『物』であればそうかもしれませんね」
「それはどういう意味だ?」
王は不思議そうに首をかしげる。
「先ほども申し上げましたが、エトワールは魔族の娘。『物』では無く『人』です。つまり誰のものでもない」
「『奴隷禁止法』か……」
王の後ろに立つギルフォードが思わずつぶやくが、すぐに口をつぐむ。
第二王子とはいえ、この場の彼は王の護衛に過ぎず発言権は無い。
だがそのつぶやきに誰もがはっとして、ラーサーは頷く。
人が人を所有する事を禁ずる。
これはリベランドの国教である神聖教の教えであり、その教義に従いリベランドは法で奴隷を禁止している。
それが『奴隷禁止法』だ。
「シャルルはあの娘を家族と呼び共に暮らしていた。その家族を誘拐されたのだ。『誘拐犯』のアジトに家族を救うために乗り込むのは犯罪行為であろうか? 私は止むを得ぬ事情であり罪には問えないと考える」
ラーサーの発言に激昂し、マリオンは机をたたきながら立ち上がった。
「ふ、ふざけるな! あれは、エトワールはアーティファクト。お前は遺跡からあれが発見されても野に放てとでも言うのか!? 仮にお前が言うように人だというのなら、それを所有していたあの者こそ『奴隷禁止法』違反の犯罪者ではないか!」
紅潮した顔でにらむマリオンを正面から見据えラーサーは言う。
「人類が遺跡から発見されたのなら保護し、それが力を持つ者なら相応の待遇を持って迎え入れれば良いだけの事。 それにシャルルはあの娘を『物』として所有していたのではない。 家族として共に生活していた事は確認が取れている。 娘が遺跡にいた者であったとしてもシャルルは単に孤児を家族として迎え入れたに過ぎず、『奴隷禁止法』に抵触するとは言えない。 そんな娘を正規のルートで訴えず連れ去った卿こそ『誘拐』という犯罪を犯した犯罪者だ」
「は、犯罪者だと!? ふざけるな! エトワールの見た目が人だからといって、本質がそうであるかは調べねばわからぬ事。それを調べるために遺跡を調査していた我々が確保する必要があったのだ。犯罪にはあたらん!」
「マギナベルクにおける警察権があるのならそうかもしれないが――私は卿に警察権を与えた覚えは無い。警察権を持たぬ者が己の判断でそれを行うのはただの誘拐であり犯罪だ」
ラーサーの言葉にシーラン大公は青ざめ、他の者は顔を見合わせる。
「私は遺跡調査という与えられた任務を遂行しただけだ! それに奴は真王の血筋である私を殺そうとした! これは『真王血統維持法』に抵触する重大な犯罪だ! 貴族居住区に奴の侵入を許しそれを誘発させただけでなく、その犯罪者を逃がし追う事も禁じた貴様こそ処分を受けるべき立場であろう!」
マリオンは青筋を立てながらも鬼の形相で叫ぶように言った。
だが、ラーサーはそれを平然と受け流しつつゆっくりと語る。
「シャルルに卿を殺す気が微塵も無かった事は、あの事件で彼が誰一人殺めていない事からもわかる。 彼は単騎でドラゴンを倒すほどの者。 その気なら私が駆けつけたときには卿の屋敷に生存者などいなかったはずだ。 そんな彼の貴族居住区侵入を阻止する事は物理的に不可能であり、彼を追って捕まえる事もまた不可能。 不可能である事をできなかった事や、させなかった事に責任が生じると私は思わないが――それに正当性があるのなら、甘んじて処分を受ける覚悟はある」
そこまで言うとラーサーは王に顔を向け、彼を見ていた全員が、その視線を追い王を見る。
そこに居るほとんどの者はラーサーの言葉の意味を理解した。
正当性があるのなら――というのはつまり、正当性が無い処分だと感じれば抵抗も辞さないという意思表示だ。
王は咳払いをすると言った。
「余はその件についてマギナベルク公に責は無いと考えているが……皆はどう思う?」
「私も陛下の意見に賛同します」
「私も同意見です」
「……私もです」
急に話を振られた大公爵たちは少し戸惑ったが、フリーダン大公とオブシマウン大公はすぐに賛同の意見を述べ、シーラン大公も少し遅れて賛同した。
それを見てラーサーは満足げに頷く。
「陛下をはじめ皆様の同意を得て、今回の件で私に問われる責任が無い事がはっきりした。 では、シャルルに罪を問えるのかをお尋ねしたい。 既に述べた通り、私の見解では『遺跡調査法』違反は証拠不十分。 『窃盗』に関してはそもそもエトワールは人なので窃盗にはあたらない。 『強盗』やそれに付随する彼の行動は、誘拐犯から家族を取り戻すためにやった止むを得ない行動であり罪に問えない。 『真王血統維持法』は殺意が認定できないからまったく抵触しない。 これが私の考えだ。 この見解に反対意見があるのなら、ご自身の責任において述べていただきたい」
王と大公爵たちは他の者の顔を見たり目を瞑り腕を組んだりして考える。
そしてしばしの沈黙のあと、フリーダン大公が口を開いた。
「反対意見ではないのだが……マギナベルク公は紅蓮の竜騎士を都市追放処分にしている。罪に問えないとするならば、これは問題になるのでは?」
「そうだ! 自分自身で奴が罪人だと認めているではないか!」
マリオンがフリーダン大公の意見に乗っかってくるが、ラーサーは彼に一瞬だけ視線を向けるとフリーダン大公の方を向いて言う。
「彼が私の聴取に応じず一騎打ちを申し込んできた事は貴公もご存知なはず。勝てば無罪放免、負ければどんな処罰でも受け入れるという条件だったが……決着をつけずに彼は立ち去った。追放処分はそれに対する罰。とはいえ彼の無罪が確定すればその処分も取り消すつもりだ」
「なるほど。ならば私は貴公の意見に反対はしない」
「余も特に反対意見は無いな」
「私も賛同する」
フリーダン大公がシャルルに賛同すると、王とオブシマウン大公も賛同する。
そして、弱りきった表情をしつつ最後にシーラン大公が「皆がそう言うのなら……」と賛同の意思を示し、その結果にマリオンは崩れ落ちるようにイスに腰を下ろした。