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彼、去りしあと その2

 最高貴族会議が終わってから約一ヶ月。


 公布された会議の結果は極一部の人に影響を与えたが、大半の人は既に話題に出す事も無く日々の生活を送っている。


 そんなある日の昼過ぎ。


 ハンターギルドの受付嬢パメラは、ぼけっとギルドの入り口を見ながら春の陽気に誘発されるあくびをかみ殺していた。


 他の大都市から有力ハンターが多数移籍してきたり、人口の増加と共にハンターの数も増え、ちょっと狭く感じられるようになってきたマギナベルクのハンターギルド。


 最近引越しも検討されているらしいのだが、それでも相変わらず昼過ぎは暇な時間である。


「ふぁ。暇ねぇ……」


「私もそっちに戻りたい……」


 カウンターの後ろで書類の山と格闘していたルーシーは、うらやましそうにパメラを見た。


 パメラは声に振り返ると苦笑しつつ言う。


「ハリソンさんの分、ほとんどルーシーに回ってきちゃってるもんねぇ」


 マギナベルクに来る前から他の都市のハンターギルドで職員として働いていたハリソンは、経験も豊富で担当していた仕事も多い。


 その彼が半月ほど前、急に両親の面倒を見たいと言ってギルドを辞め故郷に帰ってしまった。


 その影響は全職員に行く事になったが、特に影響を受けたのはルーシーである。


 恐らくマギナベルクのハンターギルドに所属するすべてのハンターが勘違いしていると思われるが、受付を専業としているのはパメラだけでルーシーは事務員だ。


 このギルドでは受付が忙しい時間帯やパメラが離席したり休みの日には事務員も受付業務をやる。


 それを良くやっていたルーシーはいつの間にか仕事が逆転し、受付が暇な時に事務もやるという感じになっていた。


 他の職員も気を使いルーシーに事務仕事があまり行かないようにしていたのだが――ハリソンが辞めた事によりその形は崩壊。彼のやっていた事務仕事のほとんどをルーシーが担当する事になった。


 ベテランで仕事量も多かったハリソンの事務仕事は、長い間、受付の合間に少し事務仕事もやるという程度だったルーシーには手に余る量だ。


「辞めるなら新しい人が入ってからにして欲しかった……」


「両親の面倒を見たいって言って故郷に帰ったらしいけど……良くこれを見てため息をついてたし、やっぱりホームシックなのかしら?」


 そう言うと、パメラはカウンターの上に置かれたぬいぐるみにそっと触れる。


 ハリソンはぬいぐるみを見て子供の頃を思い出したり、故郷においてきた両親に思いを馳せていたのかもしれない……そんな事を思いながら。


 このぬいぐるみはステラがマリオンの部下に連れ去られたあの日、拾ったソフィが「ステラちゃんが取りに来るかもしれないから」と言って置いていったもので、それからずっとここに置かれたままになっている。


「ホームシックねぇ……そんな歳かしら?」


 ルーシーは大きく伸びをして上半身を左右に動かす。


「確かにホームシックって子供とか若い人がなるイメージがあるけど、やっぱりそういうのって年齢は関係ないんじゃない?」


「かしらね」


 そう言うと、ルーシーは再び事務作業に戻った。



 二人はそんな事を言ってるが、ハリソンはホームシックになったわけではない。


 エトワールを手に入れられなかったマリオンは、ハリソンに報酬を出さなかった。したがって彼がシーランのハンターギルドに移籍する事は無かったのである。


 もっとも、ルーカスも成功の暁にはと言っていたし、マリオンの周りにゴタゴタが続いていたのは知っていたので、彼もそれに関しては特に期待していなかった。


 だが、マギナベルクでハンターギルドの職員をしていると、どうしても紅蓮の竜騎士ことシャルルや、ギルドに良く来ていた幼女ステラの話を耳にする。


 彼はそのたびになんとも言えない居心地の悪さを感じ続けていた。


 シャルルたちがマギナベルクを去ったのはハリソンのせいでないし、彼がやった事は特に悪い事でもない。


 だが彼は自分が動かなければこうはならなかったのでは……と考えてしまう。


 無論それは思い違いで、彼が動かなくてもマリオンはいずれ同じような事をしていたはずだ。


 しかしそういう思いを持っているせいで、彼は受付カウンターに置かれたぬいぐるみを見ると思わずため息が出る。


 そしてシャルルの都市追放処分が解除されたのをきっかけに、ギルドを辞め故郷に帰る事を決めた。


 彼はこの事を誰にも話していないし今後も話す事は無いだろう。


 だからこの事を知っているのは彼自身だけだ。



 ルーシーが仕事に戻り暇になったパメラは、ぬいぐるみを見ながらステラの事を思い出していた。


 そういえばあの子、このぬいぐるみの設定を熱く語ってたっけ。


 別の世界からやって来たとか、風の国のお姫様だとか、なんだか良くわからない意味不明な事とか……。


 パメラが感慨に耽っていると不意に扉の開く音がする。


 その音に反応しすぐさま姿勢を但し扉の方を見ると、アルフレッドとローザが入ってくるところだった。


 パメラは肩の力を抜くとにこやかに挨拶をする。


「あら、こんんちは」


「よっ」


「こんにちは~」


 挨拶をしながらカウンターまで来ると、アルフレッドは依頼書とライセンスプレートをカウンターに置いた。


「依頼終了の確認ね」


「ああ、よろしく」


 そしてパメラは依頼書を手に取り確認する。


「はい、確かに確認しました。報酬は口座で良い?」


「ああ、いつも通り俺とローザに半々で」


 返事を聞くとパメラは依頼の完了と報酬の振込み作業をしつつ言った。


「最近調子良いみたいね。だいぶプロハンターに近づいてきたんじゃない?」


「まあね」


 アルフレッドは得意げに言うが――


「なに言ってるの。ようやくおぼろげながらその背中が見えてきたって程度でしょ。レベル3はまだまだ先だわ」


 呆れ顔のローザにパメラは少し笑う。



 シャルルとステラがマギナベルクを去ってから約一ヶ月の間、アルフレッドとローザは喪失感から仕事もせずシャルルたちとの思い出を語る日々を過ごしていた。


 だが、そんな彼らを見かねたヨシュアに「お前らはあいつに鍛えてもらった力ではなく、あいつからもらった金で生きて行くのか?」と言われはっとする。


 確かにシャルルにもらった金があれば仕事をしなくてもしばらくは生きていけるだろう。


 しかしそんな事をしていれば力も衰えるだろうし、そうなればハンターを続けて行く事も難しくなり、いずれは路頭に迷う事になる。


 シャルルが金をくれたのは、二人の未来をそんな風にするためではないはずだ。


 二人はハンターの仕事を再開した。


 シャルルが残してくれた依頼制限の緩和のおかげで受けられる依頼も以前より多く、金にも余裕がある。


 そのため今までのように生きて行くために害獣狩りで稼ぐ必要はない。


 アルフレッドたちは報酬が安くてもハンターレベルを上げるため、なるべく依頼をこなす事にした。


 こうして彼らは一歩一歩ではあるが、着実にプロハンターへの道を進んでいる。



 パメラが思い出したと言った感じでパンッと手を叩く。


「レベルと言えば、ソフィちゃんがレベル2になったわよ」


「へー……ってソフィって最近までまだレベル1だったのか!?」


「プロハンターのパーティに所属してたのに遅くない?」


 一瞬感心したあと、アルフレッドは驚きローザは首をかしげる。


 通常ハンターレベル2になるまでにかかるのは3~6ヶ月といったところで、プロハンターとパーティを組んでいる場合は3~4ヶ月程度でなるのが普通だ。


 ソフィはシャルルが倒したときのドラゴン撃退に参加しているからそのときは既にハンターだったはずで、それから既に10ヶ月くらい経過している。


 プロハンターと組んでいなかったアルフレッドたちでも半年程度でレベル2になっている事を考えると、かなり遅いと言えるだろう。


「そうなんだけど、害獣狩りには参加してなかったみたいだし、依頼にもあまり参加してなかったみたいだから」


「それでか。でも良くそれで生活できるな」


「お姉さんの働く薬屋で手伝いをしてるって言ってたし、生活は問題ないんじゃない?」


「なるほど」


 二人は納得し頷く。



 ソフィもアルフレッドたち同様シャルルたちがマギナベルクを去ってから少しの間ふさぎこむ日々を過ごしていた。


 だが彼らと違い彼女には一緒に暮らす優しい姉や、ハンターの先輩であるパーティメンバーがいる。


 姉は時間さえあればソフィの話を聞いてやったし、パーティメンバーの二人は彼女の気を紛らわせるため、いつもならスルーしていたような報酬は安いが安全で彼女を参加させられるような依頼を積極的に受けたりした。


 そのおかげもありソフィはすぐに立ち直り、前以上に薬屋の手伝いやハンターの仕事をがんばっている。



「あ、噂をすれば……」


 アルフレッドたちがパメラの視線を追うと、食堂スペースから戦士風の格好をした女性二人と共に出てくるソフィの姿があった。


「よっ」


「こんにちは~」


「あ、皆さんこんにちは」


 パメラが笑いかけアルフレッドたちが挨拶をすると、ソフィからも挨拶が返ってくる。


「じゃ、私らは害獣狩りでもしてくるから、明日遅れないでよ」


「はいっ!」


「じゃね~」


「はい。また明日、お願いします」


 ソフィと共に来た二人は彼女に軽く手を振るとギルドを出て行った。


「ソフィは害獣狩りに行かないの?」


 ローザの問いにソフィは苦笑する。


「害獣狩りは不測の事態がいつ起きるかわからないからって、まだ連れていってもらえないんですよ」


「確かに魔術師は相当慣れないと、俺たち戦士と違っていきなり飛び出してくる獣とかの対処は難しいかもな」


「ですね」


「そういうものなのね」


 なるほど、といった感じでローザは頷く。



 魔術師は使う魔法こそ戦士の攻撃に比べはるかに強力ではあるが、フォースが使えないためその身体能力は一般人とさほど変わらない。


 もちろん魔法で強化したりオーラを張ったりできるので一般人よりは強いのだが、やはり戦士と比べれば遥かに脆弱だ。


 そのため通常は安全な場所にいるか同行する戦士が守るという形を取る。


 もちろん自分の身くらいは守れるという魔術師もいるが、それができるようになるにはそれなりの経験が必要だ。


 したがって、ソフィのパーティのように戦士二人、魔術師一人というパーティが害獣狩りのように安全の確保が難しい事をする場合、戦士の一人が常に魔術師の護衛をするという形になってしまう。


 これでは効率が悪すぎるのでソフィは害獣狩りには連れていってもらえないのだ。



「でも依頼の方は良く参加させてもらえてるんですよ。最近、店長さんに『ソフィちゃんの本業が忙しいのは良い事だけど、うちが忙しくなって困っちゃう』なんて言われるくらい」


 そう言うとソフィは嬉しそうに笑い、そこに居たみんなも笑う。


「みんなハンターとしての道を着実に進んでいるのね……シャルルさんもあんな事がなければもうプロハンターになってたかしら」


「人によっては1年どころか数ヶ月なんて話もあるらしいし、シャルルならなってただろうな」


「確かに」


「ですね」


 アルフレッドの言葉にみんな頷く。


「出会ってからもう1年……ううん、それ以上。そう考えると、ここにいた時間よりいなくなってからの方が長いのよね」


「そんな経つか……」



 しばしの静寂。


 皆それぞれにシャルルたちを思う。



 アルフレッドは思う――


 彼に初めて会った日の衝撃。


 そして共にハンターとして過ごした日々を。



 ローザは思う――


 絶体絶命の危機から救ってくれた事。


 パーティを抜けても変わらず指導してくれた事を。



 パメラは思う――


 見た目にたがわぬ実力を持ちながらも気さくな人だった事。


 そしてステラに向けていた優しい笑顔を。



 ソフィは思う――


 ドラゴンの攻撃から助けられた事。


 二人と過ごした穏やかで充実した日々を。



 ローザがつぶやく。


「また……会えるのかな?」


 処分は解除された。だからシャルルはいつでもここに戻ってくる事ができる。


 でも、それは彼に伝わるだろうか?


 あの日、ヨシュアは言った。シャルルは西に向って走り去ったと。


 犯罪者として追われている以上、彼がリベランドに留まっているとは考えられない。となるとリベランドの西に隣接する大国――魔導帝国に行ったと考えるのが妥当だろう。


 処分の解除はリベランドの全都市で公布されたから、じきに他国にも伝わって行くはずだ。


 だがそれには時間がかかるし離れるほど伝わりづらく、シャルルの耳には届かないかも知れない。


 それにもう彼がここにいた時間よりも長い時間が過ぎている。


 彼には既に新しい生活があるかも知れないし、こんな事があったここには戻りたいと思わないかも知れない。


 だからもう二度と会う事は――


「きっとまた、会えますよ。ステラちゃんと一緒にこの子を迎えに来るはずです。だって……ステラちゃん、この子をすごく大切にしてましたから」


 そう言うとソフィはぬいぐるみを持ち上げる。


 パメラも頷きながら言う。


「そうね。『機会があったらまた会おう』って言ってたし、きっとその機会は来るわ」


「だな」


 皆がギルドの扉を見る。


 今そこには誰もいない。


 だが彼らには、軽く片手を上げながら、もう片方の手でステラの手を引き入ってくるシャルルの姿が見える気がした。



 異世界大陸英雄異譚 レベル3倍 紅蓮の竜騎士

 第一章 マギナベルク編 ――完――


ここまでお読みくださりありがとうございました。


第一章の本編は終わりましたが、話はまだ続きます。


次回は『彼、去りしあと その1』でざっくりと語られた最高貴族会議の内情を書いたエピソード『最高貴族会議』の『その1』を投稿予定。


引き続きお付き合いください。

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