奪還 その2
区画がきれいに整理されている貴族居住区には一定の間隔で街灯が設置されている。
光源は魔法道具でも通常の火を使うランプでもなくライトの魔術。
夕刻になると魔術師がライトを街灯に付与して行き、その後効果が切れる前にかけ直すという行為を定期的に行う。
シャルルはその街灯の明かりを頼りに暗い夜道を歩いていた。
色々準備に手間取ったせいもあり、ステラが連れ去られてから既に数時間が経過している。
シャルルには早く迎えに行ってやりたいという思いもあり、駆け出したい気持ちもあるのだが――道が良くわからなかった。
門番に場所を聞くべきだったか……。
シャルルは少し後悔する。
一度行った事があるから問題ないだろうと思っていたのだが、前に行ったときは昼間で前を走る馬車を鳥に乗ってついて行くだけだった。
帰りも門の方向に適当に進んだだけなので、なんとなく方向はわかるが正確な位置がわからない。
区画がきれいに整理されている場合、目印になる建物などがあればわかりやすいだろう。
しかし、知らない場所や良く覚えていない場所の場合、逆に迷ってしまうものだ。
シャルルは逸る気持ちを抑えつつ、多少迷いながらしばらく歩く。
そして見覚えのある空き地を見つけると、程なくしてマリオン邸に到着した。
玉座風のイスに座るマリオンの左にはルーカス、逆側にはひざを抱えてうつむいているステラがいる。
そして、マリオンの前には遺跡学者が立っていた。
マリオンは赤ワインの入ったグラスを回しつつルーカスに言う。
「つまり、エトワールはシーランに送るべきだと?」
「はい。そしてマリーウッドの遺跡で発見されたという事にするのです。そうすれば、確実にエトワールをシーランのものとする事ができるでしょう」
遺跡の調査は非常に時間がかかる。
当然マリーウッドの遺跡もいまだ調査は継続中で、新しく発見される情報や魔法、アーティファクトなども少ないが無くはない。
元々エトワールの情報はそこで発見されたものなのだから、エトワール自体がそこで発見されたとしてもそれほどおかしい事ではないだろう。
マリーウッドの遺跡調査の最高責任者はマリオンだ。
そこで発見されたという事になれば、当然マリオンの手柄となる。
マリオンはひざを抱え時々鼻をすするステラを見ながら言う。
「だが、エトワールはこのままで使い物になるのか?」
エトワールことステラはマリオンの尋問に、表情には出しつつも沈黙を貫こうとしていた。
発する言葉も最初は「しらない」「わかんない」だけだったのだが――所詮は幼女。
マリオンが怒鳴りつけ「正直に話さなければお前だけでなくグレンのなんとかという奴もただでは置かんぞ!」と脅すとあっさり話した。
そしてわかったのは、この娘が遺跡の例の部屋に居たという事やエトワールと呼ばれていたという事。
そして魔術の才能を持ち、強くなってドラゴンを倒せと言われていた事などだ。
だが、強くなって――それはつまり、今は強くないという事。
なんらかの方法で強くしない限り、このままでは使い物にならない。
遺跡学者が発言の許しを求めて手を挙げ、それを見てマリオンは発言を促す。
「申してみよ」
「はっ。恐らくですが……マリーウッドで発見された資料や実物を見て考えますと、エトワールとは魔術的才能を後天的に上げた人類であると考えられます。だとすれば短期間に能力を上げるという事は難しく、普通の魔術師同様に育て上げるしかないのではないでしょうか」
「つまり、使い物になるようにするにはそれなりの時間がかかるという事か」
「はい。ですが『マギアクラスチェッカー』を使えば魔術的潜在能力を測る事が可能です。育て上げれば今の人類では使えないとさえ言われている超高位魔術も使用できるようになると考えられ、申し分ない閣下の実績となるでしょう」
ルーカスがぼそりとつぶやく。
「マギアクラスチェッカー……オブシマウン大公爵家の秘宝ですか」
「ふむ。オブシマウン家に借りを作るのもなんだが――まあ、背に腹はかえられぬ。ルーカスの言う通り、とりあえずエトワールは本国へ送り、マリーウッドの遺跡で発見されたという事にしよう」
「では、そのように手配致します」
「うむ」
マリオンは思う。
やっとだ。やっとシーランを継ぐ権利を取り戻せる。
ラーサーに第三王女を奪われ、それにより爵位を継ぐ者としての資質も疑われ、ここまで長く屈辱にまみれた日々だった。
それを取り戻すと同時に、本来はラーサーが手に入れられたであろうエトワールを奪う事ができるのだ。
こんな愉快な事は無い。
マリオンは声を上げて笑う。
だが、そんな気分を壊すように、部屋の外から大きな音が聞こえてきた。
マリオンは不機嫌そうに怒鳴る。
「何事だ!」
「確認して参ります」
そう言うとルーカスは部屋を出ようと歩みだす。
だが、彼が扉にたどり着くより先に、大きな音と共に扉を壊しながら兵士が部屋の中に飛んでくる。
そして、それに続いて全身が赤く竜を模したような鎧を着た男、紅蓮の竜騎士――シャルルが入ってきた。