奪還 その1
静まり返った広い室内。
玉座風のイスに座るマリオンが指で肘掛をコツコツと叩く音だけが響く。
「まだか?」
「もう少しでございます」
マリオンの問いにルーカスが答えたちょうどそのとき、ノックの音がした。
「来たか?」
「確認して参ります」
ルーカスはマリオンに礼をすると部屋を出る。
そして小脇に黒いワンピースの幼女――ステラを抱えた騎士風の男と共に戻って来た。
男はルーカスがマリオンの横に戻るの見届けたあとステラを下ろし、マリオンの前で片ひざを突く。
そして不安そうにきょろきょろと辺りを見回すステラの頭をつかみ「閣下の前で頭が高い」と言うと無理やり頭を下げさせ自分も頭を下げつつ言った。
「ご命令通り、例の娘を連れて参りました」
「うむ。ご苦労だった。下がって良い」
「はっ」
立ち上がった男は扉の前で再び礼をすると部屋から出て行く。
そしてマリオンは残されたステラを見て言った。
「お前が――エトワールだな?」
見知らぬ者たちに、たった一人見知らぬ場所に連れて来られたステラは元々震え怯えていたが――
『エトワール』という単語にびくっと大きく反応してしまう。
それを見てマリオンはニヤリと笑った。
二人の兵士が互いの槍をシャルルの前で交差させ、毅然とした態度で言い放つ。
「許可の無い方を貴族居住区に入れるわけには行きません」
当然だろう。
彼らは貴族居住区の門を守る番兵。そのためにここにいるのだ。
さて、どうしたものか……シャルルは考える。
無理に押し通るのは簡単だ。しかしそれをすれば騒ぎとなり、ステラの救出が困難になるかもしれない。ここはなるべく穏便に済ますべきだろう。
「火急の用がある。できれば事を荒立てたくはないが――どうしても通せぬと言うのなら、力ずくで押し通るしかない」
「しかし……」
彼らはシャルルを知っている。
竜を模したような真紅の装備を身に着けた男。それはかつてドラゴンを倒しその脅威からこの都市を救った英雄で、英雄公に匹敵する武威を持つと噂される人物、紅蓮の竜騎士だ。
とても自分たちが力で止められる相手ではない。
だが――だからといって何もせず通すというわけにもいかない。
通られるにしてもそれを阻止しようとしたという事実が必要で、それがなければ共犯とみなされる可能性すらある。
埒が明かないな……そう思ったシャルルが仕方なく押し通ろうと歩みを進めかけたそのとき、騒ぎを聞きつけ門の横にある詰め所から騎士風の男が出てきた。
「何事だ?」
男を見て兵士たちが姿勢を正す。
「実は――」
兵士の一人が説明すると、男はシャルルに向って姿勢を正し名乗った。
「私はマギナベルク騎士団所属、騎士イアン。火急の用で貴族居住区に入場したいとの事だが――許可無き者を通すわけにはいかん。可能であるならその用事、我らにゆだねてはもらえぬか?」
都市を救った英雄とはいえただの一市民。それを騎士の身分でありながら軽んじぬ姿勢には誠意が感じられる。
だが――
「無理だな。公子マリオンに連れ去られた家族を迎えに行く。騒動はなるべく避けたいと考えてはいるが――家族の安全が脅かされているのだ。こちらの配慮にも限度はある」
「まさかそんな事が……では私の方からその旨を大公閣下に進言する。事実であるなら必ず家族は貴殿にもとに帰されるであろう。しばし待たれよ」
駄目に決まっている。
今のところラーサーはこの件に係わっていないと思われるので、彼がステラの事を知ればマリオンからは解放されるかもしれない。
だが、ステラが遺跡で発見された者である以上、シャルルのもとに帰される事は無いだろう。
そうなれば、マリオンのところにいるよりはましだろうが、『戦いの道具にしないで普通の人生を送らせてあげたい』というエトワール・ドゥズィエムの希望にはそえないし、シャルルの望むところでもない。
「事は急を要する。悪いがこれ以上問答をするつもりはない。お前たちの選択肢は二つ。黙って私を通すか、私に倒され通られるかだ」
イアンは考える。
英雄、紅蓮の竜騎士を止める事は自分たちでは不可能。とはいえ彼を止めようとしたという事実があれば、倒されても面目は保たれるだろう。
だが、そうなると門の警備が手薄となり貴族居住区が危険にさらされる事になる。
それはやった振りをして職務を投げ出すに等しく、とても許容できる事ではない。
イアンは覚悟を決め指示を出す。
「責任は私が持つ。通せ」
「え……はっ!」
兵士たちは驚きつつも門を開け、シャルルは軽く頭を下げて言う。
「すまんな」
そしてシャルルが貴族居住区の中に消えて行くのを見送ると、イアンは詰め所に駆け込み待機中の兵士に言った。
「緊急事態が発生した。すぐに城に連絡する。準備しろ!」
「はっ!」
早急にお知らせしたい事が――そう言われ食事中に呼び出されたラーサーは、不機嫌そうにヒイロ騎士団副団長スコットに聞く。
「何事だ?」
近頃忙しく、久しぶりに家族と共にする晩餐。それを邪魔されたのだから機嫌が悪くなるのも仕方ない。
だが話を聞いてラーサーは驚愕する。
「紅蓮の竜騎士――シャルルが……まさか」
「詳細はここに」
スコットの差し出した紙にはこんな事が書かれていた。
紅蓮の竜騎士が貴族居住区に侵入した。
目的は彼の者いわく、シーラン公子マリオン閣下に連れ去られた家族の奪還。阻めば押し通るとの事。
阻止はいたずらに被害を出し、貴族居住区を余計に危険にさらすと判断し通した事を報告する。
マギナベルク騎士団 騎士イアン
それを見てラーサーは考える。
仮に自分を除いたヒイロ騎士団全員でも彼を止める事はできないだろう。
できる事をやり、できない事は上に報告する。体面を取らずに実を取ったイアンの判断は見事だ。
シャルルの家族については以前報告を受けている。
娘か妹かはわからないが、数ヶ月前から幼い娘と暮らしているという話で、聞くところによると彼はその娘を家族と言っているらしい。
大陸に来て日の浅いプレイヤーに娘や妹がいるとは考えづらいので、一時的に預かっているかなんらかの理由で引き取った娘といったところだろう。
そう考え、その事に関しては特に問題になる事でもないのであまり気にしていなかったが――マリオンが係わってくるとなると話は別だ。
マリオンはラーサーを恨んでいる。
これはマリオンに嫁ぐ事が既定路線だった第三王女クローディアをラーサーが妃としたからなのだが――そもそも婚約もまだだったし、破談になったのはマリオンの失態が原因なので言いがかりもはなはだしい。
とはいえ人の心は理だけで動いているわけではないのだ。恨むなと言っても仕方がない。
そんな事もあって、公子の立場があるから無茶はしないだろうと思いつつも、一応マギナベルクに来てからのマリオンの行動はある程度調べている。
シャルルとの接点はマギナベルクに来て早々に呼び出し配下にしようとしたが断られたらしいという事くらいで、他には特に報告を受けていない。
まさかそのときの恨みを晴らすため、人質を取って脅すなどという馬鹿なまねはしないだろう。
となると狙いは娘そのものにある可能性がある。
マリオンがマギナベルクに来ているのは遺跡の調査をするためだ。
その彼が欲するという事は――その娘が遺跡について何らかの情報を持っているという事だろうか?
とにかく貴族居住区に許可なく進入した者がいるという事実は看過できない。
その人物がこの都市を救った事がある英雄だとしてもだ。
ラーサーはスコットに言った。
「直ちにマリオン公子の邸宅に向う」