公子の命令 その5
空が茜色に染まりきった頃、歩きながら話を聞いていたシャルルはソフィと共にハンターギルドに到着する。
そして彼はギルドの前で待っていたアルフレッドに鳥を預け中に入った。
ギルドの中は騒然としていたが、シャルルの姿を見ると皆が口を閉じ静かになる。
そんな中、ブルーノはシャルルに近づくと彼の後ろにいるソフィをちらりと見てから言う。
「既にソフィから話は聞いていると思うが――」
ブルーノが語った事とここに来るまでにソフィに聞いた事を総合、要約するとこうだ。
マリオンの部下がシャルルにアーティファクト窃盗の疑惑があると言って、重要参考人という名目でステラを連れ去った。
そして連絡が来るまでシャルルをギルドで待機させろと言っている。
シャルルは三ヶ月間、何も無かったからステラを遺跡から連れ出した事はばれていないと思っていた。
だがマリオンはとっくに気づいていて、連れ去る機会を虎視眈々と狙っていたのだ。
シャルルは自分の認識の甘さに苛立ちを覚える。
連れて行かれたのは恐らくマリオンの屋敷。
都市兵が動いていない事を考えると行動はマリオンの独断で、今のところラーサーは係わっていないと考えられる。
とはいえ貴族居住区にある公子の屋敷に乗り込めば、都市も動かざるを得ずラーサーを敵に回す事になるだろう。
シャルルがエトワール(ステラ)をアーティファクト(道具)と考え盗み出した自覚があるのなら、諦めてマギナベルクを離れ逃げると考えているのかもしれないが――
シャルルの脳裏に自分を呼び、抱きつき、見上げて嬉しそうに笑うステラの顔が浮かぶ。
――愛する家族を置いて逃げる者はいない。
すぐ迎えに行き、一刻も早く安心させてやりたいという思いもある。
だが、マリオンの目的がエトワールであるのなら、ステラに危害を加える可能性は極めて低いだろう。
となると先にやるべき事をやり、憂いを無くしてから行った方が良い。
「私のハンター資格はどうなっている?」
シャルルの問いにブルーノが答える。
「それについては特に制約は無いが……」
「ならば、とりあえずあいつらの試験を終了させたい。手続きをしてくれ」
そう言って親指で戻ってきていたアルフレッドたちを指す。
「そんな事やってる場合じゃ――」
アルフレッドは抗議の声を上げようとするが、シャルルはそれを手で制して言った。
「今できる事は少ない。できる事から先に済ませておこう」
「でも……」
ローザはそう言うが、シャルルは黙々と手続きを進める。
そしてアルフレッドが討伐の証拠となるワイルドベアーの右手を提出し、シャルルが職員の質問にいくつか答えると試験は終了した。
次にシャルルはルーシーに言う。
「金を下ろしたい。可能な限りだ。いくら下ろせる?」
「えっと、すぐに用意できるのは金貨300枚と――」
ルーシーが言い終わる前にシャルルは言った。
「それだけで良い。すぐに用意してくれ」
そして金貨100枚が入っていると思われる巾着袋が三つカウンターに並ぶ。
「金で解決できる問題じゃ――」
誰かが言うがシャルルはそれを手で制す。
そして、一つをソフィにもう一つをパメラに渡すと言った。
「ソフィ。魔術の事、ステラの事、本当に助かった。それは礼だ」
「え? え?」
ソフィは戸惑うがシャルルはそれを気にも留めず次にパメラに袋を一つ渡す。
「ギルドの職員、特に受付の二人には世話になった。パメラに30枚、ルーシーに20枚、残りは他の職員に分けてやってくれ」
「え? これって……」
パメラも戸惑うが、シャルルは続ける。
「口座の残りはアルフレッドとローザに半分ずつ移動だ。すぐにやってくれ」
「そんなの受け取れないぞ」
「そうよ」
二人は抗議の声を上げるがシャルルは言う。
「アルフレッド、ローザ。私が初めてお前たちと会ったあの日、私は本当に道に迷っていた。もしお前たちと出会わなければ、私はあの森で行き倒れていたかもしれない。だから――今の私があるのはお前たちのおかげだ。二人には本当に感謝している」
「そんなの俺たちだってあの日シャルルに助けてもらわなければ死んでたかもしれない」
「そうよ。それにシャルルのおかげで強くなれた。だからもしそう思ってたとしてもおあいこでしょ? そんなのいらないわ」
だが、シャルルはフッと笑う。
「だとしても、残してもギルドの金になるだけだからな。それならお前らにやった方がましだ」
「それって……」
ローザが疑問を投げかけるが、それには答えずルーシーに問う。
「手続きは終わったか?」
「あ、はい。終わりましたけど……」
それを聞くとシャルルは首にかけていた鎖からライセンスプレートを外し、カウンターに置きながら言った。
「ライセンスは返上する。これでギルドも待機命令に従わない私を止められないだろ?」
確認するように自分を見るシャルルにブルーノは頷く。
「ハンターギルドに警察権は無い。部外者を拘束する権利もな」
誰かが言った。
「行くのか?」
「ああ。みんな、世話になったな」
残った巾着を持ってギルドをあとにしようとするシャルルにソフィは言う。
「私も行きます! ドラゴンが来たあの日、私、門の上に居たんです。あのときシャルルさんの魔術がドラゴンの攻撃を消してくれなかったら私は死んでました。私はシャルルさんに命を助けられたんです。だから――シャルルさんのために命を賭けられます!」
シャルルは優しく笑うとそっとソフィの頭をなでる。
「そうか……あそこにいたのか。あのときは特に誰かを助けたいとかは考えてなかったが――君が助かったのならそれは良かった。だがそれを感謝していると言うのなら、その命なるべく大切にしろ。それと……悪いがついて来られると足手まといだ。気持ちだけもらっておく」
「シャルルさん……」
「シャルル」
「シャルル!」
「シャルルさん!」
皆が、特に親しかった人たちがシャルルの名を呼び、それに片手を挙げ答えながらちょっと出かけてくるような感じにシャルルは言った。
「ステラを迎えに行って来る。機会があったらまた会おう」