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異世界大陸英雄異譚 レベル3倍 紅蓮の竜騎士  作者: 汐加
第一章 エピソード2 希望の星(エトワール)は遺跡に眠る
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ぬいぐるみ その2

 それが起きたのはソフィがステラに付与魔法『ライト』の使い方を教えた日の夜の事。


 その日はシャルルが夜までアルフレッドとローザに稽古をつけていたので、夕食は二人の奢りでギルドの食堂で取る事になった。


 食後にコーヒーを飲みつつシャルルが二人に助言をしていると、あたりをきょろきょろ見回していたステラがシャルルのマントを引っ張って言う。


「しゃるー、おはなししてきていーい?」


 シャルルがステラの目線を追うと、ギルドに通ううちに顔見知りになったハンターたちが手を振っていた。


「いいけど、食堂からは出るなよ」


「うんっ」


 シャルルが軽く頭をなでるとイスからぴょんと飛び降りて、ステラはハンターたちの方にてくてくと駆けて行く。


 そして覚えたてのライトを披露すると、ハンターたちから歓声が上がった。


 シャルルはしばらく様子を見ていたが、特に問題は無さそうなのでアルフレッドたちとの会話を再開する。


 そしてしばらく話し続けていると、食堂スペースに大きな泣き声が響き渡った。


 あわてて現場に向ったシャルルが見たものは、困り顔で頭をかくヨシュアと大声で泣くステラ。それと光を放つテーブルやイスと食器やナイフ。


 そして――いつも以上に光り輝くヨシュアのマントだった。


「ごえ、ごえんなさい~」


「わかった、わかったから……」


 一目である程度察したシャルルだったが、一応近くにいた者に状況を聞く。


「何があった?」


「それが……」


 内容はおおよそ予想通り。


 ステラのライトを面白がったハンターたちは、まずはスプーンや皿などにライトをかけさせた。


 そして調子に乗ったステラがイスやテーブルにまでライトをかけ始め、更に誰かが金色装備のヨシュアを指し「光ったらきれいだろうな」と言ったので、目を輝かせて勝手にヨシュアのマントにライトをかけたのだ。


 既に顔見知りのハンターたちはいたずらしても『めっ』くらいの怒り方くらいしかしないが、初めて会ったヨシュアは知らない子供が勝手にマントにライトをかけたので普通に『コラー!』と怒ったらしい。


「うちの子がすまん……」


 ステラの頭をなでながらシャルルが頭を下げると、ヨシュアも言った。


「いや、俺の方こそ少し強く言いすぎた……ってお前の子なのか!?」


 驚きの表情を見せるヨシュアにシャルルはフッと意味深に笑ってから言う。


「この子はステラ。私の家族だ」


「家族……ね」


 娘とも妹とも言わないところに何かあるのだろうとヨシュアは思ったが、ハンターの不文律に従いそれ以上の事は口にせず、改めてステラに挨拶した。


「俺はヨシュア。怒鳴って悪かったな」


 彼はそう言うとそっとステラの頭をなでるが、彼女はびくっとしてシャルルに抱きつく。


 それを見て周りのハンターたちは笑い、ヨシュアは苦笑した。



 その後ヨシュアに「子供がいつでも魔術を使える状態なのは危ないんじゃないか?」という助言をもらい「そうだな。危険な魔術は教えてないが考えておく」とシャルルは言ったのだが――ステラが宿のあちこちにライトをかけたり、水の飲みすぎで腹を下したのをきっかけにバインダーを取り上げる事にした。





 休憩を終えた二人は再びギルドに向って歩き始める。


 そしてしばらく進むと、ステラが繋いだ手を引っ張りながら言った。


「しゃるー、あのこっあのこっ」


「ん?」


 シャルルは一瞬ステラを見て、それからステラの指す方を見る。


「あのこっ、すてらとおそろい」


 嬉しそうにステラが指すのは洋品店の店頭に置かれたぬいぐるみ。三頭身くらいで背中に半透明の羽がある妖精といった感じのものだ。


 やや黄緑が入ってはいるが、白っぽいワンピースと編みサンダルという服装は確かにステラと似ている。


 だが、シャルルが気になったのは服装よりもぬいぐるみそのものだった。


 それを手に取りまじまじと見ながらシャルルは思う。


 これって……課金ペットの風の精霊だよな?



 クエストの実装は滞っていたアナザーワールド2だったが、課金アイテムの実装はそれなりの頻度で行われていた。


 そんな課金アイテムの一つにエレメンタルリングというものがある。


 課金ガチャの当たりとして実装されたそれは使用すると四種の精霊のうち一つが召喚されるというもので、実装直後はどの狩場でも精霊の育成ををしているプレイヤーを見る事ができた。


 実装時期は次元の扉が赤くなったあと。


 ガチャ外れの全回復を大量に必要としていたシャルルもガチャを回してエレメンタルリングを当てている。


 そのときに召喚されたのが風の精霊で、次元の扉攻略に行き詰っていた彼も気分転換に少しだけ育成したりもした。



「どうです? 良くできてるでしょ」


 店先に出てきた店員が話しかけてくる。


「これは――」


 なんのぬいぐるみだ? そう聞こうとすると、察した店員が先に答えた。


「風のエレメンタルですよ」


「エレメンタル?」


「はい、エレメンタルというのは――」


 シャルルが首をひねると店員が説明を始めようとする。が――


「すてらもっ、すてらもっ」


 店員の声をさえぎりステラがシャルルの持つぬいぐるみに手を伸ばす。


 それを見てシャルルが持っていたぬいぐるみを渡すと、ステラは嬉しそうにそれを抱きしめた。


「で、エレメンタルとは?」


 シャルルが促すと店員は再びエレメンタルについて語り始める。


「あ、はい。エレメンタルというのはですね――」


 店員の話によるとエレメンタルとは人語を解する不思議な生物で、主に大陸南部に生息しているらしい。


 土水火風の四種いるようだが北部にはほとんどいないらしく、店員も実物は見た事が無いそうだ。


「このぬいぐるみは実物を見ながら作ったものなのか?」


「さあ、どうでしょう? 問屋で仕入れたものなので、製作者が誰なのかもわからないんですよ」


「なるほど……」


 となると、これ以上エレメンタルについての話は聞けないだろう。


 もう用は無いのでとっととギルドに向おうと、シャルルはステラからぬいぐるみを取り上げようとするが――


「やー!」


 ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめてステラが抵抗する。


「お買い上げになりますか?」


「いくらだ?」


 あまり買う気は無いのだが、シャルルは一応値段を聞いてみた。


 すると店員は、決して安くは無い金額を答える。


「……結構良い値段だな」


「相応のできでしょう?」


「しゃるー……」


 ステラが上目遣いで訴えかけるが、シャルルは正直買いたくない。


「いいこにするから~」


 懇願するように訴えかけるステラにシャルルは一つ思いつく。


「なあ、その子と一緒なら一人で寝られるか?」


 もしこれで真夏に湯たんぽみたいな熱源に抱きつかれずに寝られるのなら、決して高い投資ではない。


 だがステラは目を瞑って眉間にしわを寄せしばらく考えたあと、泣きそうな顔でぬいぐるみを戻そうとする。


 シャルルはそれを見てちょっとかわいそうだなと思ったのと、悩んだ末での決断という事は条件が緩和されれば一人で寝るのを受け入れるかもしれないと考え、新たな提案を加えてみる事にした。


「一人で寝るといってもステラが寝るまでは一緒にいるし、私が寝るのは隣のベッドだ。それに、たまになら一緒に寝てやっても良いぞ?」


 シャルルの言葉にステラの手が止まり、彼女は手に持つぬいぐるみを見て目を瞑る。


 すると閉じた瞳の向こうには、これからのぬいぐるみと過ごす楽しい日々が映し出されて行く……。


 そして再び目を開いたステラはぬいぐるみをじっと見つめると、それを抱きしめてゆっくりと頷いた。

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