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異世界大陸英雄異譚 レベル3倍 紅蓮の竜騎士  作者: 汐加
第一章 エピソード2 希望の星(エトワール)は遺跡に眠る
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ぬいぐるみ その1

 エレメンタル。マナを生きる糧とするマナイーター(魔素食種)の一種であるそれは人の子供に似た容姿を持ち、同じく人の子供程度ではあるものの大陸において人類以外で最も人類に近い知能を持つ存在。


 土水火風の四種が存在し、彼らはその属性に合った魔法のような力を持つ。


 少年のような容姿の土と火のエレメンタルは主に火山などの山岳地帯、少女のような容姿の水と風のエレメンタルは主に大森林の神樹とそのほとりの湖のそばに生息する。


 見た目こそ少年や少女のようではあるが彼らに性別は無い。


 意思の疎通が可能である彼らはマナを含有する魔法燃料(魔石や魔油)を報酬とする事で使役する事や、信頼関係を築く事で友となる事も可能であり、元々の生息域である大陸南部では人類と共に暮らすエレメンタルも多数存在する。





 大陸北部の中でも更に北に位置するマギナベルク。


 初夏ならさほど暑く無いここも真夏となると話は変わり、大陸南部にも負けないほどの厳しい暑さがやってくる。


 そんなうだるような暑さが襲う真夏の朝。ベッドで眠るシャルルに逆向きに乗っかっていた熱源は、その小さな足でシャルルのあごを小突く。


 その衝撃に目を覚ましたシャルルは、なんでこいつはいつもいつの間にか逆向きに寝てて、朝になると私を蹴るのだろう……などと考えつつ、自分を小突いたそれを左手で少し持ち上げ右手でくすぐった。


 足の裏をくすぐられたステラは身をよじり、ぼんやりと目を覚ますとやがて大声で笑い出す。


 そして涙目で笑いながら半身を起こすと、抜け切らぬ眠気、笑い疲れ、暑さなどでしばらくぼーっとしていたが、意識がはっきりとしてくると笑顔で目の前のシャルルに飛びつきほっぺたにキスをした。


「おはよーしゃるー」


「おはよう、ステラ」


 シャルルはお返しにステラの前髪を少し上げるとおでこにキスをする。


「しゃるー、きょうもあついねー」


「夏だからなぁ」


 それに子供は体温が高いから、余計に暑く感じるのではないだろうか?


 汗で張り付いた白いワンピースをパタパタやりながら言うステラを見てそんな事を思いながら、シャルルは今日まで何度もした提案をもう一度してみた。


「やっぱり、夏は暑いから別々に寝ないか?」


「やー! やー! やー!」


 ステラは首を激しく振り「でもさぁ……」とシャルルが続けようとしても「やー!」と言って首を振り続け取り付く島も無い。


「わかった、わかったから」


「しゃるすきー」


 シャルルが折れると嬉しそうにステラは笑顔で抱きついてくる。


 やはり今夏は湯たんぽに抱きつかれながら、蹴りの目覚ましで朝起こされるのを受け入れるしかないのか……今も抱きついている湯たんぽの頭をなでつつ、シャルルは夏が早く終わる事を願わずにはいられなかった。




 とりあえず一週間という約束だったソフィ先生の魔術の基礎授業。


 ステラの集中力を考慮しているため一日一時間程度と短くやや非効率ではあるものの、シャルルにとっては知らなかった魔術の常識を知る事ができる有意義な時間だった。


 まだまだ自分の知らない魔術の常識を聞けそうだと思ったシャルルが継続を頼んだところ、慣れたからなのか快諾され継続が決定。


 今日も朝食を終えた二人はソフィ先生の魔術の基礎授業を受けるため、ギルドに向う道をステラの歩幅に合わせゆっくりと歩いていた。


「しゃるー、あついねー」


「そうだな」


 ステラの格好は以前と違い麦藁帽子に白い半袖ワンピース。


 さすがに黒い魔女風ワンピースで真夏の昼間に外に出るのは無理があるだろうと考えシャルルが買い与えたものだ。


 靴もショートブーツから編みサンダルに変え、夏に相応しい涼しげな格好となっている。


 それに比べシャルルの格好は以前と変わらぬドラゴン装備。兜やマントまでつけているその格好は明らかに暑そうだ。


 しかし二人の表情は真逆で『あつくてとけちゃうよー』とでも言いたげなステラに対し、シャルルは涼しい顔をしている。


 生活魔術ウィンド。ただ風を起こすだけの魔術で効果範囲もさほど広くはなく、シャルルも以前は入浴後に髪や体を乾かす程度にしか使ってなかった魔術。


 だが、ソフィにイメージを教わってからは劇的に便利な魔術となった。


 今もシャルルの鎧の中に風を送り熱気を外に出す事で鎧の中が暑くなる事を防いでいる。


 そのおかげで彼は真夏の昼間に兜やマントまでつけていても、文字通り涼しい顔をしていられるのだ。


「しゃるー、あいす」


 ステラの指差す先には『アイスあります』というのぼりがあり、ほかにも『冷水あります』『ジュース販売中』などののぼりを掲げた飲食店や屋台がある。


 こういうのぼりは初夏から増え始め今が全盛期といったところだろうか。


 こっちに来る前も夏になると『○○始めました』みたいなのを見た事があるし、どこの世界でもあまり変わらないのだなとシャルルは思う。


「ちゃんと勉強したら、おやつに買ってやるから今は我慢しろ」


「えー、でものどかわいた」


「水なら出してやるぞ?」


「えー……」


 ステラは明らかに不満そうな顔をするが――


「いらないなら出さないぞ?」


「いるっ!」


 無いよりはましだという事だろう。


「じゃあ、少し休憩するか」


「うん」


 木陰のベンチに腰掛けステラが口を開けて上を向くと、少し上からゆっくりと水が流れ出る。


 そして次にシャルルも上を向き水を飲んでいるとステラは言った。


「もっとちょーだい」


「駄目だ。またおなか壊すぞ」


「えー、だいじょーぶだよー」


 ステラは不満そうに頬を膨らませる。


 彼女は水を出す魔術が使えるので、少し前までは自分で出して好きなだけ飲む事ができた。


 だが夏の暑い中、自制の効かない幼女がいつでもどこでも好きなだけ水を飲めるとしたらどうなるか。


 結果としておなかを壊したためシャルルはスペルバインダーを取り上げ、魔術の修練をするとき以外は渡さない事にした。


 もっとも、バインダーを取り上げたのは魔術でいたずらをする事もあっての事ではあるのだが。


「ほら、ギルドに着いたらソフィと一緒にジュース飲むだろ? 水を飲み過ぎるとジュースが飲めなくなるぞ」


「でも、あついし……あっ」


 不満そうな顔に向けてシャルルが魔術で風を送るとステラは目を細めその表情をやわらげる。


 だが、長い髪がそよぎ快適そうなステラとは逆にシャルルの額には汗がにじんだ。


 魔法(魔術や秘術)は同時に複数使う事ができない。それはどんなに弱い魔法でも同じだ。


 そしてシャルルは現在、風を起こす魔術をステラに使っている。したがって鎧の中の熱を排出する事ができない。


 つまりさっきまでとは違い、まさに夏に暑そうな格好をしている人であり、実際に暑いのだ。


 風を出し続ける付与魔法でもあれば良いのだがなぁ……シャルルはソフィに教わった事を振り返りつつ思う。


 ソフィいわく魔法は大別すると『単発魔法』『継続魔法』『付与魔法』の三系統があるらしい。


 単発魔法はいきなり最大限の効果を発現させる魔法。


 放てば終わりといった攻撃魔法に多い。


 継続魔法は一定程度の出力で効果を出し続ける魔法。


 怪我の治療に使う回復魔法や水を出したり火をつけたりといった生活魔法に多い。


 そして付与魔法はその中間といった感じで、効果は継続するが魔法自体は完了しているという魔法。


 効果を付与した装備の威力や強度を一定時間上げるといった強化系の魔法に多いが、物を一定時間光らせ続ける『ライト』なんかも付与魔法だ。


 魔法の系統や威力はスペル(呪文)が作られる時点で決まるため、イメージでなんとかなるものではない。


 生活魔法なんかは需要と利便性でどの系統で開発されるかが決まる。


 例えば水を出す魔法。


 一気に出した方が効率は良いが、出力が高すぎると必要なマギアやミストといった魔法力が上がって使えない者が多くなる。


 水はゆっくりでもいずれ貯まれば良いので、多くの者が使えるように低出力の継続魔法として開発されたのだろう。


 光を出すライトは継続魔法だと本人にしか使えないし使い勝手も悪い。だから置いたり他人に渡したりできる付与魔法として開発されたのだと思われる。


 だが、風を他人に渡す需要が多いとは考えにくい。だからシャルルが今欲している風を出し続ける付与魔法は無いのだ。


 付与魔法といえば――


 シャルルは不意に思い出す。ステラからバインダーを取り上げるきっかけとなったもう一つの出来事を。

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