希望の星(エトワール) その4
もう少し話を聞こうとシャルルは適当なイスに座る。すると女の子はカプセルから出て、ほかのイスではなくシャルルのひざに座った。
「しゃるー、おしりいたい」
恐らく鎧の一部がぶつかっているのだろう。
じゃあ、別のイスに座れよ……と思いつつもシャルルは装備をアイテムボックスにしまう。
そして彼が黒い長袖シャツと黒い長ズボンというデフォルト(装備なし)の格好になると、女の子は体重を預け上機嫌で体を左右に揺らしだした。
「なあ……名前は思い出せないか?」
「わかんない」
「ここはなんの施設か知ってるか?」
「びょういん?」
このあともいくつか質問をしたが、帰って来るのは『わかんない』か明らかに間違っていると思われる疑問符つきの言葉だけ。
この子が何もわからないのは小さい子供だからなのか、それとも長い間眠っていたせいで記憶の混濁や欠落が起きているのか……それは確かめようがない。
埒が明かないので諦め、シャルルは部屋を出る事にした。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「うんっ」
そして二人が部屋から出ると明かりが消え、辺りは闇に包まれる。
唯一見えるのは部屋で光るシャルルが置き忘れたライトの魔術を付与した光る棒だけだ。
「まっくら」
「ちょっと待ってろ」
シャルルは光る棒を取りに部屋に戻る。
部屋に入れば明かりがつくかもしれないと彼は思ったが、再び部屋の明かりがつく事はなかった。
シャルルが棒を持って廊下に出ると、そこに女の子はおらず少し離れた場所から声が響く。
「しゃるー、どこー? あ、いたー」
女の子は光る棒を持つシャルルをみつけ駆けて来る。
「こら……勝手にうごくな。あと走るな危ないから」
シャルルは女の子の名前を呼ぼうとして、いまだに名前がわかっていなかった事を思い出す。
そして抱きついて来る女の子の頭をなでながら思った。
名前がないと不便だな……。
「なあ、名前は思い出せないんだよな?」
「うん。わかんない」
「だよなぁ」
これはもう、暫定的にでも新しい名前をつけるしかないだろう。
「じゃあ、名前を決めようか?」
「おおー」
光る棒に照らされたその顔はなんだか嬉しそうだ。
「さて、どうするか……」
シャルルはとりあえず女の子と手を繋いで歩きながら考える。
エトワール――は却下だろう。名前からこの娘をここから連れ出した事がばれる可能性もあるし、そもそもこの子を『道具』と考えていた奴らが使っていた呼称だ。
では何が良いか?
エトワールはフランス語で星。星といえば英語でスター、ドイツ語でシュテルン、ラテン語でステラ。
そういえばステラって名前はアニメとかで何度か見た事あるな……。
「なあ、ステラっていうのはどうだ?」
「すてら?」
「そう、ステラ。ほかのが良いか?」
シャルルの言葉に女の子は首を振って言った。
「ううん。しゃるーがいーのがいー」
「そうか。じゃあ、今からお前はステラだ」
「うんっ」
頷いてからステラは嬉しそうに笑う。
そして歩きながらシャルルは考える。
さっきからこの子が『しゃるー』と言っているが……私の名前だろうか?
「なあ、ステラ。私の名前は?」
「すてら?」
首をかしげながらステラはそう答える。
「いや、それはお前の名前だろ」
「うんっ」
「じゃあ、私の名前は?」
「しゃるー!」
そう言うとステラは満面の笑みを浮かべ抱きついてきた。
ふむ……やはり私の名前のようだ。まあ小さい子だし、たぶん『ルル』って言うのが言いにくいのだろう。
などと考えつつ、シャルルはステラと共に当初の予定通り地下三階の端まで行き、なにもない事を確認してから遺跡を出る。
外に出ると日はかなり傾き空は茜色に染まりつつあった。
日没まであと30分から1時間といったところだろうか。
「しゃるー、おそらあかいね」
「そうだな……」
シャルルは鳥が無事繋がれている事を確認するとステラを抱え上げ、ゴーレムの一部を拾ってそこに向う。
そして鞍にゴーレムの一部を落ちないように紐で縛るとステラと一緒に鳥に乗った。
「しっかりつかまってろ」
「うんっ」
とりあえず鳥を走らせ「きゃー」とか「おー」とか言いながらはしゃいでいるステラに「口を閉じろ。舌をかむぞ」と注意しながらシャルルは考える。
出るときにはいなかったステラを連れて西門に戻るのはまずい。となると南門から戻るしかないが、そっちからだと遠くなる。
鳥は夜になると走らなくなる(綱を引けば歩きはする)から、途中から……というかすぐに徒歩という事になるだろう。
この森に(シャルルの)脅威となる獣がいるとは思えないのでそこは心配ないだろうが、徒歩だと南門までどれくらいの時間がかかるか見当もつかない。
どこかで野宿して明け方に鳥で戻るのがベストか? そんなふうにも考えたシャルルだったが、結局鳥が走らなくなったあとも綱を引いて歩き続ける。
そしてステラが「おなかすいた」と言うので非常食の干し肉をあげたり、眠くなって鳥の上でふらふらしていたのでシャルルがおんぶする事にしたりしながら歩き続ける事、数時間。ついに森を抜け南門が見えてきた。
南門の少し前でシャルルは考える。
この時間だと門は閉まっているから通用門から入るしかない。
ハンターであるシャルルは通用門から入れるが、ステラはどうなのだろうか?
門の近くで野宿をしている開門待ちっぽい人たちも少しいるが、やはりここまで来て夜明けを待ちたくはない。
融通の利く門番なら通してくれるかもしれないし、とりあえず聞いてみるべきだろう。
しかしステラの服装は不自然で、門番になにか言われるかもしれない。
とりあえず布か何かを巻いておこうと考え、シャルルはアイテムボックスから漆黒のローブを取り出した。
漆黒のローブ。光沢のある黒地に金糸も使われている高級感のあるローブ。低レベル魔法の詠唱時間を短くする効果がある。
魔法使い系装備だが複合職の魔戦士系も装備可能。
真紅のマントじゃ目立つし、巻くならこっちの方が良いだろう。
しかし課金ガチャの外れで弱い装備だし、こっちじゃ使い道がないと思ってたが……意外なところで役に立ったな。
そんな事を思いつつステラにローブを巻きつけていると、動かされたせいかステラが少し目を覚ましかけた。
「しゃるぅ?」
「寝てていいぞ」
「ふぁい」
再び寝息を立て始めたステラをおんぶしなおしたシャルルは、通用門に近づき門番に尋ねる。
「ハンターなんだが……」
そしてライセンスプレートを見せると門番はすんなり通してくれた。
気になって「この子は身分証がないんだが……」と聞くと「元々子供に身分証はないだろ?」といわれ、シャルルは子供は身分証を持つ保護者と一緒なら出入りができる事を知る。
ちなみに子供だけでは入退場できず門で止められるらしい。
その後、閉まる直前の(と言うかすでに閉まっているが食堂スペースが開いているので、職員がいれば手続きなどを受領はしてくれる)ハンターギルドで依頼終了の報告と鳥の返却をして宿に戻った。
そして食事も取らず部屋に戻ると、シャルルはそっとステラを二つあるベッドの片方に寝かせ自分はもう一つのベッドに横になる。
今日はなんか疲れたな……などと思いつつ、ライトを付与した棒の光にうっすらと照らされるステラを見て思い出す。
そういえば、アナライズをすっかり忘れてたな。
正直、ステラからは何の力も感じない。一般人とほぼ同じだ。
案外クラスは『シビリアン』だったりして。
シビリアン。アナザーワールド2では職業選択前のチュートリアルのときのクラスだが、大陸ではこれが大多数。
ゲームのシビリアンはレベル1固定だが、大陸では最大レベルが10前後の者が多い。
だが、結果は『マジックマスター 1/100』だった。
その結果にシャルルは驚きつぶやく。
「レベル1っているんだな……初めて見た」