希望の星(エトワール) その1
かつて大陸の覇者はドラゴンであった。
脆弱な人類はそれを恐れ隠れて暮らし、できるのは神に救いを求める事だけ。
だが、そんなドラゴンの恐怖から人類を解放したのは神ではなく、大陸に流れ着いた魔族だった。
高度な魔法技術を持つ魔族はドラゴンを大陸から一掃し、やがて大陸を統一するまでにいたる。
こうして平和だが支配者たる魔族とそれに隷属する他の人類という構図ができた。
長い年月が経つと長寿の魔族が世襲でおこなう政治は腐敗し、隷属する他の人類は不満を持つようになる。
それは主流派になれなかった魔族も同様で、不満は大陸各地で暴動を発生させ、最終的にはいくつかの勢力に分かれての大戦へと発展して行った。
大戦は長期に渡り人類は疲弊して行く。そして人類の力が衰退の一途をたどっていた頃、ドラゴンは再び大陸に現れた。
ドラゴンに対抗できるような力をほぼ失っていた人類は、その脅威に対抗すべく禁断の術に手を出す。
それは人類の魔法的潜在能力を後天的に上げる魔法で、大陸に来る前の魔族が持っていた技術。
かつては大陸でも実験がおこなわれたが、その魔法に必要な触媒である『秘宝石』と呼ばれるものが大陸では手に入らないため失敗を繰り返し、多数の犠牲を出したため禁止されていた。
秘宝石の代替品を使用しているため、この魔法が失敗すると対象は死亡する。
また、成功しても能力安定化のために肉体の時間を止める特殊な魔法道具の中で数年から十数年は安静にしておく必要があったり、副作用として記憶の欠損や精神の幼児化などが起きたりしてしまう。
そういう事情から幼い孤児が使われる事となったこの実験は、人類を救う希望の星『エトワール計画』と命名された。
そして潜在能力を最大レベルまで上げられた者を『エトワール(星)』、最大ではないがドラゴンに対抗しうるレベルまで上げられた者を『エスペランス(希望)』と呼び、人類は多くの犠牲を出しながら多数のエスペランスと三人のエトワールを生み出す事に成功する。
こうして誕生したエトワールとエスペランスは、多くのドラゴンを駆逐し人類の希望となった。二人目のエトワール、エトワール・ドゥズィエムが真実を知るまでは。
真実を知ったエトワール・ドゥズィエムは、賛同するエスペランスと共にエトワール計画を実行している研究所を襲い孤児たちを救出して行く。
その過程でマギナベルクの近くにある研究所も襲ったが、能力安定化中のエトワール・トロワジエムを動かすのは危険だと判断。やむなく封印を施し立ち去った。
しかし、その後エトワール・ドゥズィエムが再びその研究所を訪れる事はなく、今もエトワール・トロワジエムはそこで悠久の眠りを続けている。
ゴーレムを倒したシャルルは、崖にある『次元の扉』に似た扉の存在に気づきそれに近づく。そして間近で見て改めて思う。やはり次元の扉に似ていると。
扉があるのはゴーレムが擬態していたと思われる崖の削れた部分。場所から考えて恐らく遺跡の入り口だろう。
もしこの扉が次元の扉と関係があるのだとしたら、遺跡はアナザーワールド2と何か関係があるのかもしれない。
となると、そこには元の世界に戻る方法のヒントがある可能性もある。
シャルルは特に元の世界に戻りたいと思っているわけではない。
だが、なにが起こるかわからない異世界にいる以上、帰る方法があるのなら知っておいた方が良いに決まっている。
遺跡の調査は領主がやるものらしいので勝手の入ると問題になる可能性もあるが――ここで入らずに帰れば永遠に気にし続ける事になるだろう。
精神衛生上の観点からも入らないという選択肢はない。
ばれなければ良いだけだ。
そう考えシャルルが扉に手をかけると、大きく重そうなその扉は意外にもあっさり開いた。
扉の先には短い道があり、突き当りには階段のようなものが見える。階段の下は暗くなっていて外の光は届きそうにない。
シャルルは棒を拾ってライトの魔術を付与し、それを光源に中に入って行く。
階段を下りると洞窟のような一本道が続き、しばらく進むとそこにあったはシェルターの入り口といった雰囲気の扉。
扉は引き戸で手をかけるとあっさり開き、そこから先はさっきまでと違って病院や研究所のような雰囲気になっていた。
シャルルはそこを歩きながら、なんか深夜の巡回をしている警備員のようだな……とか、この遺跡が数千年前のものだとすると、私は数千年ぶりの来客なのかもしれんな……などと思う。
実は千年ちょっと前にこの遺跡を訪れた者たちがいる。それは五英雄の一人、竜狩りの魔導師とその弟子たち。
だからシャルルは数千年ぶりの来客ではなく千年ちょっとぶりの来客なのだが、彼はそれを知らないし、少なくとも今の彼にはなんの関係もない。
とりあえず端まで行ってみるか……と考えたシャルルは扉の閉まっている部屋はもちろんの事、開いている部屋も左右に出て来た道も無視してひたすら真っ直ぐに進み、そして端だと思われる場所にたどり着く。
そこにはエレベーターらしきものと下に続く階段があったが、エレベーターは動きそうにない。
エレベーターを使わなければならない理由もないので階段を下りると、階段はさっきの場所を地下一階だとした場合、地下三階まで続いていた。
階段を下りきったシャルルは入り口があった方向に向って進む。
この行動に特に理由があるわけではないが、強いて言うならダンジョンは最下層の端に何かがあるのが普通だからといったところだろうか。
だが、そんな彼も足を止めざるを得ない現象が起きた。
それはある部屋の前を通ったときの事。
今までもいくつかの扉が閉まった部屋の前を通って来たが、扉がひとりでに開いたのはそこが初めてだった。
開いた扉から明かりが漏れ、明らかにそこには何かがある状況を示している。
この状況を無視できるのであればこの遺跡自体も無視していた事だろう。
彼は確認のためその部屋に足を踏み入れた。