伯爵令嬢の友達 後編 その2
ドラゴンがこの都市に迫っている。その事を知ってしまったナスターシャは怖くて良く眠れなかった。
不安でどうにも食欲がわかず朝食もあまり食べられない。そんな彼女の様子を心配した母、ユリアーネは尋ねる。
「ターシャ、食が進まないようですがどうかしましたか?」
「……お母様。ドラゴンが迫ってるって本当ですか?」
「そんな事、誰が……」
ドラゴンが確認されたのは昨日の夕刻。そのため昨晩より領主であるルドルフをはじめ、皆がせわしなく動いている。
この都市に向かっているとの情報もあるのだが、準備ができていない状況で公表すれば余計な混乱を招くだろう。
なので情報はまだ公開されておらず、それを知っているのは一部の者だけ。したがって、領主の娘とはいえ子供が知っているはずのない情報なのだが――
「えっと、お屋敷の人たちが話してるのを耳にしまして……」
不用意な。
ユリアーネはいきどおる。
とはいえどうせいずれは知られる事。知られてしまったからには仕方がない。
彼女はできるだけ優しく言う。
「心配は要りませんよ。あなたのお父様もその対処のため動いていらっしゃいます。それに、この都市にはドラゴンを撃退するのに十分な防衛力がありますから」
「本当に?」
「ええ。あなたが生まれる前にだってドラゴンが来た事はあるのです。でもこの都市はちゃんとあるでしょ?」
「ええ……」
実際のところもちろん被害は出る。それも恐らくは甚大な。
ドラゴンに襲われた場合、町や村なら簡単に滅ぶし、南部の小国なら都市が滅ぶ事もある。
だが、北部三大国の場合、都市が滅ぶほどの被害が出る事はほとんどない。
都市は対ドラゴン防衛を考えて作られているし、基本的に北部の都市はドラゴンを撃退できる程度の防衛力を保持しているからだ。
その上で同国近隣都市からの援軍もあるし、国が保持するドラゴン対策専門部隊も派遣される。
それに被害に対しては国を挙げ、復旧、復興、防衛力の補充などの支援がすぐに行われるのだ。よほどの事がない限り滅んだりはしないだろう。
市街に被害が出る事もあるが城壁を突破される事はまれだ。したがって、さすがに貴族居住区に被害が出る事はないだろう。
無論、絶対とは言えないが――少なくともこのグリュンバルトでは過去に例がない。
その後、あまり喉を通らない朝食を終えたナスターシャは、午前中いつも通りカロリーネの指導のもと勉強をする。
昨日まではステラがいなくなった寂しさで勉強に身が入らなかったが……今日はドラゴンへの不安でやはり勉強に身が入らなかった。
昼食後。今日は特にやる事もないのでこの時間のナスターシャは自由だ。
しかし何もやる気がせず彼女は自室でぼんやりと過ごしていた。
屋敷の使用人たちはなんだかいつもよりせわしなく動いている。
それがなんとなく不安をかきたて、怖くなったナスターシャはベッドでシーツをかぶり丸くなった。
そこに彼女を呼ぶ声が。
「お嬢様!」
ナスターシャはシーツをかぶったままその声に耳を傾ける。
すると声の主――カロリーネはシーツをはがしながら言った。
「お嬢様! 丸くなっている場合ではありません。シャルル様が、ステラちゃんが戻ってくるそうです!」
「え? ステラが!?」
その後、ナスターシャは出迎えのためにドレスに着替えさせられながらカロリーネの話を聞く。
彼女が言うには――
宿場町ランジュルングでドラゴンの出現を知ったシャルルが、都市防衛に参加するため子爵の力を借りてこちらに戻っている最中だとの事。当然ステラやシルフィも一緒だ。
ステラとまた会える! そう思うとナスターシャはドラゴンに対する恐怖が少し薄らぐ気がした。