伯爵令嬢の友達 前編 その4
楽しい時間が過ぎるのは早く感じる。それは時間の流れをあまり早くは感じない子供でも同じだ。
初めて気の置けない、真に友達と呼べる存在と過ごすナスターシャの夢のような日々もついに終わりを迎えるときが来た。
シャルルの視察日程は今日ですべて終了。ステラたちは明日、このグリュンバルトを発つ。
友達と過ごす最後の日。ナスターシャは特別な事はせず、昨日までと同じようにステラと共に学び、そして遊んだ。
なぜなら彼女にとってその特別でない日々こそが、なによりも特別だったから……。
とはいえすべてがいつも通りというわけではない。
迎賓館に滞在しているステラは、シャルルが出かけている日の昼食はナスターシャと共に取るが朝食と夕食は基本的に別々だ。
だが、最終日の今日はナスターシャたち伯爵一家とステラたちだけという小規模なものではあるが、送別のための晩餐会が開かれる事になった。
晩餐ではシャルルも普段あまり口にしないアルコールを口にし、シルフィには魔石が、ナスターシャとステラにはデザートにプリン・ア・ラ・モードが振舞われる。
「おいしいね」
ナスターシャがそう言うと、ステラはクリームがついた口で――
「うんっ。すてら、ぷりんだいすき」
と言って笑った。
夜が明け朝が来る。ステラたちがこの都市、グリュンバルトを発つ朝が。
ナスターシャは手に持った帽子を見てつぶやく。
「ステラ、よろこぶかな?」
この帽子は彼女が劇を見に行った日に見つけた星の魔女の帽子。その日に買う事はなかったが、ステラにプレゼントしたいと思いカロリーネに頼んで買ってきておいてもらったものだ。
「ええ、きっと喜びますよ」
ナスターシャの問いに、カロリーネは微笑み答える。
ちなみにこの帽子、別に旅の餞別として渡すために用意していたというわけではない。単に急にプレゼントすると唐突な感じで変かな? と思っていたら今日まで渡せずじまいだっただけだ。
「ターシャ、準備はできましたか?」
「はい、お母様」
「では、参りましょう」
迎えに来たユリアーネと共にナスターシャはカロリーネを伴って本館の玄関に向かう。
そして玄関に到着してしばらく。初老の執事――ミルハルトに伴われ、迎賓館の方からステラたちがやってきた。
「実に有意義な視察だった。仕事でなくともまた、ステラちゃんを連れて遊びに来てくれ。娘も喜ぶ」
「機会があれば是非」
ルドルフとシャルルがそんな社交辞令っぽい挨拶を交わす横で、ナスターシャはステラとの別れを惜しむ。
「私、ステラと過ごした日々をずっと忘れないわ」
「すてらもたーしゃのこと、ずーっとわすれない」
笑顔を絶やさぬステラに対し、自分も泣くまいと目に涙をいっぱいためながらもそれがこぼれ落ちぬようナスターシャは少し上を向く。
ステラはシルフィから花冠を受け取ると、そんな彼女の頭の上に載せ言った。
「これ、あげる」
そのときナスターシャの目からほろりと涙がこぼれ、彼女は慌てて後ろを向く。
すると控えていたカロリーネはすばやくハンカチを取り出しそれを押さえる。
そして、横にあるかばんに視線を向け言った。
「お嬢様……」
「ええ」
ナスターシャが頷くと、カロリーネはかばんから帽子を取り出しナスターシャに渡す。
それは一見、黒に見えるほど濃い紫の大きな魔法帽。先端に黄色い星がついている星の魔女の帽子だ。
「ありがとう。私からはこれをプレゼントするわ」
そう言って、今度はナスターシャがステラの頭に帽子を載せる。
「わぁ、ありがと。すてら、たいせつにする」
そう言って満面の笑みを見せるステラを見て、ナスターシャも嬉しそうに笑った。
それからナスターシャたちはシルフィやカロリーネを混ぜて、今度会ったときの話をする。
「では、みんなでケーキを作りましょうね」
「うん。すてら、ねりーと、りーねと、けーきつくる」
「またボールでしょうぶしてあげるわ」
「今度は負けないんだから!」
そんな、恐らくはもうこないであろう次に会ったときの話を。
そして――
「申し訳ありません。そろそろお時間です」
ステラたちを乗合馬車の乗り場まで送るため、ルドルフが用意した馬車の御者がそう言うと、本当にお別れのときがやってくる。
「じゃあ、またね……」
「旅のご無事を祈ってます」
「うんっ! またねっ!」
「さよなら~」
最後の挨拶を交わすと、ステラはシャルルやシルフィと共に馬車に乗り込む。
そして馬車の窓からいつまでも手を振り続けるステラに、ナスターシャもそれが見えなくなるまで手を振り続けた。
次回はエクストラエピソードの3話目(最終話)、『伯爵令嬢の友達 後編』を投稿します。