辺境の町とユニコーン その3
午前中の仕事を終え、ニーナは昼食を買って駐車場に戻る。そして昼食を取りながら、今日も来ると言っていたらしいステラの友達だと言う女の子を待った。
懐中時計を見ながらニーナはつぶやく。
「なかなか来ないわね」
「うーん……そろそろだと思うんだけど」
そう言うとレティは落ち着きなく駐車場の入り口の方を見る。
既に時刻は午後1時過ぎ。今日も回らなければならない店や問屋があるのでニーナはいつまでも待ってはいられない。
確かにその女の子から話を聞きたいとは思う。でも、それは好奇心を満たしたり安心感を得るという、ちょっとした欲求を満たすための衝動に過ぎないのだ。
聞いたところで何が変わるわけでもないのだから、仕事を休んでまでするような事ではない。
1時半を過ぎたら諦めようかな……とニーナは考える。
だが、1時半を過ぎてももう少し……と待ち続け、結局彼女はネリーたちが来た2時ちょっと前まで待っていた。
「こんにちは~」
「はい、こんにちは」
手を振りながら駆けてくる女の子にニーナは笑顔で手を振り返す。
女の子のすぐそばには風のエレメンタルが、そして少し遅れて中年くらいのメイドがついてきていた。
メイドは息を切らせつつ女の子に言う。
「はぁ、はぁ。お嬢様、走っては、危ないですよ」
「だいじょうぶよ」
「はぁ、はぁ。でも……」
メイドが困ったような表情をしていたので、ニーナはちょっとフォローする。
「元気なのは良いけどほどほどにね。もし転んじゃったら痛いのはあなたなんだから」
「はーい」
女の子の素直な返事に満足するとニーナは自己紹介を始め、それを受け皆が自己紹介を始めた。
「レティから聞いてるかもしれないけど、私がこの馬車の持ち主で行商人のニーナよ」
「あ、わたしネリー。町長の孫娘」
「わたしはレティ。ニーナの相棒よ」
「わたしはプリム。ネリーのおねえちゃん」
「私は町長さんちのメイドでサブリナと言います」
「ブルル」
皆が挨拶を始めると、ブランも顔をのぞかせる。
それを見て昨日はいなかったサブリナは言う。
「あら、このお馬さんがユニコーン? お馬さんも自己紹介してるのかしら」
「きっとそうよ。『ぼくブラン、よろしくね』って言ってるんだわ」
どう? あってるでしょ?
そんな感じでネリーはどうだとばかりにレティを見る。
だが――
「ううん。のどがかわいたからお水ちょうだいって言ってる」
「えー! みんな挨拶してるのに? もうブランったら」
そう言うと、ネリーは腰に手をあて頬を膨らませた。
それに対しニーナはブランの水を用意しつつネリーに言う。
「まあ、まあ。怒らないであげて。私たちがブランの言葉をわからないように、たぶんブランも私たちの言葉がわからないのよ」
「あ……そうかも。ごめんねブラン」
そう言うとネリーはブランの頭をなでる。
「ブシシ」
「べつにいいよだって」
レティの翻訳を聞き、ネリーは納得がいかないといった感じで言う。
「言葉……通じてるじゃん」
「まあまあ」
ネリーをなだめつつニーナは思う。
もちろんブランに人類の言葉は通じない。それは共に旅をしているニーナには良くわかる。
だが――心というか雰囲気というか、そういうものは通じているのだろう。
ただ、幼いネリーにそれを説明しても無駄だと考えあえて言わずにおいた。
一通り挨拶を交わしたあと、ニーナはネリーにシャルルたちの事を聞く。
「シャルーはこの町で街灯を灯す仕事をしてたんですって?」
「そうよ。いつも夕方になるとステラやシルフィといっしょにがいとうをともしにいってたわ」
「そのシルフィって、風のエレメンタルなの?」
「ええ、そうよ。ステラのごえいをまかされてるって言ってたわ」
ネリーがそう言うと、近くで浮いていたプリムも話に入ってくる。
「シルフィ師匠はとっても強いのよ。野犬をいっぱつでおいはらったんだから」
「へー……」
野犬程度ならレティでも追い払えるので、それをもって強いと言えるかどうかはなんとも言えないところ。
だが当然ぬいぐるみにはできない事だ。
んー、この子達が嘘をつくメリットなんてないだろうし、やっぱりシルフィっていうのは風のエレメンタルみたい。やっぱり元々シャルーの知り合いで、私たちと別れたあとで合流したのかな?
この謎の真実を知るには本人たちに聞く以外に方法は無い。
いつか、また、会う事があったら聞いてみよう。そう考え、ニーナはこれについて考えるのはやめた。
「シャルーたちはどれくらいここに居たの?」
「えっと……」
ニーナの質問にネリーは腕を組み首をかしげて考える。
いっぱいいっしょに遊んだからずっといたわよね? あれ、でもあっという間だったような気も……。
子供の感じる一日は長い。だが、楽しい時間は早く過ぎてしまう。
そんな長くて短い時間にネリーは混乱する。
ネリーは助けを求めるようにプリムを見るが、エレメンタルの知能は子供並なのでこちらも同じように混乱していた。
だが、ここには大人であるメイドのサブリナが居る。
自分に向けられた質問ではなかったため黙っていた彼女だったが、ネリーたちが困っている様子を見て言った。
「11月の上旬に来て、下旬近くまでいたから一週間と少しくらいですかね」
「で、ここを出発してベルドガルトの方に向かったのよね?」
「そうですね」
サブリナが頷くと答えられる質問に変わったので、続けてネリーとプリムも頷く。
「そうよ」
「そうそう」
「なるほど」
と、いう事は……時期的に考えると、やっぱりシャルーたちは別れたあとゾフに行って、それからこの町に来たのね。
とりあえず無事みたいでよかったわ。
それにしてもシャルーたちって何かから逃げてるような、なんかわけありっぽく見えたんだけど……町で一週間以上も街灯を灯すなんていう他人と良く会う仕事をしてたって事は、私の考え過ぎだったのかな?
そんな事を考えながら一人で納得していると、今度はネリーから質問が飛んできた。
「ねえ、ニーナさんって――」
「うん?」
「シャルルさんの恋人なの?」
「え?」
予期せぬ質問にニーナは混乱する。
私の話にそんな要素あった? この子……なんでそんな疑問を!?
「違うけど……どうしてそう思ったの?」
「だって……ねえ」
そう言うとネリーはプリムやサブリナを見て笑い、二人も同じく笑顔を見せる。
そして代表するようにサブリナが言った。
「いえね。シャルルさんの事をシャルーと呼ぶのはステラちゃんだけだったから、とても近い関係の……例えば恋人なのかなと」
「だよね」
「ねー」
そう言うと三人は再び笑う。
「シャル……ル?」
ここでようやくニーナは気づく。
シャルーとシャルル、ほとんど変わらないので違和感なく話していたが――確かに三人はシャルーではなくシャルルと呼んでいた事に。
えー!? あの人ってシャルーじゃなくてシャルルって名前だったの? ずっと知らずに私たちは愛称で呼んでたって事!?
そう思うとなんだかとても恥ずかしくなりニーナの顔が紅潮する。
一方レティは――
「へー、あの人ってシャルーじゃなくてシャルルだったのね。知らなかったわ」
エレメンタルの知能は子供程度なので、特に何も感じていないようだった。
いかがでしたでしょうか? 今回の話はシャルルたちが旅で出会った人たちの話をゆるい雰囲気で書いてみたいと思い書きました。
ちょっとオチが弱すぎたかもしれませんが、なんとなく雰囲気をお楽しみいただけたら幸いです。
エクストラエピソードはまだありますので、もう少しだけお付き合いください。
次回は『エピソード10 手の届く範囲』を伯爵令嬢ナスターシャの視点から見た話『伯爵令嬢の友達 前編』を投稿します。