辺境の町とユニコーン その1
辺境の町スバルク。この町をシャルルたちが発ってから約二ヶ月が経った。
季節も変わり今は冬。大陸北部の中でも更に北に位置するこの町の冬は厳しく、一度雪が降るとなかなか解けてくれない。そのため既に半月近く経つが、年末に降った雪はいまだ解けず町を白く染めている。
そんな寒い冬の日。町長の孫娘ネリーは暖房の効いた食堂で、祖母のアンナと一緒におやつを食べていた。
クッキーを頬張るとそれをそしゃくしてホットミルクで流し込む。そんな事を繰り返していたネリーは不意にある事を思い出し口にする。
「ねえ、おばあさま。おじいさまが言ってたんだけど、つのの生えたお馬が町に来てるんですって。見に行ってもいい?」
角の生えた馬。それはユニコーンと呼ばれ、通常は高位の貴族しか所持していない希少種。
その存在は有名だが一般人が目にする機会はほとんどなく、辺境の町に住む者では一生見る事がなくても不思議ではないくらいだ。
だがこの近辺を回っている行商人の一人がユニコーンの馬車を使っているため、この辺の町や村の住人は見た事がある者が多い。
当然この町に来るのも初めてではないのだが、ネリーはまだ一度も見た事がなかった。
「おや、そうなのかい。それはかまわないけど……一人で行っちゃだめよ」
「プリムも一緒よ」
ネリーがそう言うと、彼女のそばで浮いていた風のエレメンタル、プリムは胸を張る。
「ネリーの事はわたしに任せて」
「プリムを信用しないわけじゃないけど……お出かけするなら大人も一緒じゃないとねぇ」
そう言うとアンナは手を挙げ若いメイドを呼んだ。
「ハンネ、ちょっといいかい?」
「はーい。お茶のおかわりですか?」
そう言いながらお茶を用意しようとするハンネにアンナは軽く首を振る。
「そうじゃないのよ。ネリーがね、町に来てるユニコーンを見たいって言うの。明日、時間のあるときに連れて行ってあげてもらえないかしら?」
「わかりました奥様。それではお嬢様、明日の昼食後という事で良いですか?」
ハンネはアンナに返事をしたあと、ネリーにそう提案した。
それを受けネリーは笑顔で頷く。
「ええ、おねがいね。明日がたのしみだわ」
翌日。昼食も終わり食堂に居る全員で『ごちそうさま』の挨拶のあと、ネリーは席を立つとプリムと共にハンネのもとに駆け寄る。
「お昼ごはんはおわったわ。つのの生えたお馬を見につれてって」
そう言ってネリーはハンネの手を引き食堂を出ようとするが――
「お片付けがありますから、ちょっと待ってくださいね」
ハンネはそう答えると優しくネリーの手を振りほどき、テキパキと昼食の後片付けを始めた。
確かに昨日、昼食後と約束したが、アンナには『時間のあるときに連れて行ってあげて』と頼まれている。
片付けはメイドであるハンネの仕事なので、今は『時間のあるとき』という条件には当てはまらない。
「えー、約束したのに」
「ねー」
「終わったらちゃんと行きますから」
ネリーとプリムに非難され苦笑しつつハンネがそう言うと、一緒に片付けをしていた中年のメイドが言った。
「あとは私がやっておくからいっておあげなさいな」
「でも……」
それは申し訳ないとハンネはためらうが――
「ありがとう、サブリナ」
「ふふ。いってらっしゃい」
「ええ、いってきます」
「いってきまーす」
挨拶まで交わし、もはや行かない方が気まずい雰囲気となる。
「……すみません先輩。いってきます」
苦笑しつつそう言うと、ハンネはネリーの手を引いてプリムと共に食堂をあとにした。
年末に降った雪は、庭はもちろんの事その前の大通りにも残っている。そんなだいぶ前に降った雪を踏みしめ、ザクザクという音を立てながらネリーたちは歩く。
ハンネに右手を引かれながら歩くネリーは彼女を見上げながら言う。
「ねえ、ハンネはつののお馬を見た事あるの?」
「話で聞いたり絵を見た事はありますけど本物はないですね。プリムちゃんは?」
話を振られたプリムは、少し首をかしげたあと首を振る。
「んー、たぶんわたしもないわ」
「じゃあ、みんな初めてなのね。楽しみだわ」
そう言ってネリーは笑った。
行商人の馬車は荷物を運ぶときを除けば、基本的に町の入り口近くにある町営の駐車場に停めてある。
ここなら常時警備員がいて、人や物の出入りも管理しているので盗まれる心配があまりないからだ。
ユニコーンは行商人の馬車を引いているという話なのでたぶんそこにいる。
なのでネリーたちは住宅街を抜け商店街を通り町営の駐車場に向かって歩く。
ハンネはその間、自分の知るユニコーンに関する知識――例えばユニコーンは子馬から育てないと人に懐かないとか、貴族の馬車を引いている事が多いとか、野生のユニコーンでも風のエレメンタルとは仲良くなる事があるらしい事などをネリーに聞かせた。
「へー。じゃあ、プリムもつのの……ユニコーンと友達になれるかしら?」
「どうでしょう? 相性が良くないと駄目らしいので……」
そう話しながら自分に視線を向ける二人を見返すと、プリムはちょっと困ったような表情をしながら言う。
「わたしは別に馬と友達になりたいとは思ってないわ。だから期待されても困るんだけど……」
「えー、わたしは友達になりたいのに」
そんな話をしているうちに三人は駐車場に着いた。
「すみません、私は町長の家のメイドで――」
「わたしは町長の孫娘のネリー」
「わたしはプリムよ」
「ああ、町長さんちの……」
三人が警備の人たちに挨拶をするとその人たちも軽く会釈する。
「町長さんのお使いですか?」
警備員の一人がそう聞くと、ハンネは首を振って言う。
「いえ、ユニコーンがいると聞いて見に来たんです」
「わたし見た事ないの。ちょっとならいいでしょ?」
「見るだけならただよね」
三人がそう言うと、警備員たちは顔を見合わせる。
「町長さんちの人なら問題ないだろう」
「だな」
そして頷くと指を差しつつ言った。
「ユニコーンはあっち、奥の方にいるよ。メイドさんが一緒だから大丈夫だとは思うけど、あまり近づくと危ないから遠くから見るだけにしてくれ。あと、当然普通の馬だって危ないから近づかないようにな」
「はーい」
「わかったわ」
「はい。ありがとうございます」
ネリーが手を挙げ返事をしプリムも頷くと、ハンネも頭を下げ言われた通り駐車場の奥に向かった。