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ぐれぇのなんとか その1

 しとしとと雨の降る中、馬車は黙々と街道を進んでいた。


 今はまだ昼間だが、分厚い雨雲に覆われ辺りはやや薄暗い。雨が入らぬよう幌を閉め、御者台との間にはすだれをかけているので、荷車の中は明かりがないと良く見えないほどだ。


 そんな薄暗い荷車で、ステラはランプに付与したライトの明かりを頼りにケイトやシルフィと一緒に絵本を読んでいた。


 版画で印刷されたその本は、五英雄の一人、竜狩りの魔導師の絵本。


 内容はのちに英雄、竜狩りの魔導師と呼ばれるロットベルンが旅に出て、弟子たちと共にドラゴンを倒し故郷に国を興すというものだ。


 ページをめくりつつケイトはステラに読み聞かせる。


「俺たちで町を守るんだ! ロットベルンは弟子たちと共にドラゴンに戦いを挑みます。そして彼がドラゴンをやっつけると町の人たちは言いました。ありがとう、あなたは英雄だ。こうしてドラゴンを倒し人々を守ったロットベルンは、英雄、竜狩りの魔導師と呼ばれるようになったのです」


 うんうんと頷きながら聞いていたステラは、何かを思い出したように急に言う。


「あ、んとね。しゃるーも」


「え、何が?」


 意味がわからずケイトが聞き返すとステラは言った。


「しゃるーもどらごんやっつけた」


「え? ああ、シャルルさんも防衛に参加して、みんなとドラゴンから都市を守った事があるのね」


 ハンターには所属する都市がドラゴンに襲われたとき、防衛に参加する義務がある。


 セシルもハンター時代に参加した事があると言ってたし、シャルルもハンターだったと聞いたので、たぶんそれだろうとケイトは思った。


 だが――


「んーん。しゃるーがどらごんやっつけたの」


「え? 一人でって事?」


「うん」


 実際にドラゴンを見た事はないケイトだが、セシルの話や旅の途中で見た被害の爪痕などから、その強さと恐ろしさはなんとなく理解している。


 確かに単騎でドラゴンと戦える者が居るという噂はあるが、彼女にとってそれは五英雄や星の魔女と同じで物語の中の話だ。


 どうだとばかりに鼻息荒く胸を張るステラに対し、ケイトは諭すように言う。


「あのね……ステラちゃん。ドラゴンってすっごく強いのよ?」


「しゃるーもすっごくつよいよ?」


「そうそう。ごしゅじんさまにかかればドラゴンなんていっぱつなんだから」


 ステラの言葉に乗っかるようにシルフィも言うが、それに対しケイトは苦笑する。


 ちなみにそれを聞いて、さすがに一発は厳しいなぁ……とシャルルも苦笑するが、それには誰も気づかない。


「でもね、ドラゴンってすっごく強い戦士や魔術師がいっぱい集まって、それでみんなで戦っても簡単には倒せないの。だからシャルルさんがいくら強くたって一人じゃ無理よ」


 シャルルは実際に一人でドラゴンを倒している。


 だがステラは鉱山都市マギナベルクのときはまだ遺跡で眠ていたし、小都市グリュンバルトのときも伯爵邸で待っていたので現場を見ていない。


 そのためケイトが自信満々にそう言うとステラは少し尻込みする。


「だって……だって……みんなそーゆってたもん……」


「そーよ。ごしゅじんさまは英……強いんだから」


 頬を膨らますステラ。助け船を出そうとシルフィも言うが――途中でトーンダウンしてしまう。


 それは彼女がちらりと見たシャルルが、片目を瞑り人差し指を立てていたからだ。


 シャルルはもちろん自ら吹聴する気はないが、紅蓮の竜騎士とばれたからといって特に大きな問題があるというわけでもない。


 マギナベルクを出て約九ヶ月。この間、何もなかったのだから、さすがにもう追っ手を気にする必要はないだろう。


 とはいえやはり念のため、自分(紅蓮の竜騎士)とステラ(エトワール)がどこに居るのかは知られない方が良いとは思ってる。


 ばれても口止めしておけば良い程度にしか思ってないが、そもそも知られなければそれすらする必要はないのだ。


「もー。シャルルさんが大好きだからって嘘は駄目よ」


 ケイトがそう言うとステラは涙目で声を荒げる。


「だって、だって、みんなゆってたもん! しゃるーがどらごんやっつけたってゆってたもん!」


「どうした?」


 騒がしさが気になり、荷車と御者台の間に吊るしていたすだれを上げセシルが中を覗く。


 丁度そのとき、顔を真っ赤にしたステラが言った。


「しゃるーはえーゆーだって、『ぐれぇのなんとか』だってみんなゆってたもん!」


 二つ名。その多くは非凡な者がその功績や特徴によって、他人からそう呼ばれるようになるもの。


 だが、まれに自称する者も居る。


 自称者は魔術師に多く、得意な魔術のイメージと色を組み合わせる事が多い。


 例えば風の魔術が得意ならブルーサイクロン、火の魔術が得意ならレッドバーストといった感じだ。


 いわゆる若気の至りというもので、大抵の場合、恥ずかしい過去となるのだが――その名に恥じぬ実力者となり、自称していた二つ名が定着する場合もなくはない。


 セシルはシャルルが苦笑しているのを見て察する。


 ステラの言う『グレーのなんとか』は、たぶんシャルルが名乗っていた自称の二つ名――つまり恥ずかしい過去。となればこの話、なるべく早く終わらせてやるべきだ。


 聞いた感じでは、どうやらステラの言うシャルルがいかにすごいかという事が、あまりに突飛なためケイトは反論――というか突っ込みを入れている状態。


 ステラに折れる気はなさそうなので、話を終わらせるにはどんなに現実離れしてようと肯定するしかない。


 多少もやもやは残るだろうが、現実を知らない小さい子の言う事だと思えば気にならないし、そうすれば話も終わるだろう。


「ははは、そうか。シャルルはすごいな」


「セシル……」


 納得できないという感じでケイトはセシルを見るが、彼が何度もウインクするのを見てケイトも察する。


 そして自分の方がお姉ちゃんなんだから……とステラの言う事を否定するのをやめた。


 とはいえケイトもまだ子供。うまく返せず今まで否定的だったのに「そうなんだ」とか「シャルルさんはすごいね」など急激に肯定に転じてしまう。


 これだけ露骨だと馬鹿にされてる気分になりそうなものなのだが――精神的に幼いステラはそう感じず、やっとわかってもらえたと笑顔になった。


 気分を良くしたステラは饒舌に、意味不明な言葉を交えつつ語りだす。


 それはステラが目撃したシャルルが活躍したときの話。


 池に棲む水の獣をやっつけた事や、襲い掛かってきた数人のゴロツキをやっつけた事、ついでにシルフィが野犬を追い払ったりした事なども語った。


 ただ、ステラはそれらとドラゴンをやっつける事が同等であるような語り方をする。


 それを聞いてケイトとセシルは思った。


 ステラの言うドラゴンとは、たぶんそれに似た小型(といっても人よりは大きいが)の獣の事を言っているのだろうと。


 シャルルはそれに気づいていたが、もちろん訂正したりはしなかった。


 こうして誤解を残したままこの話は終了する。

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