勘かフラグか その3
馬車が停車すると荷車が少し揺れ、その振動のせいかステラが目を覚ます。
「うにゅ? とーちゃく?」
「うふふ。シャルルさんがお花を摘みに行くんだって」
寝ぼけ眼のステラに御者台から振り返りつつケイトが言う。
彼女も意味がわかるらしく笑っていた。
それを聞いたステラは――
「じゃーすてらも! すてらもおはなつむ。みんなにかんむりつくってあげる!」
そう言うステラを見て、この子には通じないか……とシャルルは笑いつつもこっそりシルフィに指示を出しておく。
「……できそうなら先に居る奴らを追っ払ってきてくれ。無理はするなよ」
シルフィは無言で頷くと飛んで行く。シャルルはそれを気づかれぬようにするため、少し大げさにステラに言った。
「知ってるか? 花を摘みに行くって言葉には、実はすごい秘密が隠されてるんだ」
「ひみつ!」
秘密という言葉にステラは目を輝かせるが、意味がわかっているセシルたちは笑い出す。
そんな彼らを不思議そうに見ながらステラは聞く。
「みんなはひみつ、しってるの?」
「ははは、まあな」
「うん……うふふ」
「あはは、知ってるよ」
セシル、ケイト、ホルガの三人が肯定すると、ステラはシャルルのローブを引っ張り訴える。
「すてらも! すてらもひみつしりたい!」
「どうしても?」
そう言うとシャルルは真剣な眼差しでステラを見つめ、ステラは緊張気味に頷く。
「うん。すてら、しりたい」
「そうか。実はな……」
「うん……」
もったいぶって言うシャルルにセシルたちは笑い、ステラは期待に目を輝かせる。
「花を摘むというのは――トイレに行くという意味だ」
「といれ? おしっことかの?」
「そう。トイレに行きたいって言うのが恥ずかしいとき、代わりに言う言葉だ」
シャルルがそう言うと、ステラは不思議そうに首をかしげセシルたちを見て言う。
「そーなの?」
笑っていた三人は無言で頷く。
「なんでおはななの? なんでといれってゆーとはずかしーの?」
「んー、それは大人になればわかるんじゃないか?」
「そうね。ステラちゃんも大きくなればわかると思うよ」
「まあ、僕は恥ずかしくないし、なんで花なのかは知らないけど」
「むー」
なんか納得いかないといった感じで頬を膨らませるステラ。そんな事をしているうちに戻ってきたシルフィが、こっそりとシャルルに言う。
「……ごしゅじんさま。ゴブリンがいたからおっぱらったよ」
「そうか、良くやった」
シャルルがほめつつ頭をなでると、シルフィは嬉しそうに目を細める。それに気づいたステラは、シャルルの胸元に頭をこすりつけながら言う。
「あっ、ずるい! すてらもっ」
それを頭をなでろという事だろうと察し、シャルルはシルフィをなでている手とは逆の手でステラをなでた。
「ところで――花は摘みに行かないのか?」
セシルの問いにそういえばそうだったな……とシャルルは苦笑する。
そもそも花を摘みに行くというのはシルフィが戻ってくるまでの時間を稼ぐために言った方便。したがって彼女が戻ってきた以上、もうその必要はない。
シャルルはばつが悪そうに軽く頭をかきながら言う。
「ああ、やっぱり良いや。それほど花を摘みたかったわけじゃないし、なんか大丈夫っぽい。それに森の中は危険だしな」
「我慢できるなら最初からそうしてくれよ……」
「ははは。すまん、すまん。進めてくれ」
「あいよ」
そして夕刻近く。特に何もなく目的地であるエーバに到着した。
「勘、外れちゃいましたね」
ホルガに言われ、セシルは首をかしげつつ答える。
「そうだな。しかし……勘が鈍ったか?」
「まあ、何もなかったんだから何よりだろ」
「確かにそうなんだが……」
そうは言うものの、納得できないのかセシルは不思議そうに何度も首をかしげていた。
そんな彼を見て、笑いながらシャルルは小さな声でつぶやく。
「お前の勘、たいしたものだぞ」