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異世界大陸英雄異譚 レベル3倍 紅蓮の竜騎士  作者: 汐加
第一章 エピソード2 希望の星(エトワール)は遺跡に眠る
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シーラン公子 その2

 マリオンが滞在する邸宅の一室。長方形の広間の中央にはじゅうたんが敷かれ、じゅうたんの両脇には数名の兵が並んでいる。


 そんな簡易謁見の間といった感じの部屋の奥で、それなりに豪華なイスに座る赤みがかった金髪ソバージュで小太りの男がいた。


 男はこの館の現主人、シーラン公子、マリオン・シーラン。彼の目の前に立っていたルーカスは、何かを話した後うやうやしく礼をする。


「報告は以上でございます」


 だが、彼はそう言った直後、たいした事ではないので忘れていたといった感じで思い出したように付け足す。


「あ、それから――ラーサー殿が挨拶についてなにやら言っていましたが、マリオン様のお時間を頂戴するほどの事ではないと判断しお断り致しました」


 それを聞いてマリオンは笑う。


「良い判断だ。公子たるこの私にこのようなみすぼらしい館を用意するような恥知らずの挨拶など不要。ラーサーのような下賎の輩の不快な顔をわざわざ見てやるほど私も暇ではないからな」


「ごもっともで」


 マリオンのために用意された邸宅はマギナベルクの貴族居住区の中では一番ではないものの、上から数えた方が早い程度には良い物件だ。


 この都市は貴族居住区でも空き地や廃屋のままの場所が多い事を考えると、公子とはいえ一時滞在者には過ぎたる物件と言えなくもない。


 つまりラーサーは、公子であるマリオンにそれなりに礼を尽くした対応をしている。


 だが、それがマリオンに通じる事は無いだろう。


 原因は二つある。


 一つはマリオンもルーカス同様に血筋に重きを置く、権威、血統主義者である事。そして、もう一つは彼とラーサーとの因縁にあった。



 リベランド三大公爵家(現四大公爵家)では無用な争いが起きぬよう、当主が壮健な内に爵位を継ぐ次期当主を決める慣例がある。


 当然長男が指名される事が多いが、能力や政治的理由などで次男や娘婿が継ぐ事もあり長男といえど必ず継げるとは限らない。


 フリーダン大公爵家は公子ハーランドと第一王女オリヴィアの婚約が決まったとき、婚礼の儀にて指名を宣言すると約束し、現在ハーランドは爵位を継いで大公爵になっている。


 オブシマウン大公爵家もフリーダン大公爵家にならい、公子ウィルバートと第二王女コーデリアの婚礼の儀にて指名を宣言した。


 三人いる王女のうち、二人が二つの大公爵家に嫁いだ事により、第三王女クローディアがシーラン大公爵家の公子マリオンに嫁ぐのも既定路線となっていたのだが――婚約前に親交を深めるべくクローディアがシーランを訪問したときその事件は起きた。


 ドラゴン。災害と恐れられるそれを前に、誰が何をできるだろうか?


 来訪した王女を歓迎すべくシーラン大公爵家のプライベートビーチで行われていたパーティでそれは海から出現した。


 マリオンは恐怖で動けなくなっていたクローディアを置いて一目散に逃げ出し、その失態により縁談は白紙となる。


 そのときドラゴンを倒しクローディアと海洋都市シーランを救ったのは、王女の護衛として帯同していた騎士、ラーサーだった。


 その功績で男爵に叙され特別に騎士団設立を許されたラーサーは、数年後ヒイロ騎士団と共にマギナベルクをドラゴンから開放する。


 そして『マギナベルクを攻略した未婚の貴族に王女を妃として与え、大公爵に叙すると共にマギナベルクの領有を許可する』という数代前の王が作り忘れ去られていた古き法『マギナベルク攻略特別法』に則り、未婚であった第三王女クローディアとマギナベルク大公爵の地位を手に入れた。


 縁談が白紙になったマリオンも関係を修復すべく行動はしたが反応は乏しく、その間にクローディアとラーサーの婚姻が決まる。


 これによりマリオンとクローディアの婚姻は完全になくなり、シーラン大公爵家はほかの大公爵家よりも現王家との繋がりが薄い状態になってしまった。


 その状態を憂いたシーラン大公は、状況を打破するために一つの案を実行に移す。


 それはマリオンの妹、公女ベアトリスと第二王子ギルフォードとの婚姻。


 この計画は順調に進み、すでにベアトリスとギルフォードの婚約は秒読み段階に入っている。


 だが、これによりマリオンは窮地に立たされていた。


 第二王子であるギルフォードは武勇に優れ、リベランド王国騎士団の上級副団長としてなかなかの実績を上げている。


 更に有事の際には王位を継ぐ可能性もある事から都市や国家の運営についての英才教育を受けており、その才能はすでに王位継承の指名を受けている第一王子エドワードを越えると言われていた。


 ベアトリスとギルフォードの縁談が進んでいる事が社交界に知れ渡ると、爵位を継ぐのはマリオンではなくギルフォードになるのでは? という噂が立つ。


 微妙な立場となったマリオンには適齢期を過ぎてもふさわしい結婚相手が見つからず、慣例になりつつあった婚約のときに次期当主の指名を確約し、婚礼の儀にて宣言するという事もできない状態が続いている。


 もちろんすぐ次期当主に指名してしまえば状況は改善され、マリオンにも良い縁談が来るだろう。


 しかし大公爵家のみならず海洋都市シーランの今後を考えると、失態はあれどなんの実績もないマリオンに継がせるより優秀で王家の人間でもあるギルフォードに継がせた方が良いのではないか? という意見が出るようになる。


 もはやマリオンが爵位を継ぐには何か大きな実績が必要という状態だ。


 だが、マリオンも馬鹿ではない。ベアトリスとギルフォードの縁談が進んでいる事を知ったとき、いずれこういう状況になるだろうと想定していた。


 武勇や才能に優れるわけではないマリオンが作れる実績。それはシーラン及びリベランドに、何か特別なものをもたらす事くらいだろう。


 大陸に残る古代魔族の遺跡。


 そこには現代の技術では作成不可能なアーティファクト(古代魔族の遺産で魔法道具などを指す)や高度な魔術や秘術が眠り、発見されたものが国の発展に大きく寄与する事も少なくない。


 その重要性からリベランドでは遺跡付近を領有する真王リベリアス(初代王リベリアス一世)の血を引く王族や大公爵家の者しか調査する事を許されておらず、発見されたものの一部を国王に献上する事が義務づけられている。


 マリオンが担当した海洋都市シーランに付随する小都市マリーウッド付近で発見された遺跡の調査では、実績と呼べるほどのものは発見されなかったが貴重な情報が発見された。


 それは古代魔族がドラゴンに対抗すべく作った生体兵器の情報。


 それにより『エトワール』と呼ばれるそれがマギナベルクに程近い遺跡に眠っている可能性が高い事が判明する。


 これをマリオンがシーランにもたらす事ができれば、爵位を継ぐのに十分な実績となるだろう。


 本来遺跡の調査権はその付近を領有する大公爵にあり、情報提供程度なら重要度に照らし合わせ、礼金や発見されたアーティファクトの一部を譲渡される程度でしかない。


 だがマリオンはマギナベルクを領有するラーサーが『真王リベリアスの血を引く』という条件を満たさない事や、マギナベルクの現状では遺跡調査に人員を割ける状態にない事などを主張。


 更に父であるシーラン大公の口添えやマリーウッドでの遺跡調査の経験と実績も主張し、発見したアーティファクトの大半をマギナベルクに渡すという条件で、王からマギナベルクの遺跡を調査する許可を得る事に成功する。


 そして今、起死回生の実績を上げるために彼はマギナベルクに来ていた。



 マリオンにはラーサーさえいなければ大公爵になる権利を脅かされこんな苦労をする事もなく、クローディアを妃に迎えとっくに次期当主に指名されていたはずだという思いがある。


 もしラーサーがいなければドラゴンが現れたあの日、逃げ遅れたクローディアは死んでいたかもしれないし、そうなれば王家とシーラン大公爵家の関係は冷え込み、置き去りにして逃げたマリオンの立場は今より悪くなっていただろう。


 それにシーランにも大きな被害が出ていたはずで、マリオン自身にも命の危険があった可能性もある。


 だが、彼がそういう風に考える事は無い。


 悪い事が起きたときは自分の外に原因を求め、良い事は当然の事として受け取る。そういう性格であるマリオンは、ただただラーサーのせいでこうなったと恨んでいた。



 報告が終わり横に控えていたルーカスにマリオンが問う。


「そういえば、明日の予定はどうなっている?」


 ルーカスは懐から手帳を取り出し確認しながら答えた。


「明日は早速遺跡に先遣隊を向わせ現地状況の調査を行います。状況によってはご指示をいただく必要があるかも知れませんので、マリオン様のご予定は空けてございます」


 マリオンは頷きながら答える。


「なるほど。なら、屋敷から出なければ予定を入れても問題ないという事だな?」


「おっしゃる通りでございます」


 そして、マリオンは少し考える仕草をしてから言った。


「例のグレンのなんとかとかいうハンター……」


「先日ドラゴンを倒したという噂の『紅蓮の竜騎士』なるハンターでございますね」


「そうだ。ソレを見てみたい。明日ここに召喚しろ。もし噂どおりで使えそうな者なら配下に加えても良い」


 それを聞いてルーカスは少し渋い顔をした。


「配下? 家臣にするという事でございますか?」


 確かに本当に噂どおりでドラゴンを倒せるような者ならば、マリオンの大きな力となる可能性もあるだろう。


 しかしハンターのような下賎の輩は栄誉ある公子の家臣として相応しくないのではないかという思いもある。


 マリオンの家臣は貴族が多く、貴族でない者でも騎士の子弟など貴族の紹介による家柄の良い者たちで、ハンターのように出自が曖昧で素性の知れないような者は一人もいない。


 だがルーカスの表情を見て察したマリオンは軽く笑いながら言う。


「ふふ……私とてハンターのような下賎の輩を家臣にするつもりはないぞ。もし噂どおりの力があるのなら、下僕として使ってやっても良いと考えたまでよ。力というものは私のような高貴な者が使ってやってこそ真価を発揮するからな」


 それを聞いて安心したルーカスは表情を緩める。


「なるほど、それは良き考えかと。でしたら明日の午後、こちらに召喚致しましょう」


「遺跡にグレンのなんとやらか。明日が楽しみだ」


 そう言うとマリオンは声を出して笑った。

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