マギアブレード その2
グリュンバルト滞在中のある日。
シャルルが部屋で本を読んでいると、ナスターシャのところに遊びに行っていたステラがシルフィと共に甘い香りを漂わせながら戻ってきた。
そして彼女はシャルルのところに駆け寄ると、嬉しそうに彼の手を引っ張りながら言う。
「あのね、あのね。えっと……ひみつなの。みるまでひみつなの」
「そうか……」
匂いから考えてまたお菓子を作ったんだろうな……とシャルルは思うが――ステラが『見るまで秘密』と言っているのでそれを口に出したりはしない。
さて、どう知らん振りしながら話を進めたものか……と思案していると、シルフィがステラに耳打ちするのが聞こえてきた。
「……そうじゃないでしょ。お茶のじかんだからって言って連れてきてって、ナスターシャが言ってたじゃない」
「あっ! そーだった! どーしよー?」
そして二人はひそひそと話し始める。まあ、部屋には三人しかおらず静かなので、シャルルにもばっちり聞こえているのだが。
「……今からでもそう言ってごしゅじんさまを連れていけばいいのよ」
「……うん、そーする」
そして話がまとまるとステラは再びシャルルに向き直って言う。
「あのね、おちゃなの。だから、いっしょに……おちゃなの」
「ああ、そろそろそんな時間だな。食堂で良いのか?」
「えーっと……」
「バルコニーです。今日のティータイムはバルコニーでなんです」
再び詰まるステラにシルフィがフォローを入れる。するとステラも乗っかるように言う。
「そーなの。だからばるこにーにいっしょにいくの」
「わかった。じゃあ、みんなで行くとしよう」
そして、シャルルはステラに手を引かれながらバルコニーに向かった。
迎賓館二階のパーティルーム。そこには下階の屋根部分を利用した、そこそこ広いバルコニーがある。
庭園が一望できるその場所は伯爵邸の中でも有数の絶景スポット。常に数組の白い円形テーブルとイスが置いてあり、天気の良い日には迎賓館に滞在している客がランチやティータイムに利用する事もある場所だ。
ステラに手を引かれやってきたシャルルを見て、お茶の準備をしていたメイドのカロリーネが一礼する。
テーブルの一つに着いていたルドルフもシャルルに気づき立ち上がり、続けて同じく席に着いていた夫人とナスターシャも立ち上がった。
「ようこそ。さあ、こちらへ」
ルドルフの言葉に合わせ、夫人とナスターシャは優雅にお辞儀する。
「恐れ入ります」
シャルルは礼を返しつつ、ルドルフの言葉に従い彼らと同じテーブルの席に着く。
テーブルにはナスターシャを中心に、彼女の左手側にルドルフ、右手側に夫人という形。それに対しシャルルたちは、ナスターシャの対面にステラ、その右手側にシャルル、左手側に席には着かず浮いているシルフィという形だ。
テーブルの中央には少し不恰好にデコレーションされたホールケーキがありステラはそれを指して言う。
「あれね、すてらとたーしゃでおかざりしたの」
「そうか。きれいにできたな」
「うんっ」
シャルルが頭をなでるとステラは嬉しそうに目を細める。
向かい合った席でナスターシャも言う。
「果物は私が切ったのよ」
「まあ、刃物を持つなんて」
「大丈夫よ、お母様。リーナが一緒なんだから。ね」
そう言うとナスターシャはお茶の準備をしているカロリーネを見て微笑む。
それに笑みを返しつつカロリーネは言う。
「ご安心ください奥様。お嬢様が刃物に触れる際は特に注意を払っております」
それでも子供に刃物を持たせるなんて……そんな思いから夫人は少し渋い顔をする。
だが、フォローするようにルドルフは言った。
「カロリーネがそう言うのなら大丈夫だろう。ターシャも少しずつそういう事にもなれていかなければならんしな。今後もターシャの事を頼むぞ」
「はい。お任せください」
そしてお茶の準備が終わるとカロリーネはケーキのカットに入る。しかし、ケーキはやや不恰好にデコレーションされているためナイフが素直に入らない。
それを見て、これは形が崩れそうだな……とシャルルは思ったが、淡く光ったナイフが驚異的な切れ味を見せきれいに切り分けられていった。
皿に盛られ各々の席に置かれたケーキを見つつシャルルはステラに聞く。
「ステラがやったのはお飾りだけか?」
「んとね。すてら、くりーむふわふわにした」
ステラがそう言うと、足りない言葉をカロリーネがフォローする。
「メレンゲやクリームのホイップなどをお手伝いいただきました」
「なるほど」
さっき聞こえてきた話では、ナスターシャは刃物で果物を切ったという。
それに対しステラは危険のない混ぜる作業。
それはよその子だからなのか、ステラが危なっかしいからか……まあ、両方かな、とシャルルは思う。
「シルフィは何かしたのか?」
「えっと……わたしはステラの手伝いをしました」
「いっしょにくりーむぐるぐるしたの」
「そうか。じゃあ二人ががんばってふわふわにしたクリームをいただくとしよう」
そう言うとシャルルはケーキにフォークを付き立て、その一部を口に運ぶ。そして食べている様子をじっと見つめる二人に微笑みかけた。
「ふふ、ふわふわだな」
「うん!」
「はい!」
こうして和やかな雰囲気でティータイムは進む。そしてケーキも食べ終わりそろそろお開きといった頃、ナスターシャは言った。
「ねえ、ステラ。おやつのあとはお爺様の書庫に行きましょ」
「うん」




