マギアブレード その1
小都市グリュンバルト。魔導帝国に属するこの都市に接近しつつあったドラゴンは、『たまたま居合わせた』第三の新英雄と噂される紅蓮の竜騎士によって討伐された。
紅蓮の竜騎士の圧倒的な強さは現場に居た多くの兵士やハンターたちが目撃しているが、討伐の前もその後も、彼の姿を目撃した者はいない。
ドラゴン討伐の翌日。朝食を終えたシャルルたちは、伯爵邸の迎賓館にある部屋でゆったりとした時間を過ごしていた。
イスに腰掛け読書をしているシャルルにベッドで左右にごろごろと回転しながらステラが聞く。
「しゃるー、きょーはなにするの?」
「そうだなぁ……」
この都市でやる事はもうないので、シャルルとしてはとっとと次の目的地である小都市ケルブリッツに向け出発したい。とはいえ、ちょっと放置したままにはしたくない案件もある。
宿場町ランジュルングでは大口を叩いた上で速車を借りた。
シャルル自身はその大口にたがわぬ、いや、それ以上の活躍をしたのだが――それはあくまで『紅蓮の竜騎士』の活躍であり、帝国特務騎士シャルルの活躍ではない。
つまり、ランジュルング子爵からみれば、シャルルは大口を叩いて速車まで借りていったのに、結局何もしなかったという事になる。
単に子爵にどう思われるかという程度の話なので放置しても良いと言えば良い。
だが、やはりばつが悪い感じがするので、例えば伯爵から『活躍の機会はなかったが、来てくれただけでもその心意気が嬉しい。協力してくれた子爵にも感謝する』的なフォローくらいは欲しいところ。
この都市を出る前に一度は伯爵とそういう話をしておきたいのだが、事後処理に追われる伯爵が時間を取れるようになるには数日は必要だろう。
ドラゴンは倒され危機は去った。しかし、それですべてが終わるわけではない。
都市は防衛のため法に基づき民間であるギルドを強制的に動かした。制限をかけたり物資や人員の協力を要請したりと損害も与えている。
そのため補償などについて協議しなければならない。
それらは基本的に役所の仕事ではあるのだが、都市の最高責任者である伯爵も無関係というわけにはいかないのだ。
伯爵の時間が取れるようになるのはいつ頃になるか、あとで執事にでも聞いてみるか……シャルルがそんな事を考えていると部屋にノックの音が響いた。
「朝から失礼する。ルドルフだ」
ルドルフ? と昨日と同じような事を一瞬だけ思ったシャルルだったが、すぐ伯爵の名前だった事を思い出す。
そして飽きもせずベッドでごろごろ回転し続けているステラを一瞬だけ見るが、まあ良いか……と放置。自身はイスから立ち上がった。
「シルフィ、扉を開けて差し上げろ」
「はーい」
ステラのそばに浮いていたシルフィは返事をすると扉に向かう。
そして扉が開かれ部屋に入ってきたグリュンバルト伯爵ことルドルフは、シャルルに深く頭を下げながら言った。
「本来は昨晩の内に訪ねるべきだったのだが……色々と立て込んでいて今となってしまった事をまずは謝罪する。そして改めて礼を言わせて欲しい。この都市を救ってくれてありがとう。あまりの事にどう謝意を伝えて良いかわからないが――可能な限りなんでもするつもりだ。相応の礼をさせて欲しい」
それに対しシャルルは少し考えるそぶりを見せてから言う。
「まあ、感謝は勝手にしてくれてかまわない。別に減るものでもないしな。 だが、ドラゴン討伐はステラとの約束のためにやった事だ。この都市やあなたのためではない。 確かに皇帝であるヴォルフに借りを返すと意味合いもあるので帝国のためではある。 とはいえ万難を排し駆けつけたわけでもなく――単にここが私の手の届く範囲にあったから来たに過ぎない。 そして私の目的を果たすため、伯爵には色々とフォローしてもらった。 今回の件についてはもう少しフォローを頼みたい事柄もある。礼をしたいと言うのなら、それをきっちりやってくれるだけで十分だ」
「それでは私の気が――」
手を広げジェスチャーを交えつつ食い下がろうとするルドルフ。それに対しシャルルは笑いながら言った。
「気が済まない――ですか? しかし、もうこの都市にドラゴンを討伐した紅蓮の竜騎士は居ないのです。 ここに居るのは帝国特務騎士シャルル。ランジュルング子爵閣下から速車までお借りして駆けつけたは良いが、結局何をする事もなかった者。 今、私が望むのは、無意味になってしまった私の行動に対するフォロー。ついでにまた乗合馬車の予約でもしていただければ申し分ありません」
「ふむ……フォローと乗合馬車の件については承ろう」
「できれば口裏を合わせるために詳細を詰めたいので、お時間をいただきたいのですが……」
シャルルがそう言うと、ルドルフは懐中時計を出して言う。
「申し訳ないが昨日の件で処理しなければならない事が山積みでな。今日ももうすぐ出かけなければならないのだ。無論、どうしてもと言うのなら無理にでも時間を作るが、可能なら少し待ってもらえないだろうか?」
可能な限りなんでもすると言っていたルドルフだ。頼めば今からでも話はできるだろう。
だが、シャルルはここでやる事がないだけで、急いで目的地に行かなければならないわけでもない。
「わかりました。急ぎませんのでお時間をいただけるようになりましたらお知らせください」
それから数日後、シャルルは時間を作ってくれたルドルフとフォローについて話し合った。
しかしすぐに出発とは行かない。予約した乗合馬車の出発が二週間くらいあとだったからだ。
なので結局シャルルたちは、しばらくの間グリュンバルトに滞在する事になった。