紅蓮の竜騎士、再び その4
シャルルの要請に伯爵は少し考える。
部屋へ案内人が同行するのを拒否し、そしてその部屋に一人で来いと言う。
素性の知れぬ相手ならあからさまに身の危険を感じるような事案だが、彼は『ほかの人には見せられない皇帝陛下に関するもの』を見せたいと言った。
理由が理由だけに拒否するのはさすがに問題がある。ここは彼を信じて要請通り一人で行くしかないだろう。
「……わかった。あとで行くとしよう」
「よろしくお願いします」
そう言って伯爵に頭を下げてから、シャルルはナスターシャやカロリーネとじゃれているステラとシルフィを呼ぶ。
そして二人と共に、伯爵や夫人をはじめ、出迎えてれれた人々に挨拶をした。
その後シャルルはステラの手を引いて部屋のある迎賓館に向かって歩き始める。
ステラは時々後ろを振り返り、いつも通り繋いでない方の手をいつまでも振っていた。
部屋に到着するとシャルルは早速ドラゴン装備に換装。そして久しぶりにその格好を見たステラや、初めて見るシルフィがはしゃぐのをあやしつつ伯爵の到着を待った。
しばらくするとシャルルの指示で周囲を警戒していたシルフィが言う。
「ごしゅじんさま。誰かがこっちに向かってくるよ」
「人数は?」
「ひとりみたい」
「伯爵か?」
「さあ……」
シルフィは首をかしげる。
シャルルは苦笑しつつ、そういえば大きさがわかる程度で人物を見分けるほどの精度はなかったな……と思う。
そして間もなく、部屋にノックの音が響く。
「私だ。ルドルフだ」
ルドルフって誰? とシャルルは一瞬思う。
だが声が伯爵だし、状況から考えてそれ以外はありえない。
初めて会ったときからあだ名や役職で呼んでた人の本名を覚えてないとか、良くある事だよな……と苦笑する。
「お待ちしておりました、閣下。シルフィ、扉を開けて差し上げろ」
「はーい」
そしてシルフィが扉を開けると――
「な、何奴!?」
見覚えの無い竜を模したような赤い鎧を身に着けた人物。それを見てルドルフは警戒し腰に提げた剣の柄をつかむ。
刹那の緊張が走る中、シャルルは苦笑しつつ言った。
「お越しいただきありがとうございます、閣下。しかし、少し驚かせてしまったようで……」
そして竜の頭を模したような兜を外す。
すると濡れたような漆黒の長い髪が肩口の少し先まで流れるように滑り落ち、伯爵――ルドルフの良く知るシャルルの顔が現れる。
「シャルル殿……なのか?」
「はい」
「しかし、その姿はまるで……いや、そういう事なのか?」
シャルルと紅蓮の竜騎士の話をした直後、噂されるそれらしき姿を彼がしているのだ。よほど察しの悪い者でない限りは気づく。
「ふふ、お察しの通り。私が紅蓮の竜騎士だ」
「新英雄、紅蓮の竜騎士が特務騎士になっていたとは……」
「それについてなんだが――」
シャルルはルドルフに自分と皇帝――ヴォルフの関係について語った。
「つまり……特務騎士というのは形だけで、貴殿は皇帝陛下に忠誠を誓う騎士ではないと」
「そういう事だ。まあ、ヴォルフと事を構えるつもりは微塵も無いがな」
「しゃるーとおじーちゃんは、ともだちだもんね」
ステラが嬉しそうにそう言うとシャルルも微笑む。
「そうだな」
二人の様子を見てルドルフは思う。
元々疑っていたわけではないが、この子を見る限りシャルルの言う事を信じても良いのではないだろうか……と。
シャルルはステラの頭をなでながら言う。
「私はこの子が友達を、ナスターシャ嬢を助けたいと言うのでここに来た。 ついでに帝国騎士の権限をくれた我が友、ヴォルフへの借りも返すためにな。 しかし、特務騎士シャルルと紅蓮の竜騎士が同一人物である事が世間に知られるのはちと困る。 そこで色々とフォローをしてもらいたいと思い貴殿にだけ明かした。 貴殿とはまだ短い付き合いだが――信用に足る人物だと思っている。 頼めないだろうか?」
「是非も無い。シャルル殿はこの都市の危機を救ってくれると言うのだ。できる限りの協力を約束しよう」
そして――その日『たまたまこの都市に居た』紅蓮の竜騎士によりドラゴンは討伐された。
紅蓮の竜騎士がドラゴンを倒すところを見た一般人は居ない。だが、ドラゴンからこの都市を守ろうと現地で待ち構えていた兵士やハンターたちは、紅蓮の竜騎士の噂にたがわぬ圧倒的な力を目撃する。
そして二度目のドラゴン討伐に成功し、小都市グリュンバルトをドラゴンの脅威から救った英雄、紅蓮の竜騎士の名は、この都市のみならず帝国中、いや、大陸中を再び駆け巡る事になった。