プレイヤー その3
シャルルとラーサーは互いに別の事を考えながら形式ばった会話をし、そして互いに考えがまとまった頃、本題に入る。
「感謝の印……と言うわけでもないが、報奨金を用意した。こういうのに相場はないのでハンターギルドのギルドマスターの意見を参考に、金貨を1000枚ほど用意してある。納めてくれ」
ラーサーが軽く手を挙げると、騎士の一人が金貨が入った袋と思われるものを乗せたワゴンを押してきた。
「ありがとうございます」
感謝の意を示しつつもシャルルは思う。あのときブルーノに2000枚と言わせていれば、2000は無理でも1500くらいはいけたかもしれないなと。
確かに都市に被害なくドラゴン討伐ができた事を考えれば金貨一万枚でも良い案件ではある。
もし依頼という形なら、金貨数千枚くらいは出す都市も少なくないだろう。
だが、今回はハンターの義務である都市防衛法に則った協力に対する報奨金。そう考えると破格と言えなくもない。
「私としては都市を救った英雄に対し、もっと報いたいという思いもあるが――都市の許可を得て運営されているとはいえハンターギルドは都市とは別組織。互いの立場というものがあるのは理解してくれるな?」
「はい」
何か含みがあるな。そう感じつつもシャルルは頷く。
「そこで提案なのだが……仕官する気はないか? 私の臣下という事であれば、都市を救った英雄にふさわしい地位を用意できるのだが」
それを聞いてシャルルは理解した。つまり、ラーサーはシャルルをうちに取り込もうとしているのだ。
ラーサーにとってシャルルは脅威となりうる存在だが、配下として地位を与え飼いならす事ができれば心強い味方にもなりうる。
これはシャルルにとっても悪い話ではない。
強い力を持っているとはいえ所詮はレベル2ハンター。市民としての地位は低く制限も多い。
仕官してそれなりの地位が与えられれば快適な暮らしが約束されるだろう。
だが、シャルルにそれを受ける気はない。
せっかくしがらみのない自由な世界でそれを犯されないだけの力を持っているというのに、誰かの臣下となってしまえばそのしがらみのない自由を手放す事になる。
さすがにそれは御免こうむりたいというもの。
とはいえ下手な断り方をしてラーサーの不審や不興を買ってしまえばこの都市で暮らしづらくなる。そうならないようにうまく断る必要があるだろう。
シャルルは少し考えた後、ゆっくりと口を開き言った。
「閣下のご提案、とても光栄な事ではございますが……私はハンターという仕事を気に入っております。今回のようにハンターの身であってもこの都市に貢献する事はできるでしょうし、今後もハンターとしてこの都市の発展に貢献していきたいと考えております。閣下におかれましてもご依頼いただければ、臣下という立場でなくともハンターとしてご協力させていただく事ができましょう」
それを聞いてラーサーは思った。まあ、そうなるだろうな……と。
確かに今でこそ王の臣下という立場でマギナベルクの領主をやっている彼だが、こっちに来てハンターを始めた頃は誰かに仕えようなんて思いもしなかった。
当時なら誘われても断っていたはずだ。
だが、臣下にするだけがうちに取り込む手段ではない。
今のところシャルルの発言や態度から敵意は感じられないし、レベル2ハンターという立場上、すぐにこの都市を離れるという選択肢も無いだろう。
ならば無理をせずゆっくりと信頼関係を築いていけば良い。
「わかった。残念ではあるが、無理強いするつもりはない。ところで私も昔、『故郷を離れ』ハンターをやっていた事があってな、『似た境遇』の者として理解しあえる部分もあるのではないだろうか? そういう部分も含め、君とは良い関係を築いて行きたいと思っている」
シャルルはラーサーの意図を汲み取る。
つまるところ、異世界に飛ばされた者同士、仲良くやっていこうじゃないかという事だ。
「私もそうありたいと望みます」
二人は互いに笑顔を見せ、軽く頷いた。
その後、懇親会を兼ねた昼食に誘われシャルルはラーサーや騎士たちと昼食を共にする。
そこでラーサーやシャルルがした話は、二人以外がしたのであれば誇張された与太話にしか聞こえなかっただろう。
だが、騎士たちはこの二人ならば……と関心仕切りだった。
ちなみに報奨金はシャルルの「こんなに持ち歩けないし置いておく場所も無い。ギルドの口座に振込みにしてもらえないだろうか?」という希望で振込みになる。
そのときラーサーは「これは配慮が足りなかったな」と苦笑していた。
英雄祭は都市全体でおこなわれるが、その中心は南門から商業地区を真っ直ぐ北に抜けた場所にある中央広場。
普段から人の多い場所だが今日はいつも以上に混雑し、特に特設ステージは前の出し物であった演劇が終わり片づけをしている最中だというのに次の催しを待つ人々で込み合っている。
そんな中央広場を目指し、緑のポニーテールを揺らしながら姉の手を引くエルフの少女がいた。
彼女の名はソフィ。
約二ヶ月前に姉と共にマギナベルクに移住してきたこの少女は、魔術の才能があり見習いとはいえハンターギルドに所属するハンターだ。
「お姉ちゃん、早く早く」
「わかったから、そんなに引っ張らないで」
妹と同じ緑の髪と緑の瞳。髪型がショートである事と少し背が高い事以外は良く似た姉のエリスだが、薬師として薬屋で働く彼女の格好は魔術師とはいえハンターであるソフィとは違いスカートも長く走りやすい格好とは言いがたい。
つまづきそうになったエリスは足を止め、肩で息をしながらソフィに言う。
「はぁはぁ。そんなに、急がなくても、大丈夫よ」
「だって3時からなのに、もう3時の鐘は鳴っちゃったんだよ」
「聞いた話だと、いつも、3時ぴったりには、始まらないらしいし」
「でもっ、でもっ」
「そうね。できるだけ急ぎましょう」
「うん」
そして二人はゆっくりと駆け出し中央広場に向う。
特設ステージの次の予定は領主の挨拶だが、二人の目当ては領主のラーサーではない。
領主の挨拶はドラゴンが倒されこの都市が守られたという報告と、都市を守った英雄――つまりラーサーを、守られた市民が賞賛するというラーサーの権威を示すためのもの。
しかし今回都市を守った英雄はシャルル。
だから必ずシャルルの紹介があるはずで、二人はそれを見に行くために店に時間をもらって中央広場を目指している。
ソフィはドラゴンが現れたあの日、都市の防衛に参加し門の上にいた。そしてドラゴンの放った魔力弾で絶体絶命のところをシャルルに助けられている。
もっとも、シャルルに助けたという意識はないだろうが。
そして自分の命の恩人であるシャルルがドラゴンを倒す様子を、門の上という特等席で見てすっかりファンになってしまった。
ギルドでは声をかけられず礼も言えていないソフィだが、最近はエリスにシャルルの事ばかり話している。
エリスも妹の命の恩人で都市を救った英雄に興味はある。
とはいえ、さすがにハンターギルドに見に行く勇気はないのでこの機会に見てみたいと思っていた。
ようやく中央広場に着いた二人は息を整えつつ特設ステージに向って進む。
そのステージでは忙しそうに片付けと準備がおこなわれていた。
エリスはそれを指して言う。
「ほら、まだ始まってないみたいよ」
「でも、良い場所とられちゃう。早く早く」
苦笑しつつソフィに手を引かれながらエリスは思う。
すっかりファンなんだなぁ。
そして二人がそれなりの場所を確保した頃、ステージ上に司会者らしき男が出てきて言った。
「皆様、大変お待たせ致しました。それでは鉱山都市マギナベルク領主、マギナベルク大公爵閣下のご挨拶です」
楽団が奏でるファンファーレと共に沸き起こる観客の拍手と声援の中、マギナベルク大公ラーサーが登場し手を挙げて声援に応える。
そしてその手を下ろすと広場は静まり、人々はラーサーの言葉を待った。
「皆も知っての通り、私の不在中にこの都市の近くにドラゴンが出現するという危機的状況があった。そのときこの都市を守るべく立ち上がった者たちの勇気に私は感謝している。そしてその勇者たちが一人も欠ける事なく都市が守られたのは、皆も知っての通り一人の男のおかげだ。紹介しよう。単騎でドラゴンを討伐したマギナベルクの新しい英雄、『紅蓮の竜騎士』ことシャルルだ」
ラーサーの呼びかけと同時にファンファーレが鳴り響き、シャルルがゆっくりとステージに上がって来る。
その姿を見た観客からは拍手や歓声、『紅蓮の竜騎士!』や『マギナベルクの新しい英雄!』といった掛け声と若干の黄色い声があった。
ギルドでは声をかける事ができないソフィもここぞとばかりに声を張り上げる。
「シャルルさ~ん」
シャルルは声援に軽く手を挙げ応え、そして会場が静かになってから口を開く。
「知っている者もいるかもしれないが――私がシャルルだ。私はこのマギナベルクに来てまだ三ヶ月程度と日も浅いが、この都市が気に入っている。この都市はまだ発展途上ではあるが、いずれは大陸有数の大都市となるだろう。私はこの都市のハンターギルドに所属する者として、市民と共にそれに貢献して行くつもりだ」
そして、拳を突き上げ言った。
「マギナベルクに栄光あれ」
それに呼応して観客たちからは大歓声が沸き起こる。
「素晴らしい」
そういって拍手をしながらラーサーがシャルルの隣に立つと、観客に向って宣言する。
「マギナベルクはこれからも発展して行く。市民と! 私と! そして新しい英雄『紅蓮の竜騎士』と共に!」
ラーサーが右手を差し出し、シャルルはその手を握り返す。
中央広場は大歓声に包まれ『英雄公万歳!』『マギナベルク万歳!』『紅蓮の竜騎士万歳!』といった掛け声が飛び交った。
「シャルルさ~ん」
声を張り上げつつソフィが手を振ると、それに気づいたのかシャルルはソフィのいる方に向かって軽く手を振る。
「お姉ちゃん、シャルルさんが私に手を振り替えしてくれたよ!」
興奮気味に言うソフィにエリスは心の中で、よくギルドで見てる人でしょ……と思ったが口には出さず、本当に好きなんだなぁと、しみじみ思う。
そして改めてシャルルを見ながらエリスは思った。
すごい派手な格好の人だなぁ……。