小さな魔女と約束 その3
「んとね。おひげの――」
ドラゴンの事をどこで知ったのか。そんな伯爵の質問にステラは答えかけるが――シャルルはそれに重ねて言う。
「相手もある事なので情報源は明かせません。たまたま小耳に挟みました」
シャルルとしては言ってしまっても痛くも痒くもない。だが騎士の権威で聞き出したようなものなので、それで親方に何かペナルティがあったらかわいそうだと思い隠す事にした。
シャルルの思いをなんとなく察したステラは、両手を口にあて『もうしゃべらないぞ!』という感じで口を強く結ぶ。
そんなステラを見て微笑みながら子爵は続ける。
「そうでしたか。ドラゴンが現れたという知らせは昨晩届きました」
「という事は、既に交戦中という事ですか?」
「たーしゃ……」
シャルルの言葉にステラは泣きそうな顔でつぶやく。
「いえ、それはまだでしょう。交通を止める指示が出ていませんので」
「交通を止める?」
意味がわからずシャルルが首をかしげると、それを見て子爵は不思議そうな顔をした。
ドラゴンに襲われた場合、抵抗できるだけの力が無い村や町ならただ逃げるしかない。だが、普通の都市はドラゴンに対抗できるだけの戦力を保持しているので必ず撃退や討伐を試みる事になる。
とはいえドラゴンと戦うには都市の全戦力をもって当たる必要があり、どうしても治安維持が難しい状況になってしまう。
そのため都市は状況が落ち着くまでの間、人の出入りを禁止して封鎖するのだ。
都市が封鎖されると訪れた人々は中に入れない。そうなると引き返すか封鎖が解除されるまで門の外で待つ事になるのだが――ドラゴンの襲撃場所によっては危険である事もあるし、引き返すのが難しい場合もある。
仮に危険がなかったとしても、門の外に人が溜まるのは問題だ。
それを防いだり緩和したりするため、ドラゴンとの戦闘が避けられないと判断した場合、都市は近隣の町や都市に交通を止めるよう指示を出す事になっている。
これは都市やその近隣の町に住む者、旅をするような者なら知っていて当然の知識――いや、常識だ。
もちろん都市から離れた町や村に住む者なら知らなくても不思議ではないのだが、特務騎士がそれを知らないというのは普通考えられない。なので子爵は不思議に思ったのだ。
「――とまあ、こういう理由で交通を止めるのです」
シャルルは子爵から理由を聞き理解した。
親方の仕事は長期に渡る仕事であるため、開始してからドラゴンとの戦闘が始まると面倒な事になる。だから早めに連絡が来たのだろう。
つまり、まだドラゴンは存在が確認されただけで、グリュンバルトが襲われるかどうかはわからない状況という事だ。
「ねー、しゃるー。たーしゃはだいじょーぶなの?」
「ああ。まだグリュンバルトはドラゴンに襲われてないらしい」
「はー、よかったー」
シャルルの言葉に安心し、ステラは緩んだ顔で大きく息を吐く。そんなステラを見ながら、まだ余裕はありそうだなとシャルルも考えていた。
だが――すばやいノックが響くと慌てて一人の男が部屋に入ってくる。
「し、失礼します」
「来客中に何事か?」
「そ、それが……とにかくこれを」
子爵は渋い顔をするが渡された紙を見ると青ざめ、そして立ち上がると言う。
「すぐにグリュンバルト方面への交通を止める指示を出せ! 既に出発してしまった者もできる限り引き返させるのだ!」
「承知致しましたっ!」
指示を受けた男は入ってきたときと同じように慌てて部屋を出て行った。黙ってその様子を見ていたシャルルだったが、そろそろ良いだろうと口を開く。
「ドラゴンが動き出したんですね?」
「詳しい事はわかりません……が、交戦は避けられない情勢のようです」
そう言うと子爵は力なく腰を下ろす。
「ねー、たーしゃは? たーしゃはだいじょーぶなの?」
不安そうに向けられたステラの視線を子爵が節目がちにそらすとステラは立ち上がる。
「すてら、どらごんやっつけにいく! たーしゃとやくそくした!」
「それは私がやるからやらなくて良い。そういう約束だろ?」
シャルルがそう言うと、ステラは静かに頷く。
「あ……うん……」
そしてステラを座らせると、シャルルは子爵に視線を向け言った。
「手前味噌ですが私は魔術師としてそれなりの実力があります。ドラゴンとの戦いに役に立つでしょう。ですが私はグリュンバルトに行く手段を持っていません。閣下のお力をお貸しいただけないでしょうか?」
シャルルたちはグリュンバルトから乗合馬車でランジュルングまで四日と半日かかった。だが、馬車の速度は歩くのとそう変わらない程度。もっと早い乗り物、例えば華鳥なら二日もかからないはず。
しかし今のシャルルにはそれを用意するすべがない。ここは子爵に頼るしかないだろう。
子爵は何かを考えるふうに目を閉じ、そしてぽつりぽつりと話し始める。
「私はグリュンバルト伯爵閣下の父上、つまり先代の伯爵閣下にこの町を任され、その仕事を評価され叙爵されるまでに至りました。弟も執事として召抱えられ、その恩は計り知れず、そのご恩をお返ししたいと常々思っております。シャルル殿が伯爵閣下のお力となりうるのなら、可能な限りお手伝い致しましょう」
シャルルは軽く微笑むと言う。
「先ほどは手前味噌と申しましたが、私の実力は皇帝陛下のお墨つき。必ずご期待に沿えるでしょう」
「おお……」
そして、シャルルのために可能な限り速い乗り物が用意される事になった。