小さな魔女と約束 その2
「な、なんだってー!」
「しー! 声がでかい」
店内は騒がしいので彼らの会話は注意して耳を傾けなければわからない。だが親方の声も十分に大きかったため、耳を傾けていたシャルルにはばっちり聞こえた。
「グリュンバルトにドラゴンだと……」
シャルルはドラゴンと戦った事はあっても襲われた都市を見た事は無い。なので実際に襲われた場合の被害は想像するしかないのだが――仮にマギナベルクで戦ったドラゴンと同等のドラゴンに襲われた場合、グリュンバルトの戦力なら対応可能ではあるものの、甚大な被害は免れないだろう。
シャルルが思わずつぶやくと、ステラは心配そうな顔で聞く。
「しゃるー……たーしゃのとこ、どらごんきたの?」
「あっ……えーと……」
思わずつぶやいた言葉を聞き返されシャルルは口ごもる。
グリュンバルトにドラゴンが現れた。そんな事を聞けば当然ステラも心配するし、それこそ自分がやっつけに行くなんて言い出しかねない。
無論、シャルルとてなんとかしてやりたいと思わなくもないのだが――既に手遅れという事も考えられる。もしそうなら、ステラには可能な限り隠しておくべき事だ。
シャルルはうかつに口にした事を反省する。
とはいえ現状では何もわかっていないのだから、考えても仕方がない。そう考えを切り替えると、シャルルはとりあえず親方のもとに行き尋ねた。
「グリュンバルトのドラゴンについて、詳しく聞かせてもらえないか?」
「いきなりなんだ?」
「あんたどこのどいつだ?」
男たちはいぶかしげにシャルルを見る。
まだおおっぴらにはなっていない事を話していたのだ。それについて聞かれれば、こういう態度を取ってしまうのも仕方ない。
だが――
「私はこういう者だ」
そう言ってシャルルが騎士の身分証、通称ナイトプレートを見せると態度は一変する。
「き、騎士様!?」
「これは失礼しました」
そして、親方は教えてくれた。
この町を領有するランジュルング子爵は、グリュンバルト伯爵より小都市グリュンバルトから王都ロットブルクや小都市ケルブリッツに繋がる街道の整備を任されている。
主な仕事は整地と治安維持。子爵の配下が街道を見て回り、問題があればそれに対処する。そしてランジュルングだけで対応できない場合、グリュンバルトに助力を求めたりするらしい。
だが、それとは別に依頼が来る事もある。それが今回、親方が受注した石畳の補修だ。
親方は入札で今回の仕事を取得し、準備もほとんど終わったところだった。だがそんなとき、担当から呼び出され延期が告げられたらしい。
納得できない親方が理由を聞いたところ、まだ正式発表ではないが――と前置きされた上でドラゴンの事を教えられたのだと言う。
親方が知っているのはその程度らしく、これ以上は無駄だと思ったシャルルは適当なところで切り上げる。
そしてもっと詳しく知っていそうな人物、この町の領主、ランジュルング子爵を訪ねる事にした。
子爵邸の場所を聞いたシャルルは商店街を抜け、更に住宅街も抜けて町の外れに向かう。するとそこには木製の壁に囲まれた屋敷が3件ほどあった。
親方は一番立派なのが領主様の屋敷だと言っていたが、どれも規模的には変わらない程度の大きさに見える。一番古そうなのが貫禄もあり領主の屋敷に相応しいとも思えるが――正直、その情報だけで判別するのは難しい。
まあ、門番に聞けば良いか……そう思いつつもシャルルはその屋敷に向かいながらシルフィに聞いた。
「あれが一番立派だよな?」
「うん」
シャルルの頭に乗っていたシルフィが同意すると、抱えていたステラも言う。
「すてらも! すてらもそーおもう!」
「そうか……」
まあ、そうだよなぁ……と思いつつ門まで行く。そして門番に聞き予想が正しかった事を確認すると、ステラを降ろし首から提げていた身分証を見せ言った。
「ドラゴンの事でランジュルング子爵閣下にお聞きしたい事があるのだが、面会できないだろうか?」
「確認して参ります。少しお待ちください」
そう言うと二人居た門番の内、答えた方が近くにある小屋の中に入って行く。そしてもう一人連れて出てくると、さっきの門番は屋敷に向かい、もう一人は門の警備についた。
屋敷に向かう門番を見ながらシャルルは思う。
なんとなく勢いでここまで来たけど、アポ無しじゃたぶん会ってくれないよなぁ。
だが、緊急の用事だと思われたのか、それとも暇だったのか……子爵とすぐ面会できる事になった。
そして応接室に通され待つ事十数分。ステラが飽きるより早く子爵は現れる。
そのどこかで見た事のあるような初老の紳士は、領主とは思えぬほど腰の低い男だった。
彼はどう見ても魔族なので、初老と言っても相当な年齢だろう。
「お待たせして申し訳ない」
「あ、いえ。こちらこそ急に押しかけお時間を頂戴いしまして……」
「いえいえ、かまいません。あ、申し遅れました。私がこの町の領主で皇帝陛下より子爵を賜っておりますエアハルト・ランジュルングです」
そう言って右手を差し出す子爵。それを握り返しながらシャルルは名乗る。
「お初にお目にかかります、ランジュルング子爵閣下。私は帝国特務騎士シャルル。この子たちは私の家族で――」
「すてら! すてらはすてらってゆーの!」
「わたしはシルフィ。ごしゅじんさまのいちのこぶんよ」
二人がいつもの挨拶をすると、シャルルは苦笑し子爵は微笑む。そして子爵の後ろに控えていたメイドもくすくすと笑っていた。
「……失礼しました。今日お伺いしたのは、小都市グリュンバルトに現れたというドラゴンについてお伺いするためです」
「そうですか……まあ、とりあえずおかけください」
勧められシャルルたちはソファに腰掛ける。そして子爵がシャルルの対面に腰掛けるとメイドがお茶の準備を始めた。
準備が整いメイドが下がると子爵は紅茶を少し口にしてから言う。
「ドラゴンの事はどこでお知りになったのですか?」