小都市グリュンバルトの視察 その1
小都市グリュンバルト領主、ルドルフ・グリュンバルト伯爵。その邸宅の敷地内には本館と呼ばれる伯爵の住居のほかに、使用人たちの宿舎と賓客を迎えるための迎賓館がある。
グリュンバルト到着早々、伯爵の邸宅に連れて来られたシャルルは、その迎賓館の応接室で応対を受けていた。
話し合われているのは視察について。
視察をするのはシャルルと伯爵の二人なので、基本的にほかの人が話に加わる事は無い。したがってこの場に居る人たちはこの二人を除き全員暇だ。
それでも伯爵の隣にただ座っているだけの夫人や伯爵の後ろに立ったまま控える執事、そしていつでも用事を承れるよう壁際に立つメイドたちは大人なので問題ないだろう。
だが、夫人の隣に座る令嬢ナスターシャと、シャルルの隣でシルフィをぷにぷにもんだりして嫌がられているステラは子供なので話は別だ。
暇をもてあましていた二人は目が合うと微笑み合い、首をかしげたり手を振ったりしていた。
それに気づいた夫人がナスターシャを叱り、それを見てようやく伯爵は子供たちが退屈している事に気づく。
そして彼のはからいで、子供たちはメイドと共に庭園に行く事になった。
庭園は石畳で舗装され、手入れの行き届いた木々や花壇にはきれいな花が咲いている。
ナスターシャの先導で庭園に到着したステラとシルフィは、その美しさに感嘆の声を上げた。
「わぁ、きれー……」
「すてきなところね」
ステラたちの反応にナスターシャは満足げに微笑む。
そして――
「行きましょ」
そう言うと噴水に向かって駆け出した。
シンプルな薄い緑のドレスをはためかせ、まるで風の妖精が舞うかのように走るナスターシャ。それを黒っぽい魔女のようなワンピースを着たステラがどたばたと追いかける。
シルフィはステラに寄り添うようについて行き、そんな子供たちを追いかけながら案内役のメイド、カロリーネは言った。
「お嬢様、走ってはいけません。転んでしまいます」
「大丈夫よ。リーナは心配性ね」
そう言いつつも立ち止まり、ナスターシャは振り返る。
すると――
「あっ!」
「わっ!」
急に止まったナスターシャにステラがぶつかってしまう。
「お嬢様!」
「ステラ!」
慌てて駆け寄るカロリーネ。
シルフィも慌ててステラの服をつかむ。
そしてナスターシャはカロリーネが支え、弾かれ尻餅をつきそうになったステラはシルフィがふわりと浮かせた。
「お嬢様、お怪我は?」
「大丈夫よリーナ。ありがとう」
特に問題がなさそうな様子にカロリーネは胸をなでおろす。
一方シルフィはゆっくりステラを降ろすと、腰に手をあてつつ頬を膨らませた。
「もー! そそっかしいんだから」
「えへへ。しるふぃ、ありがと」
シルフィがステラを助けた一連の動きを見て、感心したようにナスターシャは言う。
「あなた、ちっちゃいのにすごいわね」
するとシルフィは得意げに胸を張る。
「ふふん、とうぜんよ。わたしはごしゅじんさまのいちのこぶん。ステラの護衛だって任されてるんだから」
そしてそれに乗っかるようにステラも自慢げに言った。
「しるふぃはすごいんだよ。ちからもちだしー、それにとってもとーってもつよいの」
ほめたのは自分だが、自慢げに言われるとなんとなく悔しい。そんな気持ちが芽生えたナスターシャは、対抗して自分のお付きメイドであるカロリーネの自慢を始めた。
「ふーん。でも、リーナだってお父様に私の護衛を任されてるのよ。すっごく強いんだから」
するとステラも対抗し、自慢合戦が始まる。
「えっと、えっと、しるふぃはね。おっきないぬをね。ばーんっておいはらったんだよ」
「リーナは男の兵士と試合しても勝てるわ」
「しるふぃはちからもちなの。すてらのこと、もちあげられるよ」
「リーナだって私の事を持ち上げられるわ」
「えっと、えっと……しるふぃは、ぴゅーってかぜだせるよ」
「えっ……」
風を出せるなどという能力を出され、ナスターシャは言葉に詰まってしまう。
風を出すって何? リーナは魔女じゃないんだから、そんな事できないわ。
ナスターシャは必死で考える。カロリーネにできてシルフィにはできない事を。
そして――
「えっと……リーナは……そうだ、お料理! お料理ができるわ! お菓子だって作れるんだから」
この一言が話の流れを変えた。
「え!? おかし! すごい、すごい! すてらもたべたい!」
「じゃあ一緒に作りましょ。いーわよね?」
自分を見上げながら言うナスターシャにカロリーネは笑顔で頷く。
「はい。先ほどまでの旦那様方のお話しですと、シャルル様もこちらにしばらく滞在されるご様子。明日にでも作りましょう」
「うん!」
「やったー」
両手を上げて喜ぶステラにナスターシャも笑顔を向ける。
こうして延々続くと思われた自慢合戦は終わった。
それからしばらくはおとなしく庭園の花などを見て周り、ステラはいくつかの花を摘ませてもらう。
そして噴水前のベンチに腰掛けて、ステラは摘んだ花で花冠を作った。
「わぁ、素敵」
「それ作るのだいぶうまくなったわね」
「とてもお上手ですね」
「えへへ」
ほめられステラは得意げに笑う。
「これ、なすたーしゃにあげる」
「え? いいの?」
「うん」
そしてステラはナスターシャの頭に花冠を載せた。
「どう?」
「とても良くお似合いです」
「かわいい」
「お姫様みたいね」
皆にほめられナスターシャは少し頬を染める。
「ありがとうステラ。お礼に私の事、お父様やお母様みたいにターシャって呼ばせてあげる」
すると自分も何か返さなければとステラは慌てて言う。
「えっと、えっと……じゃ、じゃー、すてらのことは、すてらってよんでいーよ」
「え、ええ……。でも、ほかの呼び方なんてないんじゃない?」
「あ、そっか……えへへ」
ナスターシャの突っ込みにステラは笑い、そしてみんなも笑った。