伯爵令嬢と小さな魔女 その5
伯爵が用意してくれた宿泊場所は今いるこの建物の一室。
窓の外に庭園が見える事からもわかる通り、ここは入ってきた本邸だと思われた建物ではなく別邸だと思われた方だ。
ここはいわゆる迎賓館で、応接室や宿泊施設のほかにパーティを開く会場などもある。
シャルルたちが入ってきたのは伯爵の住居である本館だが、そことここは廊下で繋がっていて、どうやら客の格や用事の種類によって入場の仕方や応対する場所を変えているらしい。
伯爵がはっきりと言ったわけではないが、応対はだいたい以下の通りと推察された。
火急の用であれば誰であっても本館の応接室で応対。そうでもない場合、無爵位貴族以下なら本館、それ以上なら迎賓館の応接室。自分と同等以上(つまり伯爵か、それより上の爵位)なら本館の前で迎え本館を通って迎賓館へ行き、そうでもない場合は迎賓館の入口で迎えるらしい。
以上の事から考えると、シャルルは騎士の身分であるにもかかわらず最大の敬意を持って迎えられた事になる。
それをシャルルは勅命で動いているという事になってるから皇帝の名代という事なのだろうと勝手に解釈した。
実際は警戒した伯爵が過剰に反応しただけなのだが、それはどうでも良い事だろう。
伯爵とシャルルが話し合う中、しばらくジュースやお菓子に集中して静かだった幼女たちも飽きてきてそわそわし始める。
二人は互いに目が合うと微笑み合い、首をかしげたり手を振ったりした。
それに気づいた夫人はじっと見つめてけん制したが、ナスターシャはステラに夢中でそれに気づかない。
そんな娘の様子に夫人は軽くため息をつくと言った。
「ターシャ! おとなしくなさい」
シャルルとの話に集中していた伯爵は、そのときようやく子供たちが退屈している事に気づく。
そして苦笑しつつ言った。
「子供たちは退屈してる様子。メイドに庭園でも案内させたいと思うのだが、良いだろうか?」
その提案にシャルルは少し考える。
ステラと離れるのは短時間であってもやはり不安だ。特に初めて会った他人に任せるのは躊躇してしまう。
とはいえ場所は伯爵の屋敷で、任せるのはその伯爵が信頼するメイド。となればリスクは低いだろうし、逆に断り不興を買う方がリスクが高いと言えなくもない。
まあ、シルフィもいるし大丈夫だろう。
「ええ、お願いします」
シャルルの返事に頷くと伯爵は軽く手を挙げる。
「カロリーネ。ターシャと一緒にステラちゃんに庭園を案内してさしあげなさい」
すると控えていたメイドの一人、黒髪褐色で人間で言えば20代後半くらいの魔族の女が進み出た。
シャルルはちらりと彼女を見る。
フォースの力を感じるので恐らく護衛を兼ねたメイド。能力的にはローザより少し上といった感じだろうか。
「承りました。では、お嬢様、ステラ様、参りましょう」
「ええ」
「はーい」
ナスターシャは微笑み、ステラは嬉しそうに手を挙げ返事をする。
そして立ち上がると、それぞれ伯爵や夫人、シャルルに向かって挨拶した。
「じゃー、いってくるね」
「し、失礼いたします」
「行って参ります」
ナスターシャを先頭に、ステラ、メイドと続いて扉に向かって歩き、それについて行こうとシルフィも飛び上がる。
「ごしゅじんさま、いってきます」
「ああ、ステラを頼む」
「おまかせください」
そう言うとシルフィは『ビシッ』と音が聞こえてきそうな敬礼をした。
こうして幼女たちは居なくなり部屋は少し静かになる。
それからは特に問題もなく話はスムーズに進み――
「では、日程は乗合馬車が出発する日取りに合わせるという事で」
「ええ、そのようにお願いします」
こうして大まかな予定は次のように決定した。
まずは明日、伯爵の遣いが交易ギルドに行き乗合馬車の予約を取る。そして出発までの間に視察を済ませるといった感じだ。
最初シャルルが次は小都市ケルブリッツに行くと言ったら、伯爵はそこまで馬車を出そうと言ってきた。
それはさすがに……と思ったシャルルがあまり目立つのは困ると断り、ならばせめてうちの者に乗合馬車の予約を取りに行かせて欲しいと言われそう決まる。
おかげで乗合馬車の料金は伯爵持ちになった。
視察は大まかに役所や工業施設、農業施設、商業施設、防衛施設などを見て回る事に決まり、その間ステラは屋敷に置いて行く事に決まる。
置いて行く事に多少の不安はあるが、それ以上にステラが自分と離れる事を嫌がり泣くのではないかとシャルルは心配した。
だが、戻ってきたステラにその事を伝えると――
「うん。じゃーすてら、たーしゃとまってるね」
と笑顔で返され苦笑する。
この子も成長してるって事なんだろうけど……なんだか複雑な気分だなぁ。